【閑話】戴冠に向けた地均し(物理)
ジョヴァンナとロドリーゴが主だった家臣を連れて前ミルトン王から国土の統治を委ねられていた同じ日、ジャンフランコはメディギーニ商会の会議室にいた。
「それで、旧ソフィア教会残党の隠れ場所はどうだったの?」
ミルトン攻略と並行してジルベルト、アレックス、アレッサンドロを旧ミント伯爵領に派遣していた。
異端審問官の残党、その拠点の捜索及び破壊を目的とした任務から帰還していた三名の報告を受ける場が設定されていたのだ。
「それがですね。時間も手間もかかりましたけど、成果はこの紙の束があったっきりでした。迷宮よろしく複雑に枝分かれした通路の隅から隅まで調べたんだけどね」
ジルベルトが薄汚れた紙の束をいくつか机の上に積み上げる。
「内容はどんなだった?」
「それが問題なの。まぁ、実際に見てもらえれば分かることではあるのだけれど」
アレックスが束ねられた紙の中から一枚を抜き取りジャンフランコに渡す。
「これは…読めないね。知らない文字で書かれているけど、他も全部同じなのかな?」
「ええ。書かれている文字の特徴は共通しているみたい。旧ソフィア教会で使われていた固有の文字なのかしらね」
「そうだなぁ。父様にお願いして調べてもらうのがいいんだけど、今は難しいかもね」
ジャンフランコは先日会ったロドリーゴの様子を思い出す。
いよいよスフォルツァ家が一国を統べることを視野に様々な準備に奔走しており、一番の楽しみである【幻の書庫】通いも最近は控えている様子だった。
「ひとまず、これは僕が預かって分析してみるよ。」
「そうして。あれだけ苦労したんだから何の成果もなしでは寂しいじゃない」
「まぁ、苦労した理由の大半は自業自得というか何というか」
苦笑するジルベルトをアレックスが睨む。
「自業自得はないんじゃない?あの底意地の悪い迷宮を攻略するために血の滲む思いをしたんだからね」
「『血の滲む』というか、『写し身』を呼び出すために血を使いすぎたというか」
「ジルベルト!」
どうやら安全確保のために渡した「写し身」の【魔法陣】を迷宮攻略にフル活用したらしいアレックスとそれを揶揄うジルベルトを横目に、アレッサンドロがおそるおそる手を挙げる。
「一応、僕の仕事の報告なんですが、 さっきの紙束以外に意味のあるものが残されてないの確認した後で迷宮は埋めておきました」
「再利用されたりはしない?」
「はい。完全に陥没させた上で上から大きめの岩を何個か放り込んでおいたので、あそこを拠点にするならゼロから穴掘るなり建物立てるなりしないと無理なくらいにはしてきました」
ひとまず目的は果たせたのであれば問題はない。
「三人とも任務達成お疲れ様。おかげで僕は心置きなくミルトンに全力で取り組むことができたよ」
「そう思ってるなら、わたくし達を領地での任務に連れてって!スフォルツァの一大事にわたくし達だけが除け者になっていたではないですか。この後のジャンフランコ様の領地での任務にわたくし達も同道を希望します」
除け者にするつもりはなかったが、アレックスにこう言われてしまえば罪悪感を感じないわけではない。
とはいえ、確認する相手をお目付け役のジルベルトにする程度にはジャンフランコも往生際が悪い。
「この後、スフォルツァ領に戻る予定なんだけど三人ともに同行をお願いしても準備は問題ないかな?」
「多少の後片付けが残っておりますが、ご指示とあらばいかようにも」
「僕も一度は前の首都を見ておきたいですからね」
「もう!ジルベルトもアレッサンドロもわたくしに便乗するなんてズルい!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジャンフランコがアレックス達の持ち帰った紙束を神測で読み取る作業に手を着けたところで、伝言の魔道具が光り、ジョヴァンナからの指示が表示される。
”準備出来次第スフォルツァに帰還し、その後旧首都に飛んでほしい”というものであるが、わざわざ「帰還せよ」と指示しているのは、【転移】を使わずに堂々と国境を越えよ、という意味である。
【転移】の魔道具を使えば人知れず即座にどこへでも行けるが、旧首都では表立って活動するので隠密行動は望ましくない。
「ではまぁ、ノンビリと幽霊馬車に揺られながら移動しますかね」
【転移】に慣れ切った今では幽霊馬車の速度ですら「ノンビリ」と感じられるようになったが、馬車での移動と比較したら十二分に高速移動である。
ちなみに、【綱渡りの神】が宿る足回りの恩恵で乗車中に「揺れ」を感じることもほとんどない。
同道させろと迫ったアレックス達三人とフレデリカを同乗させると出発である。首都リモーネの中では馬車と同程度の速度しか出せないが、その移動の時間を使って、ジャンフランコはジョヴァンナから与えられていた課題に取り組む。
「領主夫妻から連絡がありました。前ミルトン王の了承を得たことによりジョヴァンナ様が旧ミルトン一国を治める君主となることが確定しました」
フレデリカがアレックス達に説明するのを横目で見ながら神測に保存された【魔法陣】を繰っていく。
「事実上は既にスフォルツァ家が旧ミルトン全土を統治しているため、単なる形式ではあるけれど、ジョヴァンナ様が女王となることを知らしめる儀式が必要.....ってことですね」
「儀式ねぇ。スフォルツァ城で行うのではないの?」
「それだと逆に何も変わらないというか、スフォルツァ城にいる人間からすると呼び名が領主様から女王陛下に変わるだけでしかないから。儀式の意味を見いだせないというか、ね」
その辺りの実を取る方法は悩ましい点ではある。隣国リモーネに対しては単純に宣言することに意味があるが、領民が実感を得るには時間がかかるだろう。
「そんなわけで節目を明確にする意味での儀式を旧首都でやるわけですね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
儀式を旧首都で実施するのには、首都であった場所を作り替えた上で「首都ではなくなった」ことを明確に示す意味もある。
これには既にスフォルツァ城を統治の中心として整備してしまって代替えが効かないこともあるし、旧首都が既に「首都」を名乗ることに耐えられない状態であることも大きい。
既に人口密度も都市を名乗るのもおこがましい程に低下し、取り立てて都市らしい喧騒もないことから都市として統治することを諦め、いくつかの農村に分割して統治することが決まっている。
「そうなると、やっぱり城壁が邪魔なのですよ。農村を城壁で囲う意味なんてないから」
「で、城壁を撤去するというけど、そんな簡単にできるもの?」
「というわけで、困ったときのジジ頼み.....ですね。スフォルツァ城の城壁での実績もあるから任せておけば何とかしてくれるだろうと」
「いや、もう、簡単に言ってくれるよね」
それまで城壁を撤去する方法について思案していたジャンフランコが口を開き、フレデリカとアレックス達の会話に混じる。
「あら、いい方法が見つかったのですか?」
「まぁ、うまくいくかは現地で試してみなければ分からないけれど、一応」
「じゃあ、わたくしたちはジャンフランコ様がパパっと片付けるところを見学するだけでいいのかしら」
「パパっとって....そんな簡単ではないのだけれどね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
現地に到着すると、初見のアレックス達が城壁の巨大さに改めて圧倒されているのを横目で見つつ、巨大な城壁の一角~城門に隣接する城壁~に狙いを定める。
『君らは一応、僕の護衛のはずなんだけど』
真剣に周囲に気を配ってるのはフレデリカだけで、生真面目なジルベルトまでがポカンと口を開けて城壁を見上げている。
相手が巨大な都市を囲むやはり巨大な城壁であるので、撤去はおろか破壊するのも簡単ではない。旧首都をただの瓦礫の山にしてもいいのであれば天から巨大隕石でも降らせるのだが.....
ジャンフランコが自分の【神具】に【幽霊馬車】の車中で組み上げたオリジナルの【魔法陣】を呼び出す。
『【神測 】【投影】....【高重力改 】 』
天津甕星から授かった 【魔法陣】をパラパラと見直している中で目に止まった【魔法陣】があった。
【高重力】惑星の力を借りて標的の身体を重くし、動きを遅くする弱体化魔法である。
これを強力にし、効果範囲を城壁の大きさに合わせれば、城壁を潰してバラバラにするには十分ではないだろうか。
その仮説を元に、以前ジョヴァンナに覚えさせられた戦略級の攻撃魔法と同じ要領で、【高重力】を強化する。元の【魔法陣】の周りに効果範囲を調節し威力を数倍に引き上げる【魔法陣】を付加したのが【高重力改 】である。
ひとまず城壁を破壊して瓦礫の山を作れば、あとは適当に回収するなり廃材として再利用するなりしてもらえばいい。
その割り切りで組み上げた【魔法陣】に魔力を流す。
効果範囲と威力は大雑把に指定してあるが、これは実際に発動させてみて調整すればいいだろう。
ズズ.....ズズズ.....ズズズ
上から見えない巨人の手の平で押しつぶされるように、巨大な城壁の一角が凹み始める。強固な石造りの城壁が、中の空洞を氷塊で満たされ更に強固になっているはずが、何の抵抗も感じさせずに高さを減らしていく。
『よし、順調順調』
....と、途中から急に勢いを得ると、一気に粉々になり崩壊する。
慌ててジャンフランコが魔力を流すのを止めたにも関わらず、城壁の一角が完全に崩壊し消滅してしまった。
周囲の地面と異なり黒く柔らかい土の色が、辛うじて城壁がそこにあった痕跡を残すのみ。
ジャンフランコがオリジナル魔術をぶつけた部分の城壁はペシャンコになり、地中にめり込んでしまったわけである。
「えーと、瓦礫の回収をしなくていいのは便利だよね。とりあえず、オリジナルの【魔法陣】は成功と言っていいかな?」
「成功」という割にはジャンフランコの笑顔が引き攣っている。
天津甕星から授かった【魔法陣】は狙ったよりも上振れした威力を発揮する、なかなかに癖の強い魔術が揃っているようである。
今回の新要素:
・ 【高重力改 】
ちょっと弄っただけで破壊力満点の攻撃魔法になるとは、元の【高重力】も本当に弱体化か疑わしいところ。
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