怪しいのは奴だろう、間違いなく
「全てって、何をですか……」
「全てだ。陛下が何をお考えで君に僕を探らせているのか」
小ホルス陛下はまこと慈悲深い御方。王都では賞賛と皮肉両方を込めてそう呼ばれているし、その認識はアヴダヴの同意であった。だからアヴダヴはこう語る。
「貴方は危険過ぎる。貴方は陛下の想定を逸脱する事態を起こしかねない。何より貴方は放火の最有力容疑者だ。だから探らせている、それだけですよ」
アヴダヴは小ホルスから知らされていた事の全てを話すつもりだ。アヴダヴにとって小ホルス、シュンは友人ではあるけれど自分の命を預けるほどの相手では無いし、シュンもまたそれを望まない、そういう男なのだ。
「なるほど。時にアヴダヴ、何故戦争にルールが無いか知っているか」
「どういう事です?」
「戦争はあまりにも人が死なな過ぎる。だからルールが無いのだ、死んだ方が悪いとな。だが、新しい時代の戦争は違う。簡単に人が死ぬ。弾丸によって、瘴気によって、超兵器によって」
「だから新しい戦争にはこれらを縛るルールが必要だ。だが我々は技術に比べて幼過ぎる。ルールを作るよりも先にお互いを滅ぼすだろう。故にメンフィスが世界の為に世界秩序を樹立しなければならない。巨大な紛争の起こらない世界、制御された小さな紛争の世界の為に」
アヴダヴとて彼の理屈は理解していた。だがアヴダヴは何故かそれを否定したくなった。
「それは……押し付けですよ、陛下ならそう仰られるでしょう」
自分の口から出た言葉。理性的な理屈はなく、ただ冷たい理屈を否定する為だけの叫びにも似た、言い返すだけの言葉、野生的な生きた理屈。アヴダヴは自分の口から吐き出されたそれに驚く。いつのまにか負けず嫌いが移っていたのかもしれない、あの男から。
「ならその陛下に伝えておけ。この国で一番危険な男はマクセス・ロベルピエルだ。あの男は正義だのなんだの言ってるが、その正体はただ小さな子供だぞ」
緩むイズィバーラの手、アヴダヴすぐさまそれを感じ取り組み伏せられた状態から脱出する。
「根拠は何です、閣下」
「クラブセブンズを知っているか?」
クラブセブンズ。王都圏においてアヴダヴの代では知らぬ者はいない。一世を風靡した音楽グループである。伝説、まさにその名が相応しいグループであったが、男3人と女4人のグループである事以外は全て謎に包まれている。
「知りませんよ、そんなバンドなんて」
「じゃあなんでバンドって知ってんだよ。まぁいい、とにかくだ。真ん中の奴、ワンと名乗ってた奴だ。ミュージックファラオだったかな」
クラブセブンズのワン。クラブセブンズの中でも突出したカリスマ性と音楽性を持つ男。ソロの公演をやればチケットは10分で売り切れるし、アルバムを出せば100万枚は確実に売れる、そういう男である。まさしく音楽会を塗り替えた男、音楽会に金融を作り上げた男、音楽世界のファラオなのだ。
「陸戦研究室ではワンを含め、クラブセブンズの影響力をプロパガンダに利用できないかと言われていてな、それで特定をしようとした訳だ」
「知っています、それは。身体の長さ、腕の振り方、歩き方、全てを研究した。だけれどそれは無意味だったんでしょう?」
「やっぱ知ってるじゃんね。それでだ、無意味、最近それは覆った。ワンに該当する人物が最近になって二人現れたのさ」
アヴダヴは驚愕した。何故ならアヴダヴ自身もまたこの特定に関わっていたのだから。昔、その世代の人という事で陸戦研究室に呼ばれて協力したのである。また、彼が陸戦研究室とコネを持っているのはこの為だ。
「一人は小ホルス。最も合致度が高い。小ホルスの歩き方等の所在はほぼワンと一致する。しかし小ホルスは最近になって大きくなられた御方、確実にワンではない。ならば、二人目だ」
「二人目はマクセス・ロベルピエル。喋りの抑揚こそ違うが所在や身体の大きさ、全て一致する。本人か、騙りか。本人であれば驚愕だが、騙りであれば脅威的なコピー力だ。ともかく、そんな影響力を利用されたら堪らないし、何より何を考えてるんだかわからん」
イズィバーラは外套の中から封の押された手紙を取り出す。
「ブルトンシティのダンスクラブの招待状だ。これを小ホルス陛下にお渡ししろ。もしかしたら奴を釣れるかもしれん。モノマネされて関心を持たない人間は居ないだろうからな。そしてそれがミュージックファラオであれば尚更さ」




