戦後処理のフィナーレは女神の抱擁
戦は勝ったらそれで終わり…ではないのです。
旧首都ミルトンの攻略〜別の視点からは解放〜は、城内に暮らす公称約十二万人...実際には三万人にまで数を減じていたが......の領民からは大いに歓迎される事となった。
上空から観測した限りでも食糧品が配給制であったなど不自由な生活が見て取れたが、実情を聞くと政変を境に私有地や私有財産の否定ないし制限に始まり、城外はもとより城内においても移動が著しく制限されるなど、「共和国」政府はなかなかの圧政を敷いていたようである。
家業の固定、即ち農民として産まれた者は終生農業に、露天商に産まれた者は生涯露天商に、と職業選択の自由を奪われ、唯一の逃げ道は兵士となること。
だが、それでも富裕な商人や学者・教育者などと比べればマシな運命だったと言える。
財産を没収され、家族は引き裂かれ強制的に農地に移住させられて食糧生産に従事させられる。
まさしく急進主義者達が抱えていた価値の転倒願望をそのまま発露したような光景があちこちで展開していたらしい。
かつて首都にあった高等教育機関や研究所の類も全て解体され、知性は否定され書物は焼かれ、当然児童が学ぶための場所などもない。
これだけの広大な大都市にしては旧首都ミルトンは貧しく、殺風景で、スフォルツァ城の周辺の復興された農村の方が遥かに豊かに見えるほどであった。
開放後の旧首都ミルトンをどう扱うか......食糧については王宮の食糧庫を開放することである程度の救済となるだろうが、長年の圧政の傷跡を癒すにはまだまだ時間がかかりそうである。
その圧政の象徴であったのが、ミルトンを囲む聳え立つ城壁である。
その城壁であるが、多数の砲門が設置され、侵攻に際して確実に脅威となったであろう城壁を一気に沈黙させたことは、ミルトン攻略において大きな意味を持った。何より不気味なのは城壁に設置された砲門の多くが城壁の外ではなく内側を向いていたことだ。
スフォルツァ勢が数の上での劣勢をひっくり返すため、【氷結】の魔道具という強引な手段を採った結果、後には1,000人近い兵士ごと凍り付いた城壁が残されたのだが、これは金輪際城壁が領民を脅かすことがなくなった象徴として、むしろ歓迎されることとなる。
とはいえ、春になり氷が解けると別の問題が発生しそうである。
結局、ミルトンの城壁は冬の間に解体・撤去することが決まる。
ジョヴァンナを始めとしてスフォルツァ家中の誰もが、ここミルトンを「首都」として残すことに否定的である以上、この地を城壁で囲う意味は消失したのである。
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そして、領民たちにとってはもう一つの圧政の象徴、残る19,000名の守備兵の扱いもなかなかに難題である。彼らは外敵への備えよりも城内に暮らす領民の取締りと迫害に重きを置いた軍隊であったこともあり、単純にスフォルツァ家の軍勢として吸収することは不可能、と判断せざるを得なかった。
そもそも小が大を飲み込む、のは軍隊においては簡単ではないのだが、ミルトンの守備兵は更に厄介な存在であった。
ミルトンの急進思想というのは、不平不満を抱えた兵士達には非常に親和性の高い思想であり、旧首都ミルトンの守備兵は言ってみれば丸まま急進思想に汚染された集団と言ってよかった。
結局、彼等をそのままスフォルツァの軍制に組み込むのは不可能と判断された。
何より武器を振り回すだけの旧態依然としたミルトンの守備兵と、各種の魔道具を使いこなし作戦遂行することを求められるスフォルツァの精兵とでは求められる兵士の質に解消不可能な差が生じてしまっている。
最終的に、二万人弱の元守備兵は武装解除され、ミルトンの北・東・南の国境線付近つまりは急峻な断崖絶壁の麓に数十人程度の単位で派遣され、辺境の地の開拓に当たらせる事となった。
そのためにジャンフランコは一台の特製の幽霊馬車を製造する羽目になる。
要は、ミルトンの国土の端から端までの距離を【転移】させられるくらいパワフルな【転移】の魔道具を積んだ幽霊馬車なのだが、これを国境沿いに三十〜四十キロ間隔で移動させては旧首都ミルトンの兵舎から元守備兵達を最低限の自活が出来る程度の物資・食糧と共に【転移】させる訳である。
後のことは元守備兵達本人に任せて放置する。
真冬に未開拓の土地に放逐することに良心の呵責を感じないわけではないが、旧首都ミルトンで捕らわれた王族・貴族達に対し元守備兵達が何年もの間に何をしてきたかを考えれば、心の痛みは随分と軽減された。
何より領地・国土の経営に腐心する王族・領主に敬意ではなく敵意を抱き、道理よりも妬み嫉みや不満といった非生産的な感情を優先する者たちである。国を乱す急進思想の継承者達にはマトモな統治の及ばない地での生活がどのようなものか、自ら体感して更生してほしいものである。
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さて、旧首都ミルトン攻略にはもう一つ、重要目標が残っていた。
ミルトン王国の国家財政を支えていた資産。具体的には王家伝来の宝物をはじめとした換金可能な財貨である。
結論から言うと、王宮の宝物庫は綺麗さっぱり空になっていた。
ただし、政変から十余年、放埒な国家運営の代償として全てが費消されたのかと思えば然に非らず。
そのほとんどは旧首都ミルトンの各地に点々と掘られた穴蔵にバラバラに秘匿されていた。
何のことはない。ミルトン共和国の要人たちが王宮の宝物庫からくすねては、個人で作った秘密の穴蔵に秘匿していただけである。
そのすべてが、ミルトンを漂う死霊を使役したジャンフランコの手によって発見されていた。
もしかしたら死霊すら知り得ない秘密の隠し場所が残っている可能性がないではないが....
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ミルトン解放後の諸々にある程度の道筋が着いた今、ジャンフランコはジョヴァンナをここミルトンに招いていた。王宮のベランダからはミルトン全体の様子が見て取れる。
「それにしても、改めて眺めてみると、この地は怨嗟に満ちていますね。政変以来でしょうか。非業の死を遂げた者が多すぎるのでしょう。僕の目には何処を見ても怨嗟のためこの地を離れられなくなった死霊の姿しか映りません。正直を言うと、今すぐこの地を立ち去りたくて仕方がありません」
まだ地下で活動していた間はマシだったのですが、とジャンフランコが続ける。
「幸い、【死】の女神の御加護があるため、死者たちは僕を直接害することはできないようですが、それにしても、ね」ジャンフランコが苦笑いするのを見てジョヴァンナが顔を顰める。
「そういうお話を聞くと何かしてあげたいと思うのですが、何か手立てはあるのですか?」
「そうですね。【死】の女神を勧請し、すべての死者を彼女の手に委ねる神事を行えば、あるいはこの地を怨嗟の穢れのない清浄な場所へと変えることもできましょうが」
「お待ちなさい。それは【死】の女神の使徒として貴方がその神事を執り行う、ということではありませんか?」
「そうなりますね」
ジョヴァンナが考え込む。
「いいえ。未成年の貴方にこの地に満ちる死者の怨嗟に深く関わらせることは望ましくありません。おそらくは千や二千ではきかないのですよね?わたくしが代わってあげることはできないのですか?」
「そうですね。【死】の女神を勧請するための【魔法陣】が『神々への道標』にも載っていないことからもわかるように、彼女は非常に勧請することの難しい女神だと思います。今、彼女を無条件に勧請できるのは使徒である僕くらいだと思いますよ」
「使徒......ですか......でも、神々を勧請するためには必ずしも使徒である必要はありませんよね。神々との間に約定を結ぶことで神々に顕現願うことができたはずです」
「ですが、そう簡単に約定を結んでいただけるかどうか...僕の場合は神々からの怨嗟の対象となっている者達を捧げたから顕現いただき更には加護までいただいたのではないか、と考えているのですが」
「そうですか。では、万を超える怨嗟を向けられる対象を捧げれば、わたくしもあるいは...」
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ミルトンにはもう一つ未解決の問題が残っていた。
他でもない旧ミルトン首脳陣の扱いである。
領民が声高に求める声に応えて公開処刑に処すべしという声もないわけではなかったが、公開処刑というのは旧共和国政府が恐怖で領民を抑え込む手段として多用していたとの話もある。
そんなスフォルツァ家中の悩みを知ってか知らずか、旧ミルトン首脳陣は日々待遇改善を求める声を上げ続け、キーンズの地下牢を見張る番人を悩ませ続けていた。
だが、その悩みの種がある日を境に綺麗さっぱり消えてなくなる。
ある朝、番人が奇妙に静かな地下牢の様子を訝りながら職場に向かうと、キーンズの地下牢が完全な無人となっていたのである。
よく見ると、牢の床には囚人に着けられていた【魔封じ】の腕輪やら囚人が身に着けていた衣服やらが散らばっている。
異常な事態に急ぎ報告せねばと動き出す牢番に暗がりから声が掛かる。
「心配は要りません。彼等は然るべき所へと召されましたから」
聞き覚えのある声にギョッとする牢番の前に、暗がりからこの場には相応しくない人物が進み出る。
「領主様...ですか?このような場所においでになるとは何事でしょうか?」
慌てて跪くと、暗闇から更に別の声が掛かる。
「ああ、そのことはいいんだ。それでね。職務熱心な君にお願いするよ。この場所を片付ける手配をしてくれないか」
「城代様まで。かしこまりました…がよろしいのですか?」
「よろしいも何も。ここにいた囚人たちのことについては私の方で手配しておくよ。だから君は…そうだな。ここで領主様にお目にかかったことは他言無用としてくれないか?…ああ。彼らのこともね」
ここキーンズの城代であるピアネッツォーラ子爵の後ろから現れたのは、領主のご夫君とまだ成人前の黒髪の少年だった。
「え...わか「他言無用だからね」」
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キーンズの地下牢から旧ミルトン首脳陣が忽然と姿を消した三日後、旧首都ミルトンの王宮では厳かな神事が行われた。
王宮のベランダにはこの地を訪れたスフォルツァ辺境伯ジョヴァンナとその配偶者であるロドリーゴが並び、ジョヴァンナが何事か~おそらくは死者を悼む祝詞であろう~を唱え、右手を掲げる。
その姿が少し揺らいだかに見えた瞬間、ロドリーゴが後ろから支え、自らの右手をジョヴァンナの右手に添える。
その景色をジャンフランコは王宮から離れた場所、凍り付いたままの城壁の上から眺める。【身体強化】で視覚を強化すれば、声は聞こえないものの神事を行うジョヴァンナとロドリーゴの姿は克明にその目に映る。
ジャンフランコの目には、ジョヴァンナが祝詞を唱え終わった後、ジョヴァンナの右手を目掛けて殺到する死霊の群れが見えていた。
ジャンフランコの立つ足元の城壁から、禁呪により穿たれたクレーターの周囲、かつては貴族たちの屋敷が立ち並んでいた跡から、そして何より王宮の各所から。
次々と殺到する死霊がジョヴァンナに至るかと思った刹那、その前に銀灰色の髪の女性の姿が立ちはだかる。
銀灰色の髪の女性 ~【死】の女神の顕現した姿~は慈母のような微笑みを浮かべると両腕を広げ、殺到する死霊をその腕に招く。
殺到する死霊達は女神の前に至ると、まるでその腕の中で遊ぶようにぐるぐると回り始める。 次々と飛び込む死霊達はいつしか大きな球のような塊へと変わり、それが女神が腕を閉じていくのに合わせて小さくなっていく。
ついには女神の腕の中で抱きしめられたかに見えた後、女神の胸の中へと吸い込まれていく。
すべてが終わったのか、女神は後ろに立つジョヴァンナとロドリーゴを振り返り、労うかのように二人の肩に手を置く。
やがて女神の姿が薄れ、それが神事の終わりを告げたのであろう。
ジョヴァンナが片膝をつき、それをロドリーゴが後ろから支える。
「ですが、わたくしたちはまだ女神の御許には向かえないのですよ」
「そうですね。ようやくジョヴァンナにも我らの姿が見えるようになったのですから、まずは彼女と話をしなければ」
振り返ると、そこにはエリザベータとロベルトの死霊がニコニコしながら立っている。
「お祖母様も伯父様も、まだ未練を残されているのですか?」
「ええ。あの娘がこの後スフォルツァの家を、そして、もしかしたらこのミルトンの地をどのように導いていくのか。最後まで見届けなければなりませんもの」
「少なくとも、陛下に付きっきりの父上にもこの顛末を報告せねばならないしね」
今回の新要素:
・ 旧首都ミルトンの後始末諸々
・ ジョヴァンナが【死】の女神と約定を結ぶ
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