殺意の影
葵が滝壺に飛び込んだ瞬間、徳彦の時の止まったような静寂とは対照的に、龍理の奔流は激しい振動を始めた。葵の応龍の龍理は、彼自身の持つ「直感」という非合理なエネルギーと結びつき、周囲の龍理を爆発的に吸収し、加速させていく。
「くっそ、すげえ力が流れ込んでくる! これが仙骨の修練ってやつか!」
葵の体内で、金色の光が激しく明滅する。ジンは、その光景を見て、目を見開いた。
「あの少年の龍理の同調は……あまりにも速い。まるで、この世界の龍理の流れを、強引に自分の流れに引き込んでいるようだ」
応龍の具現化体は、誇らしげに言った。「ワタシのマスターは、合理的ではない。だからこそ、法則の枠組みから外れた、予測不能な力を生み出す。それが、殺劫に対抗できる唯一の鍵だ」
その時、滝壺から水が溢れ出し、周囲の木々を激しく揺らした。葵の身体が、滝壺の中央で一瞬、銀色の光に包まれた後、金色へと戻った。同調が、完了した証拠だった。
葵は、水面から顔を出し、徳彦に笑顔を見せた。「ノリ、終わったぜ! これで俺たち、ラーメン食いに帰れるくらい強くなったか?」
徳彦は、静かに首を横に振った。「まだ始まったばかりだ、アオ。しかし、君の同調の速度は、俺の想定を超えている」
葵が滝壺から上がると、彼の具現化体である応龍が、彼の隣に並んだ。二人の間には、以前よりも強い、目に見えない同調感が生まれていた。
その時、イン(龍理)が、社の本堂の方角から、唸るような声を上げた。
「龍理の流れが変わった。殺劫の影だ。崑崙山の仙人たちが、この竜宮への警戒を強めている」
ジンは、すぐさまインの方へ向かった。「何があった、イン?」
「霧龍だ」インが答えた。「七瀬七海の霧龍の龍理が、我々の結界をすり抜けた。彼女は、この竜宮の龍理の法則を解析し、独自の道を選んだ。そして、その過程で、この場所の龍理の安定性が、崑崙山に露呈した」
徳彦は、顔色を変えた。七海は、常に合理的な最善の結果を求める。彼女の行動は、竜宮の安全を確保するものであったはずだ。
「七瀬七海は、竜宮を捨てたのか?」徳彦の具現化体が、冷徹に問いかけた。
「違う。七瀬七海は、龍理の理から見て、最も効率的な行動を選んだ」徳彦は、静かに結論を出した。「彼女は、単独で崑崙山の情報を得る道を選び、我々に修練の時間を稼がせた。だが、その代償として、竜宮は、崑崙山の仙人たちにとって、無視できない敵となった」
ジンは、二人の少年に向き直った。「急がなければならない。崑崙山が、君たち仙骨持ちという異端の存在を無視できなくなる前に、殺劫に対抗できる力を身につけるんだ。君たちの修練は、ここからが本番だ」
徳彦と葵の顔に、修練への決意が宿った。彼らの旅は、単なる力の強化ではなく、仙界の歴史的な対立と、龍族の命運を背負う、過酷な闘争へと進み始めたのだった。




