ファラオの門出
わずかな従者を連れて砂漠を歩く。この古びれたローブをするのも久しぶりだ。そしてこいつとの再会も久しぶりだ。
「本当にでっかくなったな」
白い羽毛を撫でる。するとコブラの尻尾が僕に頬擦りをしてきた。そう、僕と同じ背丈にまで育ったこの魔物、ピーちゃんである。
しかしまぁ、ベビースキーマというのは凄いな。あんなにも黄色のふわふわで可愛かったピーちゃんは今や筋骨隆々な雄鶏だ。まぁでも、これはこれでかっこいいと思う。僕は好きだ。
「でしょ?さすが私のピーちゃん」
王城の馬小屋を借りて育てていたピーちゃん。僕は仕事が忙して構ってられなかったけれど、スビアとアイシスが暇な時にブラッシングしたり散歩させたりしていてくれたらしい。
「まぁな。育て方が良かったんだろう」
「んじゃシュン君もこのままじゃ抜かされちゃうね身長」
「そりゃないよ。私の予言によればこの男は190で止まる予定だからさ」
青龍さんの予言、そんな所までわかるのか。にしても190か。転生前よりもちょっとだけ低いな。
「でもピーちゃんだって大きくなるわ。だって魔物なんだし」
「いや、ピーちゃんの身長は多分180くらいで止まるよ。自重で首が下がるからね。あとメスだし」
久しぶりに見た魔物博士のアイシス。なんか、良いな。昔に戻った感じして。最近のアイシスは慣れない王宮生活と、そして僕が心配かけてしまうから俯くことが多かった。だから嬉しいんだ、こういう顔を見れて。
「メスだったのか?ピーちゃん」
それはそれとして僕はピーちゃんがメスと知らなかったからびっくりした。
「臭いがそうだからね。って言ってもシュンじゃわからないか。ほら、見て蛇の部分のここ。総排泄口から先が細くなってる。簡単だけど、これで雄雌がわかるんだ」
「そりゃ凄いな。てかメスか、なら撫で方とかとか気をつけた方がいいかもな」
「別にいいんじゃない?この子多分シュン君の事好きよ。ここまで来ると獣に好かれやすい性質なんでしょうね」
なんじゃそりゃ、獣に好かれやすいって。僕はまたたびかなんかか?
「ファラオ様って女たらしなんですね……誠実な人だと思いました」
トキヒメは人の腕と髪のように生えている触手を胸の前で組んで不満を表す。
僕は女たらし……ではないと思う。しかし誠実な人ではないのはそうだろうな。だって平気で嘘を吐きできるんだから。
一時間ほど砂漠を歩き、僕らはあの場所に辿り着いた。コカトリスと戦い、ピーちゃんと初めて出会った場所、マンジェットのある工廠に。
「これ、動くのか?」
乗組員役として手配された操舵手に質問する。だってこの場所、最初来た時と変わり映えしないんだ。人が立ってくるくらいで何も変わってない。マンジェットは相変わらず土を被ったままだし、設備も全くと言っていいほど治ってない。
「勿論です。そもそもあの船、内装とシステム面だけなんとかすれば大丈夫だったんですよ」
「というと?」
「外装に一切劣化が見られなかったんです。何十万年も前のものなのに。だから土埃り被せたまま極秘整備したんですよ」
「凄まじいな。どういう技術なんだ?」
「それは考古学者に聞いて下さい。でも確か、セト様の残した資料によるとナノマシン装甲なんだとか」
凄い技術だな、無学すぎてそんな感想しか出せない。
僕らは船に乗り込む。中は建造されたばかりと見紛うほどに綺麗であり、貴賓室に関してはまるで王城の僕らの部屋のようであった。
「はい、頭下げる!ピーちゃん、入れるよね?」
スビアがピーちゃんを貴賓室に入れる。アイシスもその後に鞄を床に置いた。
「あ、君らが使うのか。んじゃ僕は別の部屋で」
「だめよ」
「何言ってんだダメだよ」
アイシスとスビアが揃って否定する。王城では結婚しない言い訳のための事実婚の為に仕方なく一緒の部屋だったんだけれど、こっちでも一緒の方がいいのか?
「シュン、貴方誰に貴方の無呼吸止めてもらうつもりなの?」
「正直、シュン君を一人にしておけないよ私達。貴方ちょっと不安定だから」
スビアにまで不安定と言われるとは思わなかった。確かに今の僕は不安定かもしれない。慣れない仕事と責任のせいで。でもそれはファラオをやってるからだろ?今は冒険者だ。
「でも僕の不安定の原因はファラオであるという事だよ。でも今は冒険者、きっと夜もスヤスヤだよ」
「うーんシュン君自分の事あまりわかってないよね。私には貴方が国を離れたくらいで自分の立場とかファラオとして選択した事とかを忘れられる人には思えないよ。どうせ僕はもう状況を弄ってしまったんだ、だから最後まで責任があるって、無意識でそう思ってるでしょ」
うや、そんな事は……あるかもしれない。だって今、僕は想像してる。僕の選択によって餓死してしまった人の事を。僕が殺してしまった大量の人達を。
「言い返さないならスビアの勝ちって事で。いつも通りシュンは真ん中で寝な」
なんとなく、ベットに不貞寝してみる。ふかふかだ。
「わかったよ、僕の負けさ。僕は今もずっと考えてる、君の、君達の想像してる事を。僕と小ホルスは不可分なんだ」
王である事、僕がシュンという事、それはもはやどうあっても分ける事はできない。政治に関わった以上、人を殺す選択をした以上僕は最後まで王でなくてはならない。僕によって死んだ存在がある以上、僕によって生きている存在もあるんだから。
あぁ、アウシルの言ってた言葉、己を無にできる人間こそ王に相応しいというのはこういう事だったんだな。僕が他人の命とか運命だとかに一切興味がない人だったら気楽にやれただろう。でも僕は違う、僕は自分について確かに鈍感かもしれないけれど、それでも僕には確かな喜怒哀楽があるんだ。
「私の考えてることね。それってシュン君、怖い人にならないでねって私の言葉も?」
スビアが右側に寝る。
「お見通しか。そうだよ、僕はとっくに怖い人になってしまった。僕は君らを家畜のような運命から解き放ってやると言いつつ、君の願いを無視して怖い人になってしまった」
「別に良いよ。貴方が怖い人でもシュン君はシュン君だ。私はそれを肯定してあげたい。私が貴方にそうしてもらったみたいに」
ありがたい話だと思う、でもそれは僕に対する盲信の現れのように見える。彼女は僕という存在に寄り掛かりすぎてる。逆もそうだけれど。ともかく、僕はそんな寄り掛かられるほど強い人間じゃないんだけどな。
「私は三人で居れたらそれで良いかなって思ってる。口に出さないだけでアイシスちゃんもシュン君も同じでしょ」
アイシスが小さく頷いた時、爆発音と共に船が揺れた。
「ん、出航か」
事前に説明は受けている。確か船が出る時、装甲と地面の間を爆破するらしい。
「窓の外、見てみろよ。飛んでるだろ?」
船はエンジンを始動して空を飛ぶ。数十万年、垢のようにこびりついていた土埃を吹き飛ばしながら。




