ギクニという人
海底神殿ティマイオス、それは神殿というより、城だった。しかも大阪城のような城である。大阪城のような城が中心にあって、その周りに下町がある。そんな構造であった。
煌めいている、鯱鉾が。空気の膜によって。
「マサツグ様はあそこにいらっしゃいます」
こちらの船に移ったギクニさんは艦橋の映像に映る海底神殿ティマイオス眺めてそう言った。
「しかしあの方はかなりの恥ずかしがり屋でしてね。大神殿、あぁつまり大奥に居られるという事はわかっているのですが」
大奥……大奥ってあれか、将軍家の血を絶やさない為にって女だけの居所。後宮みたいな。でもそうだとしたらホウジョウマサツグは女性って事になるのか?
「ん、ではマサツグ様は女性であられるのですね」
トキヒメも僕と同じ疑問を抱いている。
「いえ、そうとは限りません。医師は特例で出入りが許されていますからね」
「そうですか、なら、そうですね。女性の方だったらいいなって私は思います」
「リンコ組は手足こそ失いましたが、それでも牝鶏晨すって訳じゃないんです。女性であったらむしろ私は恐ろしく思いますよ」
組織が滅ぶ前兆という訳でもないのに、女でありながらヤクザという男社会の頂点に立っている。そりゃギクニさんでも怖いって言うよ。
その後、トキヒメとギクニさんの会話の終わり、ギクニさんは僕をお茶に誘った。
マンジェットに備え付けられた祈祷室、お茶会はそこで行われる。
「メンフィスではこのような様式なのですね」
太陽の絵が飾られただけの、何もないだけの部屋。僕とギクニさんはその部屋に絨毯を引いて座った。
「祈る時は休息ではないってのが、神官達の共通認識になってる」
ギクニさんは盆と鉄瓶で茶を練っている。茶道、と言うやつなんだろう。
「アトランティス、と言うよりも文化的な魚人圏における教会、神社と言いますが、全く異なりますね」
無駄のない動作、懐かしい、茶の匂いがする。
「粗茶ですが」
「頂戴させてもらう、ありがたく」
久しぶりに飲む緑茶。よく練られた濃厚な味。渋い旨みの渦が味覚を刺激する。甘く、そして苦い。まるで甘さ控えめの抹茶チョコレート。
「メンフィスでは神聖十一文字と太陽神ラーを表すと聞きました」
「そちらでは違うのか?」
「えぇ、こちらでは真聖十一文字と表します。太陽神ラーは神とはありますが、何と説明すればいいのか……」
太陽神ラーはラーという名前ではない。そもそもラーというのはラーの名前を表す神聖十一文字の一番最初をラと読むからラーと呼んでいるに過ぎないのだ。ちなみに、肝心のラから後ろは失われたらしい。少なくとも、メンフィスでは。
「太陽神ラーは神の力を与えられて神となった人間ではあるから、神、あるいは半神ではありますが、生命の源たる最高神ではない。そういう分類なんです。またアヌンナキも同様で、アヌンナキはニビルが遣わし、太陽神ラーが力を与えた人形、道具のような存在、と言えばいいでしょうか。
偉大なる星ニビルの意志により、太陽神ラーとアヌンナキによって我々は造られた。メンフィスにおける聖典の一つ、アヌの隕鉄石碑にはそうある。
「つまり……貴方方にとっては偉大なるニビルこそが創造神であると?」
「はい、古代の残骸はそう示されましたから」
古代の残骸……またロゼッタストーンみたいな感じなんだろうか。ともかく、今言いたいのは魚人圏とメンフィスでは太陽神ラーとアヌンナキの扱いが違うって事だろう。
偉大なる星ニビルが一番上ってのは同じだけど、魚人圏ではメンフィスと違って太陽神ラーは力を与えられて神となった人間であると言う所、アヌンナキは神ではなく人形、道具であると言う所に違いがある。
「それで……貴方は何を言いたい?」
「古代の残骸が示された内容をメンフィスでも聖典として採用していただけませんか?」
「メンフィスの人々がそれを信ずると言うのなら私はそうしたが、彼らはそれを知ってすらいない。故に私はそれをやらない。それだけだ」
互いに茶を啜る時間が続く。こう、トキヒメと話している時とは全然違う。ギクニさんの考えも全部わかってるのに、それでも僕はこの人を信じられない。魚人対策なのかもしれないが、この人は二重に思考している。例えば、古代の残骸の内容をメンフィスの聖典に組み込む事について、悪だと思いながら善だと思っている。
「残念、ですね。貴方はおそらく魚人の軍事技術供与して欲しいと、あるいは軍事力そのものを売って欲しいと願っておいででしょうから、ついでに聖典もこっちに合わせてくれればメンフィスでも儲けれると思ったんですが」
「なぜそこまで稼ぎたいんだ。金を稼ぐ為に金を稼ぐじゃ虚しいだろう」
「私は一度たりとも金を稼ぐ為に金を稼ごうとした事はありませんよ。私はただ、安心が欲しいのです。それが私にとっての価値ですから」
トキヒメからこの人の会社とか組の組織規模とか、そう言うのは聞いている。だから言うが、もうギクニさんは安心を得れるほどの金を得ているんだ。
「安心?貴方は一生遊んで暮らせる程の金を既に稼いだはずだ」
「私は、ですよ。しかし私の会社で働いてくれている彼らの人生を保証できる程の稼ぎではない。ファラオ、大きな家という意味を持つ地位に在らせられる貴方ならばわかるはずです」
ギクニさんの言っている事は正しい。しかし、しかしだ。国家も会社も同じく大きな家とは言えるだろうが、しかし同時に王と民、社長と社員は家族ではない。だから僕もギクニも必要とあらば末端を切り捨てられる。だって家族じゃない末端の人の顔も性格も僕らは知らないから。
「それは傲慢だ。貴方は私と同じで、末端の人間は知らない。だから貴方の、知らない人間を不安にさせて末端の知らない人間に安心を与えてやるってのは傲慢な話だと思う。私達の仕事はあくまで、人が食って、豊かになれるという組織を維持する事なんだから。結果的に末端が良くなったとしても、末端を良くしてやったと恩着せがましく言うのは違うだろ」
「それでこそですよ。ファラオ、大きな家の家長というのは。だから私は貴方の言葉を否定して肯定します。私達の仕事がそのような組織の維持だからこそ、傲慢である事は善であるのです。傲慢にも自分がそうしてやったと喧伝しなければ人は私を見てくれない、そうは思いませんか?」
「貴方の言う事は正しいかもしれない。しかし、私は貴方ほど人を馬鹿にはしていないし、何より表立った法律違反にいい印象を受ける奴はいないだろ」
「そんな人間が死の商人を欲するとは思いませんけどね」
「そうだ、それでか。確かにその話であれば、この戦いがどう転ぼうと関係は無いだろうからな。私が存命の限り」
「えぇ、そうです。そして今、海底神殿ティマイオスを前にしていますから交渉の時間もない。今ここで決めろ、そう脅しをさせてもらっても」
今ここで決めろ、か。本当に貴方は嫌な人だ。国家の命運を決めるような決断をここでさせようなんて。
「40億パレルモ、金50キロ相当だ。それで貴方から鉄砲10挺とその製造法を買い取りたい。また空気からパンを作る技術についてもだ。こちらは20億パレルモで買い取ってやる」
鉄砲や大砲とかそういうのがだから、ハーバーボッシュ法を確立していてもおかしくない筈だ。それをこの大金、国家予算の5%くらいで買い取る。
「むろん、口約束にはなるが、これは私の帰還後に協議する。しかし現在のメンフィスでは軍が多大なる影響力を持っている。この約束はほとんどの場合において果たされるし、そして次なる稼ぎを貴方にもたらすだろう。それで、手打ちにしてくれるか?」
「えぇ、やはり貴方は聡い人だ。ファラオ、大きな家の家長に相応しい」
トキヒメの事、言えないな。僕もこの人に簡単に飲まれてしまった。
しかし、ここで銃をメンフィスが手に入れたってのは大きい筈だ。




