休みなんてないよ
王宮の地下牢、上に下水道が流れているからポタポタと水滴が垂れている。懐かしいな、青龍と色々話したり、それこそ僕もここに閉じ込められた事あるし。でも今はそんな感傷に浸っている場合ではなくなってしまった。
「尋問なんて僕には出来ない。貴方は僕の臆病さに感謝するべきだ」
目の前に居る痩せこけた男。服は破れ、髪は片側が強く禿げ上がっている。またその細い手足にも数々の擦り傷があって目を逸らしたくなる。
「……どの口が」
「辞めてくれ。これ以上の不敬を重ねられるとこっちも困るんだ」
僕自身、いくら悪口を言われたって良いんだ。言われ慣れてるし。でも僕ではなくファラオへの悪口は困る。だってそれは犯罪なんだ。どんな犯罪よりも重大な。
「不敬罪の最高刑は八つ裂きの刑だ。嫌だろう、君だって。四肢がバラバラになるのは」
八つ裂きの刑は過去一度しか執行された事がない。何故一度しか執行されなかったのか、それは八つ裂きの刑が残酷すぎて民衆に反体制感情を抱かせてしまったからである。
「それがどうしたってんだ?お前には分からないだろう、飢える苦しさも何も」
正直、弑虐未遂なんてその時点で八つ裂きの刑相当の罪だ。だから現体制を重視する僕の派閥とファラオ親政を求める山岳派は八つ裂きに処すべしと主張するし、対して民衆を重視するブルトンクラブと山岳派と敵対する改造派は減刑を主張する。対立なんだ。ギリギリで成立していたバランスが崩れるかもしれない。
「分からない。でも分からないからこそ恐ろしい。軽視する事なんて出来ない。だから……卑怯な言い方だが、分かってくれ」
分かってくれ、明らかな失言だと僕も思う。証拠に目の前の男の目は血走って、その細い指で牢の鉄格子を強く掴み、揺らす。
「分かってくれ!?分かってくれと言うのか!?苦しんで死んだ人間に対して分かってくれ!?そんな事が許される訳ないだろ」
分かってる、こんな事僕が一番。だから何も言う事はない。
「それについては僕の言えることではないな、確かに。ただ一つ答えてくれ、本当に背後関係は無いんだな?」
「答える義務はない」
「頼むよ、貴方の為なんだ」
「帰れッ!!」
はっきりと、意志の強い目。僕は諦めてしまった。
「すまなかった」
何も出来なかったな、この人に対して。本当に何も。
無力感を胸の奥にしまって地下牢を去り執務室に向かう。執務室の前、ラムセスが居たので彼を中に入れて今後の対策を練ることにした。
「ラムセス、弑虐未遂犯の彼に対する政治的に妥当な刑罰を教えてくれ」
一度顎を触るラムセス。こう言う時、いつもラムセスは既に考えていた答えを即答してくれる。でも今はこうやって熟考してるんだ。つまりこの事件は彼にとってもそれほどまでに難しい事件なのだろう。
「正直計りかねます。私個人としては断固として現行の法に従い八つ裂きとするべきと判断致しますが……」
「それじゃ重過ぎる。法律とは言え、民衆もブルトンクラブも黙っちゃいない」
考えろ、妥協できる点を。まず彼の処刑、これは確定だ。無期懲役にしようものならば僕の派閥の人たちが黙っていない。何より山岳派もだ。弑虐未遂犯を殺せぬ程にファラオの威厳が損なわれているとなれば必ず彼らは行動をするだろうから。
ならどうする?斬首か?でも斬首には名誉がある。あれは軍人とか貴族が受ける物であり、弑虐未遂犯と言う不遜者が受けるのは過ぎる事であると判断されるかもしれない。
「絞首刑は?」
「山岳派は納得しかねるでしょう。人殺しよりも重いのですから、これは」
僕がどのように認識したとしても、一般的な認識ではメンフィスではファラオであり、ファラオとはメンフィスだ。つまり僕に対する殺人未遂、弑虐未遂って言うのは国家に対する反乱罪と同じなんだ。そんな大罪人、殺人よりも重大な罪を犯した者に殺人と同等の罪を科すのか?ラムセスはそう言いたいのだろう。
「これ以上となると石打ちか車輪刑、それこそ八つ裂きか」
そもそも八つ裂きの何がいけないかって見た目がグロテスクなのもそうだけれど、何より罪人に過剰な苦痛を与えているという所だ。それは石打ちも車輪刑も同じだから、減刑したよって言ってその二つを提示したとして彼らが納得してくれるのかというのは分からないぞ。
どうする?本当に……
「ラムセス、ロベルピエルを招集しろ。極刑の方法を斬首刑のみと規定する形で事を進めよう」
どうせ背後関係がどうとかの取り調べ、拷問のせいで時間はたっぷりある筈だ。そうであるなら極刑の最高刑を斬首にする方向で進めても十分に足りる筈だ。ただギリギリだな、2人には悪いが休みは当分無しだ。仕事をするしかない、粛々と。メンフィスの為に。




