ミルトンという国の行く末
「リモーネ王には、ひとまず不満・不興はあるものの現状については飲み込んでもらえたようです」
リモーネからは国境を越えた先、ここスフォルツァ城の広間で領主夫妻に向けて報告しているのは、そのリモーネにいるはずのジャンフランコである。
話題はつい先日リモーネ王宮での表敬訪問の首尾について。
「お手柄です、ジジ。ご機嫌を損ねて臍を曲げてしまわれる懸念もあったのをよくぞ収めてくれました」
「少しばかり危うい瞬間もありましたが、相互不可侵の約定を維持することでもたらされる利に思い至っていただけたようです。あ、それと.....」
一つ息を吐いて肝要な部分に言及する。
「ミルトン王陛下の現状については大分正確に理解いただけた感触を得ました。あとは、リモーネとの関係について『現状維持』に強く言及したことが良かったようです」
紆余曲折はあったものの、スフォルツァ家が旧ミルトンを統べることが契機となって両国がコトを構えることは回避できそうである。
「貴方のことを誇りに思いますよ。今後の国の舵取りを左右するお役目、よくぞ無事に果たしてくれました」
これまでは、このような報告も伝言の魔道具で行ったり、内容によっては手紙を使ったりしていた。
それが今は気軽に【転移】して対面で細かいニュアンスの確認をしながら報告を受けることができるようになった。
何より、出来のいい息子を面と向かって称賛し、照れ臭そうに喜ぶ顔を見ることが出来るのだ。
ジョヴァンナは改めて喜びを噛み締める。
ジャンフランコ本人は照れ隠しのためか、フレデリカを伴って今しがたリモーネにある彼の魔道具工房に【転移】して戻って行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジョヴァンナは、いよいよ旧首都ミルトン解放のその先に進もうとしている。
隣国との間で争いが生じない見通しが立ったことがジョヴァンナの背中を押す。
伝言の魔道具を取り出すと、次の一歩を踏み出すための一文を送る。
「陛下のご容態は如何かしら。近々お目にかかりたいのだけれど、直近でいつなら伺えるか医師達から情報を取ってくださいな」
メッセージを送った相手はシビエロ侯爵である。
暫し待つと、今現在、ミルトン王の容態は安定しており、多少なら身体を起こして話し合いをすることも可能、との返答が返ってくる。
翌日の午後に面会の予約をし、その時間には王が滞在する館の【転移】の魔道具を起動するよう頼んでおく。
王との対面に向け家臣に指示を与えるためにロドリーゴが席を立つ。
一人になったジョヴァンナがふぅと息を吐くと誰もいないはずの背後に人ならざる者の気配が生じる。
「おや、ジジには同席を頼まないのかい?」
「母上、スフォルツァの血を継ぐ者が二人揃って不在になることは望ましくない、そういうことではないですか?」
ジャンフランコが使役してミルトンの王宮から連れ出したジョヴァンナの家族、エリザベッタとロベルトは、今はジャンフランコの支配を離れてここスフォルツァ城を自由に徘徊する死霊となっている。
ジョヴァンナが天津甕星と約定を結んだことで、エリザベッタとロベルト二人とも落命した場所への執着が消え去った。
ミルトンの王宮の最奥、ミルトンの祖神の封じられた部屋と分かち難く結びつけられていた二人の死霊もまた、解放されたのだった。
「お兄様のおっしゃる通りです。あの館には、療養中とはいえ王に忠義を誓う者も何人かおります。たとえ万が一があっても、あの子がいればスフォルツァは続きますもの」
「問題は父上ですわね」
「ミルトン王を支える同志と、また一緒になりましたからね。『お支えせねば』の一心で面倒くさくなっていては敵わないな」
「王をお救いした日のお話し合いでは、『王位を簒奪するつもりか』と怖ろしい剣幕で詰られましたもの。あれから時間が経っていますけれど、風向きがどちらに変わっているか分かりませんものね」
ただ、当のミルトン王に今の国土を切り盛りする力が残っていない以上、代わって統治する者が必要なことは厳然たる事実だ。
現状の延長線上で、事実上スフォルツァ家が実権を握り続ける形の国家運営も決して不可能ではないが、長い目で見た場合あまり得策ではない。
「リモーネに『王の救出・復権』なんて侵攻の口実を与える訳にはいきませんものね」
ジャンフランコの報告の中にはスフォルツァ家の動きに率直に反発を見せるローレンス王子についてのものもあったのだ。
翌日の会合に向けて、何かと頭の痛い思いをするジョヴァンナであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「陛下の御尊顔を再び拝することができ、.....」
「卿よ、型通りの挨拶など抜きにしようではないか。余もまたいつ話ができなくなるか分からん身であるからな。早速本題に入ろうぞ」
寝台を起こし、こちらに向かって穏やかな視線を向けるミルトン王を見て、ジョヴァンナは余計な修辞やダラダラとした説明すら、王の負担となることを理解する。
その身体は未だに肉付きが悪く顔色もあまり良くない。
ここは早く結論に至って王を解放すべきだと頭を切り替える。
「では、単刀直入に奏します。ミルトンの王位を臣にお譲り下さい」
王が天を仰ぎ目を閉じる。
その場にいる皆が固唾を飲んで次の一言を待っていると、ゆっくりとジョヴァンナの方に向き直り静かに口を開く。
「元よりそのつもりである。余はこのような身故、身動きが取れぬ。それに、あの急進主義者どものせいで国のあり方も大きく変わったのだろう?飾りの王以上のことは余にはできぬ。ただ…」
王が背後を振り返る。
「彼らも余と同じく王族・貴族として生きることはもはやできまい。せめて彼等が安楽に余生を送れるよう、取り計らってくれればよい。それ以上は望まぬ」
スチュワルド伯爵をはじめとして、王と同じく幽閉されていた面々が揃って俯き王の言葉を受け入れる様子を見せる。
フランチェスコの死霊の姿がないが、おそらくは一人王の禅譲に反対しても無意味であると悟ったのだろう。
ならば、とジョヴァンナが振り返ると後に控えるシビエロ侯爵が一枚の書面を携えて王の前に跪く。
「このミルトンの地の統治から身を引き、すべてをわたくしスフォルツァ辺境伯に委ねることを約する書面にございます。お検めになり、疑念やご懸念がございませんでしたらご署名をお願いしたく存じます」
ジョヴァンナが促し、ミルトン王はそれに応えてペンを手に取る。
「卿が祖神の約定を得たと聞いたとき、余はこの国の全権を卿に委ねなければならないと分かった。元より、ここ数代余の家からは祖神に認められる者を輩出していないのだからな」
ミルトン王家の統治に終止符を打つ書面にペンを走らせ、天を仰ぐ。
「これで良いのだ。国を統べる資格を持たず、更には狂信者どもが国を乱すのをみすみす見過ごしてしまったのだ。余の罪は重い。せめて、祖神に認められた者に国を譲ることが少しでも罪滅ぼしとなることを願う」
シビエロ侯爵が王のサインの入った書面を受け取り、そのままジョヴァンナの後に下がる。
「聞けばご子息も祖神に認められたと言うではないか。親子二代で祖神に認められた君主が続くなら、暫くはこの地も安泰であろう。卿らスフォルツァの治世を見ることだけが余の余生の楽しみである」
「かしこまりました。この国の行く末について、このジョヴァンナ・スフォルツァがしかと承りましてございます」
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「それで、卿はこの国をどのように舵取りしていくのか?狂信者共により領地を治めていた貴族家は尽く命運を絶たれたのであろう?これまでのミルトンと同じような統治はできないはずが、今のところ大きな問題も起きてないと聞く。卿の統治の仕方を、余は知りたくてたまらないのだ」
心なしか顔色に赤い色が差し目もキラキラと輝いて見える前王の様子に、ジョヴァンナは苦笑いを浮かべつつ答えることにする。
「シビエロ侯爵とチェラート伯爵、この二家は領主一家が健在であったのでなるべく旧領を回復させて統治をお願いしています。それ以外の領地ですが」
一旦言葉を切る。
「基本的には直轄しています。わたくしの代理として各地に代官を置いていますが、領地での農業生産の状況から租税の徴収状況までを城に居ながらにして把握できる仕組みを作りました。魔道具ありきの仕組みですが、今のところは支障なく国を切り盛りできていると自認しております」
「何とも興味深い。一度拝見したいものよな。で、卿は目下のこの国の課題は何であるとお考えか」
「何と言っても人口です。隣国のリモーネが1,000万人を超える人口を擁しているのに対して我が国はその十分の一を少し超える程度です。当面はその人口でも国を動かせるよう創意工夫を欠かさないつもりですが、少しずつでも人口を増やしたいです」
旧共和国政府が残した爪痕はこのような形でも残っている。
産業の破壊と窮乏化で、ミルトンの人口は急速に減少したのである。
現在の人口の凡そ半数が旧スフォルツァ辺境伯領周辺に集中していると聞けば、それ以外の領地の荒廃ぶりが窺えるというもの。
「卿は如何にして実現されるおつもりか」
「近道はありません。産業を育て、都市を形作り、人が子を生み育ててもよいと考えるような環境を作る以外の道はありません」
「なかなかの難題よな」
「幸い、隣に豊かなリモーネという国があるおかげで、産業を育成するための資金は豊富に用意することができました。隣国から見ても魅力的な魔道具という商品もあります。隣国との良好な関係がこのまま続けば、という前提条件はつきますが、この国を豊かにするための青写真は粗方出来上がっております」
完全にジャンフランコの受け売りであるが、一息に国を富ませ発展させる方針を説明した。隣国リモーネとの関係など、まだまだ不確定な部分はあるが、少なくとも目の前の前王は満足したようである。
「久々に国の行く末について明るい見通しを聞くことができ、余は満足じゃ。これは少しでも長生きして卿らが国を富ませていくのを見届けなくてはならぬな」
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「意外なことに、其方の話を聞いてから陛下の顔色がよいのだ」
ジャンフランコもロドリーゴもいない。シビエロ侯爵領の森の奥深くの屋敷の一室で、ジョヴァンナは父母、そして兄の死霊に囲まれる。
「お父様が強く反対するのではと懸念していたのだけれど」
「陛下のあの晴れやかな顔を拝見してはなぁ。だが、これからが大変だぞ。あの旧共和国政府のやらかしの後始末は決して簡単ではあるまい?」
「ええ。よくぞここまでと言いたくなるくらいに農地も都市も何もかもを壊し尽くしてくれていますもの。特に領主一家を滅ぼしてくれたおかげで領地経営の知見が残ってないのが痛いわね」
「ふむ。ならばミルトンから救い出した者の中で気力・体力を取り戻した者を助言者として使ってやってはくれぬか?スチュワルドの悪ガキも前王のお側だけでは張り合いがなかろう」
「そうですね。領主としての未来を絶たれたといえども、有為の皆様のお力を城にお招き出来れば心強いですね」
「前から気になっておったのだが、ミルトンに移ることはせぬのだな」
「ええ。既にスフォルツァ城を中心に国の政を動かす仕組みを作り上げてしまったのですもの。今さら動かす気は起きませんわ。それに」
「隣国リモーネとの関係を考えると、政の中心はリモーネに近いスフォルツァ城の方が都合が良いのです。各地との距離も、ジジが作り出した【転移】の魔道具があれば無視できますから」
「ではミルトンはいかがする?荒廃したまま放置する訳にもいくまい」
「あそこには天津甕星が封じられておりますから。城壁を廃し、祖神を祀る聖地として再整備したいと思います。今、ジジが王宮を神殿に改装する計画を立てていますよ」
波乱なく政権移行が出来そうでよかった。
今回の新要素:
・ ジョヴァンナが禅譲を受けて旧ミルトンを統べる者として確定しました。
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