哀れみ請いの上手い人
マンジェットに帰ってすぐ、僕はトキヒメに呼び出しを食らった。しかも自室に。もしかして騒ぎを作り方を間違えただろうか。
「失礼するよ」
「どうぞ、ファラオ様」
彼女の部屋、なんだろう、物が少ない。ベットと机と服の入ったカゴ、化粧道具と鏡、それだけだった。ミニマリストなのだろうか。
「ベットに座ってくれて構いません」
彼女のベット、彼女の隣に座る。今思ったが、せめてアイシスを連れてきた方が良かったかもしれない。一人で来てくださいなんて言われたもんだから、アイシスを置いてきちゃったけれど、この状況って大分誠実ではない気がする。
「ファラオ様、これ差し上げます。大奥での土産です」
スティック状の包装。多分重さと匂い的に羊羹だろう。好きなんだよな、僕。羊羹とか麩菓子とか。
「ありがとう。後できちんといただくよ」
彼女はじっと僕の横顔を見ている。何か物憂げそうにじっと見ている。
「綺麗なお顔ですね。でも何でいつも悲しそうなんですか?」
悲しそう、か。僕はいつもそう見えているんだろうか。だとしたら怠慢だな。二重冠と豪華な装飾が無いとファラオも演じきれないくらいに僕の腕は鈍ったらしい。
「それを君に言って何かになるとは思えないし、それにほら、恥ずかしい」
「別に私が慰めてあげても良いですよ」
「それを知ったら怖いよ。ほら、両方とも鼻が効くから」
本物の猫や犬ほどじゃないにせよ、獣人の嗅覚は凄い。だから彼女に変な事したら臭いでバレてその後恐ろしい事が起こるってわかるんだ。
「お二人方共厳しいですね。私だったらそれくらい許しちゃうのに」
今日の彼女、なんかおかしい。触手だってずっと動いているし、こんな含みのあるセリフを言う人ではなかった筈だ。
何を考えている?僕について何か強く思うことがあるのか?
「そんなに知りたいのか?僕の事」
この動き、この機微、怒り?彼女は怒っている?僕に対して。何故?
「はい。知りたいんです、私にとって、貴方がどういう人なのかって。だから教えてください、何で貴方はいつも悲しんでる顔をしてるんです?」
僕は獣人に弱い。それでいて魚人にも弱いらしい。
「……トキヒメは人を直接殺した事ってあるか?」
人間の肉や髪が焼ける臭い、剥き出しの脳みそ、内臓、骨の断面。皮を剥げば人の中身は悍ましい。その悍ましさを前に僕は飯を食べれない。何より僕が餓死へ誘った人達もそのような死肉であると考えると、痩せこけた骸達がカラカラ音を立てて夢にまで追いかけてくるんだ。
「……なるほど、なるほど。正直言って良いですか」
「構わない、情けない事だと自分でも思ってるから」
「じゃあ言わせて貰いますけど、ファラオ様、本当にみっともないですね。見損ないました。なんで貴方は被害者面してるんです?殺したのは貴方だし、その選択をしたのは貴方なのに。貴方がどんなに辛くてもそこは変わらないはずです」
失望、拒絶、侮蔑。僕は王として彼女よりも遥かに劣っていた。
「し、仕方なかったんだ。僕はあいつを殺さなくちゃならなかった。それに……」
「それが何ですか。確かに貴方は正しい選択のために自分の人間性を傷つけた。でも餓死した人、貴方が直接殺した人の世界はそれで終わりなんです。だから何で自分ばかりが辛い選択をって、泣いて震えながらあの二人をセラピーに使ってるのは、違うと思いますよ」
正論だった。僕は何も言い返せなかった。だって事実なんだ、全て。僕が死んだら僕の世界は終わる。それはみんなそうなんだ。僕はすでに2万人の世界を終わらせた破壊者で、それでいて身勝手にも自分が何でこんな辛い選択をしなくちゃならないんだって泣いている。世界の破壊者のくせに、死神のくせに。
「はっきり言って、悪いのは貴方なんですから」
僕だってやりたくてやってる訳じゃない。いや、これも言い訳だ。他人の死を選択してしまった以上、責任からは逃れられない。決して。ファラオが、メンフィスが僕を捕らえているんだから。
「あ、やっぱここに居たね。トキヒメちゃん」
「あ、スビアさん」
部屋の扉が開く。少し暗い彼女の部屋を外の明かりが照らした。
「あんまりシュン君虐めるのは感心しないかな」
「ごめんなさい、少し気になったんです。何でスビアさんやアイシスさんがファラオ様を好きなのかなって」
スビアはずけずけと部屋に入り、僕の隣に座った。そして羊羹を手に取り匂いを嗅いで、パッと明るい顔をした。
「それで、わかってくれた?シュン君がどういう人で、私がどんな所好きなのかなって」
「えぇ、ファラオ様は思慮深く頼り甲斐のある人、それでいてちょっと子供っぽい所もある、かっこいいし可愛い人だと思いました。私もこういう人は好きですよ、抱き締めてあげたくなりますから。でもファラオをやる人ではないと思います」
「うん、でしょ。私もそう思うわ。それでトキヒメちゃんはシュン君の事好きになれそう?」
「人間としては大分好きですよ。でも女としては全くです。私はファラオ様の虚無さとかそういう所に付き合ってあげられる程優しい女ではありませんから」
部屋に羊羹の匂いが充満する。スビアが勝手に開けて一口食べたんだ。
「ふふっ。振られちゃったね、シュン君」
必要とあらばトキヒメを利用してやる。この様がこれか。僕は彼女のメタクロシスで見誤ったのだ。
こんなんで僕、僕のやるべき事を出来るのか?アイシスにきちんとしたものをあげられるのか?スビアにきちんとしたものをあげられるんだろうか。




