子供の使いで良ければどんだけ楽だったろう
「それで、卿は何を話せと辺境伯殿から言付かってきたのかな?」
目の前のリモーネ王の手にはジョヴァンナからの親書が握られているが、その内容が意に沿うものでなかったことはその表情から明らかだ。
それはそうだろう。
リモーネ王国向けには、つい先日、冬に入る前に
「旧スフォルツァ領の回復が悲願」
「ようやく悲願達成したばかり」
「荒れた領内を立て直すため暫くは内政に集中」
と従来と変わらぬ立場を説明したばかりである。
リモーネから見たスフォルツァ領の位置づけは、急進主義者によって内戦状態になったミルトンという面倒な隣国との間に立ち塞がる都合のいい味方。
あるいは、自分達が領土的野心を抱いた時に体よく利用するという選択肢も可能性としては織り込んでいたかもしれない。
それが、今回のジョヴァンナの手紙の内容はと言えば
「自爆テロ仕掛けられた報復攻撃のついでに首都陥落させちゃった(テヘペロ」
「余勢を駆って軍閥やら何やら全部なぎ倒して旧ミルトン全部勢力下に収めた」
「ついでにミルトンの祖神と言われる存在に認められた」
「なお、現ミルトン王の身柄は自分が確保している」
こうして並べてみると、なるほど紛うことなき簒奪ムーブである。
控え目に言っても、単なる地方領主で満足するフリをしていたのが、ある日突然化けの皮をかなぐり捨ててみれば一国を統べるだけの野心も能力も備えていたことが明らかになったわけである。
リモーネ王の心の裡を一言で表わせば「よくも今まで謀ってくれたな」である。
「リモーネの警戒心を刺激しないためには情報を制限せざるを得ませんでした」
「相互不可侵の約定をバカ正直に守り続けてくれたおかげでスフォルツァはミルトン共和国への対応に専念できました」
正直に手の内を明かすとこうなるが、これはなるほど我が事ながら悪辣の誹りを逃れられないな、と思う。
もちろん、そんなことをバカ正直にこの場で述べるのは悪手の中の悪手である。
一方で、リモーネ王がジャンフランコに向けてストレートに怒りをぶつけることは不可能なことも(嫌らしい言い方になるが)充分に理解している。
数年前、相互不可侵を約束させた際に散々脅しつけたことを思い出す。
メディギーニ商会を通した影響力、特にこの国の資本市場に対する影響力はあの頃と比べて強まりこそすれ、少しも減じていない。
経済を止めた後に続くのは、物資補給を止められ指揮官たる貴族達の資産を差し押さえられて機能停止させられた軍隊である。そう言ってスフォルツァを傘下に収めミルトンに進出しようとしたリモーネ王の野心を挫き、相互不可侵の約定を結ぶ利点を説いた。
後には、ジャンフランコが天恵の女神をはじめとした神々の加護を得ていることも知られている。
ジャンフランコには、今、目の前の王が腹を突き破って飛び出しそうな敵意と怒りを必死に飲み込もうとしているのが分かる。
その王の表情を見ているだけで胃が痛くなる。
長い…長い王の沈黙に耐えられないのか、その場にいる誰もが固唾を飲んで王の次の言葉を待っている。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ようやく様々な激情を飲み下すことに成功したのか、王が引きつった顔でジャンフランコに言葉を掛ける。
「卿よ。お役目ご苦労なことだな」
「そして、祝福したい。ミルトン全土の掌握。まことに喜ばしい。更にミルトンの祖神 の支持も取り付けたそうではないか。これはミルトンの王からの禅譲も近いのではないかな」
どうやら、リモーネ王の怒りがこの場で火を噴くことは抑えられたようである。
だが、端々に不穏な言葉を散りばめた祝辞を聞く限りでは、穏やかにこの場を収める気もまた、なさそうである。
その証拠にその場に集ったリモーネの貴族達の間からも先の王の一言に反応したざわめきが上がる。
「全土の掌握だと?」「王からの禅譲ということはスフォルツァ辺境伯がミルトンの王になるのか?」
リモーネ王が片手を挙げて騒ぐ貴族達を制しジャンフランコに発言を促す。
「まだまだ戦に勝ち急進主義者や不穏分子を排除しただけでありますれば。勢力下に収めた領地をどのように経営していくかについてはまだ定まっておりません」
いずれ何らか方針を公表することにはなる、としても、スフォルツァ家中ですらアナウンスしてもいないことをこの場で表明する訳にはいかない。
それはリモーネ王とて理解しているはずだ。
やり取りする二人の間に漂うピンと張り詰めたような緊張感に胸騒ぎがしたのであろう。
王妃が王の顔を窺う。
それと気づいた王がジョヴァンナの親書を王妃に渡す。王妃から王子、王女へと順に渡され、目を通した王族は皆、顔色が変わる。王妃は真っ青に、第一王子は真っ赤に、そして第一王女はほんのり紅色に。
「ふむ。正直なところを述べられたい。政変の後、ミルトン王の消息は漠として知り得なかった。我が国の全力をもってしてもその行方を知ることは出来ず、おそらくは儚くなられたのではと報告を受けていたのだ。よしんばご存命であったとしても国政を執ることができる状態とは思えぬ。そうであろう?」
「ミルトン王陛下のご容態はご賢察のとおりにて。ご健康を取り戻すまでの間だけでも代わって国の舵取りを行う者が必要なことは否定できません」
「ほぉ、そこは認めるのだな」少しばかり手の内を明かすことでリモーネ王の機嫌が多少なりとも戻っているように見える。
「私も救出作戦に参加し、実際にその御尊顔に触れておりますれば。陛下のご容態は未だ予断を許さぬ状況と聞いて納得しております。」
「その王に負担をかけ続けることは家臣たるスフォルツァの本意ではあるまい?一方で国事さえ満足にこなせぬ王を戴いていれば、ミルトンの地も安定はせぬであろう」
「ご賢察の通りにございます。いずれ定まった折にはお知らせできるものと存じます」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「では、卿に聞きたい。スフォルツァはリモーネとの関係を今後どのようにしたいと考えている?」
ミルトン王の現状について詳細を明かした上で、その扱いはペンディングであるとこれまた正直に答えたことで、リモーネ王の心証も多少は改善したようだ。
ジャンフランコにとっては、この問いに答えるのが一番容易いし、そもそも、ここで共通理解が得られれば、ジャンフランコの役目の大半は達成できたと言って良い。
「私がお答えするのでよいのであれば、そうですね。
今までと変わらぬお付き合いをお願いしたいと考えております」
リモーネ王が意外なことを聞いた、という顔になる。
同時に、その場の空気も緩む。
「ほお。ちなみに卿の言う『今までと変わらぬ』というのはどのようなことを指すのか、聞いておきたいものだ」
「国境を開き、なるべく人の行き来を制限せず、そして商品やそれを購入するお金の流れもなるべく自由に行える関係を維持することですね」
「今のところ、自由に国境を行き来するのは卿と卿の商会だけのように思うが」
「メディギーニ商会は単に貴国の農業生産者や商会の代理で流通を仲介しているに過ぎませんよ。
それに、今後スフォルツァ領の復興が進めば領民も豊かになります。
その領民の間で魅力的なリモーネの商品に対する需要が高まれば、それを好機と捉える貴国の商人が出てくるかもしれませんよ」
「確かに、復興のための様々な物資を輸出するだけでも我が国の商人が潤いそうであるな」
「ええ。メディギーニ商会以上の目利きが出てきて魅力的な商品を運び込んでくれるなら、貴国にとってもスフォルツァにとっても、互いに利のある話となりましょう。
今のところは復興の途上でありますが、スフォルツァは国の力をつけ、いずれは貴国からの投資を呼び込めるような魅力的な領地へと育てたいと思っています。」
「それは頼もしい発言であるな。楽しみにしておるぞ」
「ええ。レイチェル殿下をお迎えするまでに、少しでも領地の魅力を高めるよう努力を惜しまないつもりですよ」
スフォルツァが旧ミルトンの地を統べることについて、少なくともリモーネ王からの反感は解消できたようである。
「リモーネと手を携えて、共に発展していく。
スフォルツァの未来はそこにあるものと考えております」
残るはリモーネの貴族達であるが、ここはリモーネ王のリーダーシップに期待したいところだ。
首尾によってはメディギーニ商会を通して主要な貴族家には利を示して支持を増やすことも考えるか。
考えに耽るジャンフランコは突然二の腕を掴まれて驚く。
「陛下、ジャンフランコ様をお招きしての難しいお話は終わりましたでしょう?わたくしのために領地経営に力を入れられるというお話、大変嬉しく、ここからはわたくしにお時間をいただきたく存じます。よろしいでしょう?」
いつの間にかレイチェル王女に片腕を取られた形になり、一瞬苦笑いしたジャンフランコは、それでも気を取り直して蕩けるような甘やかな笑顔を婚約者に向ける。
「陛下、これにて御前を辞する無礼をお赦し下さい。殿下御自らのお招きをいただいた以上、私はお応えせねばなりません」
「ええ。まずは御髪と瞳の色が変わった理由を教えていただけなければ、わたくし心が騒いで騒いで。
この冬の間、ずっとお運びいただけなかった分、沢山のお話を伺いたく存じます」
ああ、副音声が聞こえる。『暫く顔を見せないと思ったら、また髪や瞳の色が変わるほどのことがあったようね。洗いざらい吐いてしまいなさい』
王の次は王女か…冬の間に忙しさにかまけて顔を見せなかった不義理は相当高くついたようだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ジャンフランコ様、お部屋を用意しておりますのでご一緒下さいませ」
ジャンフランコが差し出した左腕にレイチェルが掴まり、一応エスコートする形で王宮の廊下を進む。レイチェル王女の侍女侍従が二人を前後から挟む形で誘導し、少し離れた位置でフレデリカが警戒に当たる。
王宮のプライベート・スペースに置かれた応接室に入り扉が閉じられると、レイチェル王女がジャンフランコの耳元に唇を寄せて囁く。
「ジャンフランコ様、お兄様のお顔をご覧になりまして?あのようにお怒りで真っ赤になったお兄様を見たのは初めてですわ。このままではご無事にお城を出ることすら叶わないかもしれませんわよ?」
「そうなのですか?ローレンス殿下の天恵は確か【剣】でしたね。なるべくならお互い武器を向け合うことなく話し合いに持ち込みたいのが正直なところですが」
「まぁ、嘘がお上手ですこと!お顔には『何で向かってきても簡単に捻じ伏せられる』と書いてらっしゃいますわよ」
『おっと、レイチェルの天恵を忘れていた』
「もう!そんな悪戯が見つかったような顔をなさるのはお止めくださいな。でも、お兄様を警戒すべきというのは本当ですのよ。若い貴族達の中にも次代を見据えてお兄様が命じずともお兄様の意を汲んで行動する者が増えているのです」
「参ったな。ミルトンで散々見てきたので当分は荒事について考えるのも嫌なのだけれど」
「あら、今度は正直に仰って下さいますのね。正直ついでにジャンフランコ様の天恵についてもご披露いただくのは如何かしら?」
「前にも言ったけど僕は天恵なしで 「あら、稀代の大杖の天恵持ちのスフォルツァ辺境伯様と稀少天恵持ちのご夫君のお子で、更には【天恵の女神】の使徒でもあるジャンフランコ様が天恵なしのはずはありませんわ!」」
『マズイな。これは誤魔化し切れんか?』
「図星のようですわね!先ほどお家の隠し事を一つ暴露されたではありませんか。
わたくしの前で今度はジャンフランコ様の隠し事についても披露していただきたく存じます。
さぁ!どんな天恵かこの場でお見せくださいませ!」
「いや、僕の天恵は本当に説明が難しくて、人によっては理解できずに天恵なしと同じと思われかねなくてね」
「あら、今のは正直半分・嘘半分というところかしら?」
「君には敵わないよ。では、せめて人払いだけでもお願いできないだろうか。フレデリカをこの場に残せばレイチェルの外聞も保たれるだろう?」
レイチェルか目配せすると、彼女の侍従・侍従が不承不承ながら退出する。
「では、フレデリカ。【防諜】の魔法をお願いできるかな?」
「心得ました」フレデリカが即座に右手の魔導具に仕込んだ【防諜】の【魔法陣】を展開し、彼女の【神具】に流れた魔力が【防諜】の魔法を発動させる。
「あら、護衛の彼女の天恵も見せていただけるのね。でも、わたくしが知りたいのはジャンフランコ様の天恵ですわよ」
「分かってるよ、今顕現させるから」
ジャンフランコが右手を開くと、手のひらの上に無数の短い光る棒が出現する。
「分かりにくいけどね。これが僕の【神具】。天恵名は【神測】と言うんだ」
ジャンフランコ君の提案は、両国で自由貿易経済圏を作ろう!って内容ですね。
次回、隠しきれずにジャンフランコ君の天恵について説明します。
今回の新要素:
・ 特になし?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めての作品投稿です。
誤字・脱字など見つけられた場合は、ご指摘をいただければ幸いです。
気に入っていただけたらブックマークのほか、評価・リアクション・感想などいただけたら励みになります。




