薄っぺらいな、僕
アイシスが好き?そりゃ、好きだ。でもそれが人としてなのか女性としてなのかはわからない。確かに彼女は美しい人で、僕のタイプだと思う。でもそれで必ず彼女を好きになるかって訳でもないだろうし、何よりだ。彼女にとって僕が何なのか。家内奴隷なのか、兄弟のように思ってくれてるのか、あいるは、それがわからない限り、僕は彼女に対するこの感情を定義することはできないよ。
「いや、すまんすまん。アウシルもそうなんだが、獣人好きの気持ちはわからないからな」
この人、さっきから酒を飲んでる全然赤くならない。この前は赤くなってたのに。もしかしてアイシスと同じように同数の低いのを飲んでいたのだろうか?
「獣人?ケモっ娘って言い方の方がいいか?あいつらは気持ち悪いからな。人間による品種改良で人に好かれたい奉仕したいという本能を持ってる。人間である俺が言うのもあれだが、まったく、気持ちの悪い度し難い命だ」
「でもそれはそれとしてあいつは俺の妹だからな。だから残念なんだよ、獣人の本能からか、初めて気に入った男を完全に主人として慕って、惚れちまってるのがさ。お前のようなつまらない男に」
「僕がつまらないですか」
この目だ、この蛇みたいな赤い目。この怖い目で睨みつけられるとどうしても固まってしまう。
「あぁ、つまらない。だってお前はアイシスやスビアを抱く気が無いんだろう?いや言い方を変えてやる、お前は女にすら興味が無い」
今度は冷や水を頭から掛けられる。
「だってそうだろう?お前はアウシルという個人について大して知っている訳でもないし、お金が欲しいならこんな事もしない、名誉が欲しいのならセトに付くべきだ。それで、最後に残るのは?女だ。でもお前はアイシスもスビアも抱いてないんだろう?あんな美人二人も連れてお手付きもしないで。あ、お手つきしてたら言ってくれよ訂正してやるからさ」
「ともかく、そんな無欲な奴は、他人の為だけに生きる奴は気持ちが悪いぜ。それが子供ならば、尚更不気味で気色悪い」
席から立ち上がり、ギルド館を去ろうとする。肩を掴まれてアペプに止められた。
「おいおい何も言えないのか?ファイティングポーズすら取れないクソ雑魚がよぉ」
「……僕にはわかりません。確かに僕は貴方の言う通り無欲かもしれません。自分の為に何かすることって言っても、思い浮かびませんから。でもアウシルさんの復活は僕のやりたい事なんです」
「それとこれだけは言っておきます。もしも貴方の言うようにアイシスが僕に惚れていて、あるいはスビアがそうだとして、それが品種改良による特性だとしても、拒むにしろ受け入れるしろ僕は責任ある選択をしたいと考えています。つまらないって、貴方はそう言うでしょうけど」
ギルド館の扉を開く、夕方の日差しが少し眩しい。
「あぁ言うさ。つまらないし、気味悪い。あと俺も捨て台詞を吐かせてもらう。お前は絶対に人を殺して見るも無惨に死ぬ。混沌にとぐろを巻く者、アペプ・アポピスがそう予言するよ」
名前の前に称号、つまり神名。流石はアウシルさんの後継になれるかもしれなかった人だ、神格の魂を持ってる。アウシルさんやセトと同じように。
「人殺しなんてできる訳ないでしょう、つまらない男なんですから」
ギルド館を去り、自分達が借りている宿に戻る。
「おかえりなさい、シュン君」
部屋にはカペラさんやアイシスは居らず、ただ一人スビアが裁縫をしていた。
「上手いんだな、本当に」
僕を見て立つ耳、隣に座ってという目配せ、いつもなら純粋に可愛いなって感じていたけれど、今はこれも品種改良をの結果なのかと邪推してしまう。
「お針子仕事のお手伝いをやらされてたからね」
お針子仕事のお手伝い……?貴族の娘なのに、やらされてた?セトが階級意識のない人なのか、あるいはセトの家で冷遇されていたのか。でも冷遇されていたんだとしたら、彼女の自己評価の低さも納得できてしまう。
「やらされてたって、どうして?」
「どうして?うーん、もしもの時の為にお金を稼げるようにって言ってたわ、お父様は」
嘘だ。根拠は特にない、強いてあげるのであれば耳の傾きくらいか。でも何故かスビアが嘘をついてると分かってしまう。フンコロガシの機微を見分けるって意味のわからないことをしていたせいかも、人の気持ちなら簡単にわかる。だってフンコロガシの顔よりもわかりやすいから。
「思い違いだったらごめん、君は嘘をついてないか」
彼女の手が止まる。しばらくの沈黙が過ぎて、やっと彼女は口を開いた。
「人の家庭事情を探るものじゃないわ、不愉快よ」
目を逸らしてしまった。まっすぐな彼女の瞳を僕は直視できなかったんだ。
「ごめん、スビア。無礼だった」
「いいのよ、別に。些細な事だから。それよりも別の話にしない?ねぇ、何話してたか教えてよ、アペプさんと」
アペプさんとの話……あれ話ていいんだろうか。だって要約すると僕がつまらないって話だし、その過程でアイシスや君を抱いてないとか、そういう下世話な話をしないとならない。関わりない他人の下の話ならまだしも、関わりある自分の下の話の話をされて心穏やかな人はいないだろう。だから、そうだな。
「僕が何を求めてるのかって話だよ」
「というと?」
「実は僕、アウシルさんの事を知ってるけど、深くは知らない。だから僕は、特に僕個人が強く願って訳でもないのにこんな事をしている。なんとなく、僕はこうするべきだからと行動している。要は僕は、そうだな、何が欲しいんだ?」
自然と出た言葉、僕は何が欲しいんだ?それは前世でも思い悩んだ悩みだった。そうか、僕は死んだけど、僕の欠片が生きてるんだな。
僕は前世において、大方満たされていた。でも満たされる為の過程は親とか周りの人が用意した目標を何も考えず遂行しただけで、結局はそう、僕は何がしたいんだ?って話になったんだよ、前世で。
「貴方が何をしたいか?それってどういう事?」
「わからない、僕にも。アウシルさんが死んで悲しくて、その悲しみを紛らわす為にアウシルさんを復活させるって使命を使った。悲しいから、耐えられないから悲しみを紛らわしてる、最低だ、なんて思ってはいたんだけど、よく考えたら僕とアウシルさんが出会って一ヶ月くらいしか経ってない訳で」
言葉がしどろもどろになっている。うまく説明できていない。僕自身がよく分かってないから。
「要は、なんだ。僕は僕が悲しい理由もよく分かってない。そもそも本当に悲しいのかもわかってないんだ。演じる事には自信があったから悲しんで見せて、実際あの時は自分でも悲しかったけれど……あぁ、くそ、僕は何を言いたいんだ」
彼女の手の感覚が頬にあった。少しひんやりしてて、なんというか心地いい。
「いいんじゃないかな、自分のことなんか知らなくても。そんな難しい事する必要なんてないと思うし、なんとなくでいいと思うわ、私は」
「そういうものなの?」
「そういうもの。少なくとも私はそう考えてる」
その時、宿の扉が開いた。そしてそこにはアイシスが居て、アイシスはあの時の、僕がカペラさんに抱き締められていた時と同じ顔をしている。
「女ったらし」
明日、僕らはコカトリスの討伐に向かう。こんな調子でいいのか?僕は。自分のことも知らないで。だがそんな不安とは裏腹、僕らは出会うことになる。
そう、コカトリスの幼体、ピヨトリスに。




