小龍、昇龍になる
徳彦は滝壺の中で、呻き声を上げた。彼の氷龍の龍理は、外部の強大な龍理の奔流に対して、抵抗し、安定させようと過剰に働き続けている。しかし、その安定化の試みが、かえって同調を妨げていた。
「ノリ、大丈夫かよ!」
葵が心配そうに声を上げるが、ジンが葵の肩を掴んで止めた。「待て、これは彼が自ら超えるべき課題だ。論理で龍理に抗おうとしている」
徳彦の具現化体が、冷たい目でその様子を見ていた。「抵抗をやめろ、速水徳彦。あなたの理は、安定だ。しかし、この仙界の龍理は、絶えず流れ、変化している。安定とは、すべての流れを受け入れた後に、初めて訪れるものだ」
その時、徳彦の宝貝の具現化体、氷の鬣を持つ少年が、徳彦の具現化体の隣に現れた。彼の表情もまた、冷徹だった。
「マスターの宝貝として、提案する。感情を法則に変換しろ。あなたが『家族』に抱く執着を、その『繋がりの安定』という理として、体内の龍理にフィードバックするのだ」
宝貝の提案は、徳彦がこれまで避けてきた、最も非合理的な要素を、あえて合理的な法則として利用するというものだった。
徳彦は、目を閉じた。彼の脳裏に、地球の家族の顔が浮かぶ。血は繋がっていない。だが、そこにあったのは、彼が作り、彼が護ってきた、揺るぎない「安定」の領域だった。
「安定とは……流れを凍結させることではない。流れの中で、揺らがないことだ」
徳彦が、そう認識を改めた瞬間、彼の体から放出されていた冷気が、激しい抵抗から、静かな受容へと変わった。氷の殻は消え、代わりに、彼の周囲の水だけが、彼の体温を奪わず、時が止まったかのように静止した。
「すごい。あれが、氷龍の龍理がこの世界の龍理と同調を始めた証だ」ジンが驚きの声を上げた。
徳彦は目を開けた。彼の銀色の瞳は、以前よりも更に深く、澄み渡っている。彼は、滝壺の底に立ちながら、周囲の龍理の奔流を、まるで自分の血液の流れのように感じていた。
「アオイ、君の番だ」徳彦は、滝壺から上がり、葵に言った。「理屈はいらない。君の最も強い感情を、この水にぶつけろ」
「よっしゃ!」葵は、徳彦の言葉に迷いなく頷いた。彼は、徳彦のように悩むことなく、ただ一つ、**「ノリと一緒に博多に帰ってラーメンを食べる」**という、極めて単純な目標だけをエネルギーに変えた。
葵の具現化体、応龍は、その様子を見て満足そうに笑った。
「そうこなくては。君の応龍の龍理は、昇華と推進を司る。非合理的な熱量を、この世界の龍理の流れに乗せ、加速させるのだ」
葵は、毛皮の胴着を脱ぎ捨て、滝壺へ飛び込んだ。水に触れた瞬間、彼の全身から金色の応龍の龍理が溢れ出し、滝壺全体が、まるで沸騰したかのように、光の粒子を噴き上げ始めた。非合理的なエネルギーが、仙界の龍理の法則を、力づくでねじ伏せようとしていた。




