もう一つの約定
ジョヴァンナがミルトンの地で神事を行い、怨嗟で分かちがたくその場に縛られた死霊達を解放した後、凍り付いた城壁をはじめ各所に遺された無数の遺骸もいつの間にか消え去っていたのが確認された。
これについては、何らかの理由で人体を構成する【木】【火】【土】【金】【水】属性の魔力に分解されて揮発してしまっただの、死霊との結び付きが解けていなかった遺骸が死霊もろとも【死】の女神のお招きを受けただの、諸説が飛び交っていたが真相は不明である。
いずれにせよ、遺骸と怨嗟と死霊だらけであった旧首都ミルトンはジョヴァンナの手による神事ですべての穢れが祓われ清浄な空気を取り戻したのだった。
その神事を執り行ったジョヴァンナ自身は、神事によりゴッソリと魔力を持って行かれた影響か、スフォルツァ城の自室で伏せっていた。
本来ならミルトンからスフォルツァ城までの道程は衰弱したジョヴァンナには酷なものとなるはずが、【転移】の魔道具の存在が、常識では考えられない距離の移動を現実のものとしてしまった。
ロドリーゴによって横抱きに抱え上げられたまま、ジャンフランコの開いた空間を通ってスフォルツァ城へと戻ったジョヴァンナは、数日後、他ならぬ自室の馴染み深い寝台で目を醒ます。
起き上がり辺りを見回して若干の違和感を覚え、その正体を探っていると、自分が倒れたのがここスフォルツァ城ではなく遠くミルトンの王宮であったことと息子が自慢気に設置していた【転移】の魔道具のことを思い出す。
「これに慣れてしまうと、移動のために乗り物を仕立てたり旅程を考えて予定を遣り繰りしたりするのがバカバカしくなるわね」
自分が倒れたミルトンではなくスフォルツァ城で休むことができている理由に思い至ると、ジョヴァンナは少しばかり浮かれたような気分になってそっと呟く。
「お望みでしたら、お忍びでリモーネにある懐かしのスフォルツァ邸にお連れすることも可能ですよ」
先程の呟きを息子に聞かれたことに少し気恥ずかしくなったが、そこは亡命先の異国で「聖職者の愛人」扱いを受けるところから始めて、今はかつての領地に辺境伯として返り咲いている女傑である。
「あら。リモーネに一度顔を出さなくてはならないのは貴方の方ですよ、ジジ。そろそろ貴方の婚約者から顔を見せろと催促のお手紙が届いているのではなくて?」
「いえ、催促の手紙は届いておりますが、差出人は生憎と麗しき姫君ではなく髭面の大男なのですよ」
ジャンフランコから渡された手紙には、メディギーニの字でミルトン攻略の成功を祝う言葉が数行書かれた後は、延々と留守番の身を嘆く恨み節とリモーネ王家からの追及を交わしきれなくなっているので状況説明のためにジャンフランコを寄越すようにとの要請が書き連ねられていた。
「あら、それでもメディギーニにこの手紙を書かせたのは間違いなくあのお姫様でしょう?そうねぇ。明日にでも一度わたくしの名代としてリモーネ王にご報告をお願いしようかしら」
「母様、僕がリモーネに赴くのは、母様がもう一人の神と約定を結んでからですよ。でなければ母様を神々に認められた君主としてご紹介できないではありませんか」
「神々」という一言にジョヴァンナが思案顔になる。
「そうね。同じお手紙を書くにしても、ただのスフォルツァの領主よりかはミルトン全土の祖神に認められた者の方がリモーネ王に対する通りもよいものね」
「では早速父様を及びいたしましょうか」
「ダメよ。ロドリーゴ様と来たら、まだ病み上がりの身で無理をすることはまかりならん!なんて顰め面で止めに掛かるに決まっていますもの」
「聞こえているよ」衝立の影からロドリーゴの声が、次いで本人が姿を現す。
「あら、聞いてらっしゃったのであれば話が早いわね。早速にお支度をしなければ」
「いや、君はあれだけの神事をやった結果倒れたんだ。魔力だけでなくて身体への負担も相当なもののはずだろう?もう何日か様子を見た上でないと新しく神々との約定に挑むなんてとんでもない」
「『神々』ではなくお相手は一柱だけなのですけれど」
「その一柱が問題なんだよ。僕も『魔力が足りない』と追い出されたけど、その直前には枯渇ギリギリまで魔力を吸い上げられたんだから」
「あら!ロドリーゴ様ったら!抜け駆けで約定に挑むとは油断も隙もありませんわね」
「だから、君の身を守るためには神との対面がどれだけ危険なものか、君が手を出す前に試しておかないと測ることもできないじゃないか!」
空気を読んだジャンフランコがそそくさとその場を後にする。
彼の口が「ごちそうさまでした」と動いたように見えたのは気の所為に違いない。
「犬も食わぬ」というやつである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日彼女は神のおわす扉の前に立つ。
このミルトンという「まつろわぬ民」の国を長きにわたって護り、導いてきた祖神に会うために。
神に目通りする資格を問う扉の前に立ち、その手をそっと扉に添える。
扉が七色の光を帯び、彼女の姿が扉の中に吸い込まれ消える。
少なくとも彼女は資格を満たし祖神に招かれたのだ。
約定を結ぶための勧請には応じない祖神。
約定を結びたければ呼び付けるのではなく資格を満たし扉の前に立てと嘯く神。
後にそれは傲慢の故ではなく彼がこの場に封じられていたからだと知れたけれど。
扉の前で待つ者達は、彼女の帰還を今か今かと待ち続ける。
少年はふと、自分もこのように待たれたのだろうかと思い返す。
あの時は確かはじめに間の抜けた問答があり、訳の分からないままに自分は使徒とされた。
横暴にもほかの神々の印を上書きした上で。
知らなかったとは言え、ただ【魔導書】を持ち帰るだけのつもりだったのに。
その後は、流れ込む大量の【魔法陣】に翻弄され、ミルトンの歴史を語られたのだった。
ああ、そう言えばあの時に得た大量の【魔法陣】を未だに読み解いていない。
そう思い、自らの【神具】に蓄えた【魔法陣】を紐解こうとした瞬間、扉の前に彼女が戻って来た。
腹を押さえ、プルプルと全身を震わせながら。
と、少年と目が合うと突然、破顔爆笑する。
「もう!中で笑われたというか呆れられたわよ!『なぜ、“プチ”とつくからといって【小隕石群】を都市のど真ん中で使えると判断したか理解に苦しむ』ですって!」
「母様、そんなことよりも首尾の方は」
ひとしきり爆笑した後、何とか笑いの発作を抑え込んだジョヴァンナが祖神との対面の結果について共有する。
「ええ。約定を結んでいただけましたよ。『あ奴を知らねば其方を我が使徒と迎えていたであろうが、あれ程の加護を得た者を見逃す訳にはいかぬ。許せ』ですって」
「申し訳 「『あの若輩者が人の理の上でも国を統べる力を得るにはまだまだ時間が掛かろう、それまでは其方がこの国の舵を執れ。しかと務めよ』ですって。ああまで言われてしまえば、わたくしも腹を括るしかありませんわね」」
「母様、それでは」
「ええ。そのためにも地固めをしなくてはね。ジジには隣国に渡りをつけての根回し。任せましたよ」
今回の新要素:
・ ジョヴァンナも天津甕星と約定を結べました。
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