成人アイシス
クリティアスに来た目的は二つある。一つは海流や海底などの詳細な地形図の入手。そしてもう一つは反平家組織との接触。しかし僕はその二つをする前にやらねばならぬと思っている事をやる。
「で、こっからどこ行くのさ」
アイシスだけを連れてレンガの西洋建築の街を歩く。海の中だと言うのに、魚人が馬に乗っていた。さすがは海の民だ。
「二人が起きるまで散歩したいなって。近くの公園まで」
トキヒメとスビアはホテルに置いて来た。と言うか、朝早過ぎるせいでまだ寝てる。
「なぁ、その、成人おめでとう」
メンフィスの法律によれば、16歳となって成人である。そしてアイシスの誕生日は今日である。だから僕はトキヒメを助っ人として呼んでプレゼント選びに協力してもらう事にした。
「え、あぁそうだったね。ありがとう」
16歳、日本に生きていた僕からしたら幼く感じるけど、メンフィスでは普通だ。何故なら男ならば16歳から25歳の若々しく最盛期の肉体を兵士にしたいという事もあるし、女ならば初潮が13歳から16歳あたりに訪れ、16を越えたならば子を宿す義務がある、とされているかららしい。あと平均寿命がってのもある。
「これで今年も全員歳が並んだ」
しばらく歩いて、公園にだどり着く。公園には黒い石レンガの噴水とベンチ、そして芝生があった。特に特筆すべきものがない、ただの公園である。しかし人気がないのか、朝早いからなのか、僕ら以外に人は居なかった。
「ねぇ、16歳って事はさ」
ベンチに座って二人で話す。
「分かってる結婚だろ。今年が限りになるだろうな」
メンフィスの庶民の間の文化では結婚は成人した者同士がする事って暗黙の了解がある。勿論、貴族とか王族とかの間にこんな暗黙の了解はないけど。
それで今まで僕はこの暗黙の了解を言い訳にして結婚話を逸らしていた。でも三人が成人した今、結婚しない理由というのが消える。そしたら結婚せざるを得なくなるだろう。だってこれと言った理由が一つもないのにアウシルの娘たるアイシスとセトの娘たるスビアがファラオから娶られないとなれば、アウシルの派閥だった人もセトの派閥だった人も心中穏やかではないだろうから。
「もしもそれが叶わないのなら、私はそれでも良いからね」
「良い訳あるかよ。君の身体は君のだろ。決して僕のものでもメンフィスの物でもない」
それにこれはアイシスだけの話ではない。スビアの肉体も僕の肉体も、ただ自分の肉であり決してメンフィスの所有物ではない筈なんだから。
「ありがとう。でも出来ないなら出来ないで良いよ、謝ってくれたら、それでチャラにするから」
「もしそうなったら、君がメンフィスの女性にならざるを得ないのなら、僕もその時はきちんとメンフィスの男になるよ」
スビアとアイシスを娶るなら、僕もその責任はきちんと取るつもりだ。あらゆる不道徳に手を染めてでもメンフィスの男としてメンフィスの女であるスビアとアイシスを守る。そうしなければ僕はきっとセトを肯定してしまうし、セトの死も下メンフィスの下層民の死も無駄にしてしまう。
「だから、ってのもおかしいか。とにかく、これを」
懐から小さな箱を取り出す。箱の中に入っていたのはダイヤと銀のピアスであった。
「無難、かもしれない。でも受け取ってくれたら嬉しいよ」
彼女の笑った目元、緩む口、なんだろう、いつみても好きだ。その表情は本当に。
「うん、嬉しいよ。うん、でもそうだね、無難だね、ふふっ」
「ねぇ、貴方のことだからスビアにも同じのプレゼントしたんでしょ?」
「ん、うん。そうだね」
「最低だけど、まぁ私も三人じゃないとしっくりこなくなっちゃったから良いよ」
メンフィスにおいて一夫多妻は良くあることだ。でも結婚と恋愛は違う。結婚は契約であるのに対して、恋愛は感情の話だ。だから二人の女性を愛するなど、不純な事であるというのは当たり前の感覚である。しかし、僕も彼女もスビアも、もう三人じゃないとしっくりこないよねってそんな感覚に陥っていたんだ。
「スビアも同じことを言っていた」
「そっか、ならそうだね。やっぱ私もスビアと同じになるべきだ。メンフィスの女になってしまうのが一番かもしれない」
「それは、さっきも話したように……」
アイシスは僕の話を諌めるような目で止めて話を続けた。
「貴方は自分が思ってるより頭の良い人でも万能な人でも無いんだよ、手先がちょっと器用なだけで」
それは僕が一番分かってる。僕はセトみたいに計算づくで出来る人じゃ無いし、アイシスやスビアみたいに思考力がある訳でも無い。でも、だとしてもそれが僕や彼女らをメンフィスの家畜にしていい理由にはならないだろう。
「承知の上だ」
その後しばらくしてから公園を去り、宿に戻った。既にスビアやトキヒメは起きており、スビアの耳元にはダイヤと銀のピアスがあった。




