ミルトンの「禁呪」は持ち出せない
扉に吸い込まれた先は、白い光に包まれた何もない部屋だった。
ここにはミルトン王家に伝わるという「禁呪」の【魔導書】があるとの触れ込みだったが、これはどうしたことだろう?
その代わりに部屋の中央には男が一人。胡座をかいて佇んでいる。
黒髪と同じく黒黒と伸びた美髯の大男である。
「ふむ。ようやくか。長く待たされたものよな。資格を持つ者が訪れたのは実に何十年ぶりになるかの」
長く待たされた?資格?頭を疑問符だらけにしたジャンフランコが、それでも一番穏便に思える問いを口にする。
「あの、貴方はどなた様で?」
「儂が誰か識らずにここを訪れる者がおるか。
何たることだ!よもや儂が忘れ去られておるとはな」
男はこちらの問いには答えぬままに嘆き、逆に問いかけてくる。
「だが、ここを訪れた以上は無体に追い返したりはせぬぞ。『資格持つ者』よ。其方何を望んでここに参った?」
「ここには『禁呪』が眠ると聞いて参りました。」
フランチェスコから聞いたばかりの話だ。
流石に間違っていないはずだと思いたいけれど......
「なに?誰も眠ってはおらぬぞ。儂は其方のような『資格持つ者』がここを訪れるのを今か今かと待ち構えておったというに、何ということじゃ!
ミルトンの王め!送り込む者の質がどんどん落ちていって、ついには資格持たぬ者ばかり送り込みおった挙句、ようやく『資格持つ者』が来たと思ったら今度は何の事情も知らぬ者ときた!」
約束を違えおって!と吠える。
ジャンフランコは噛み合わない話と勝手に怒り散らす相手に困惑しながらも、とりあえず話に乗っておくことにする。何せここに辿り着くために様々な準備を積み上げてきたのだ。手ぶらでは帰れない。
「資格とは何でしょう?ミルトンは乱れていて様々な伝承が途絶えているのです」
多分、これが一番差し障りのない言い訳だろう。
すべてを急進主義者による政変のせいにしておく。
「何じゃと?其方知らぬまま此処へ来たのか?
まぁよい。其方のようにすべての属性の魔力を使え、『禁呪』を唱えるに足る魔力を持つ者でなければ儂の前には立てぬ。そのことじゃ。先程の女子は属性は足りておったが、まったく魔力が足りておらんかった」
首を左右に振る様子を見るに少しは落ち着いたようだが、愚痴は続くらしい。
「じゃがそれでもマシな方よな。この頃は属性を一つや二つしか持たぬ輩が無遠慮に入り口の扉を触りおるばかりで少々辟易としておった」
「では、『資格持つ者』はここを訪れて何を得られるのでしょうか?」
「うむ。儂との約定じゃ。ん?もしかして『約定』と言うても今時は通じぬか?儂に魔力を捧げて儂の権能を使える資格を得ることじゃ」
「いえ、約定は存じております。では、この場所にまで至れば貴方様と約定を結び『禁呪』を授かるのですか?」
「間違いではないが....其方、この儂との約定よりも『禁呪』一つを尊ぶのか?」
目の前の男の話をある程度は理解できたかと思ったが微妙に話が噛み合わない。
だが、「約定」という言葉を持ち出してきたことから推察するに、目の前の髭面の男は「禁呪」に関わる神なのであろう。言動に神々しさは全く感じられないが。
ひとまず、ジャンフランコはそう仮定して機嫌をとることにする。
「いえいえ、滅相もない。ありがたく約定を結ばせていただきたく存じます」
「よろしい。我が名は....んんんんん?其方その髪と瞳は何じゃ?其方もしや既に神々の加護を受けてはおらぬか?それも何柱も」
「はい。お見立てのとおり、複数の神々から御加護をいただいております」
ジャンフランコは神学校初年度に【秘事】と【看破】、直近では【天恵】と【死】それぞれの御加護を得て、その都度、徴であるかのように髪の毛や瞳の色を変えられている。
本人は慣れてしまって何とも思っていないが、神々にとっては加護を与えて使徒を得ることに重要な意味があるのだろう。そう言えば【看破】の加護を得た時には【秘事】の女神が拗ねていたっけか。
神々同士の競争でもあるというのだろうか?
「しかも、遥か西方から流れ着いた女神から南方由来の神々、更には隣国のおっとろしい女神までか。其方節操がないのう......じゃが、これだけの神々が相乗りしておる者を見逃すのも癪だわい...
...よし!気が変わったぞ。『約定』でお茶を濁すのでは足りぬな!儂も其方に加護を与えようではないか!厭と言うても拒ませはせぬぞ!加護を得ている神々の神威を頼りに断ろうとしても無駄じゃ!
儂はまつろわぬ者の神。其方に与えるは抗う力。何者にも勝る輝きよ!」
いつの間にか目の前に立った男にガシッと音が出そうな勢いで両肩を掴まれる。
「我が名は天津甕星!これより其方を我が使徒とし、我が権能を分け与えん!」
目の前の男〜天津甕星に掴まれた両肩から七色の光を帯びた力が流れ込み、ジャンフランコの髪と瞳が複数の神々の加護を得ている証の色を失う。目の前の男と同じ〜誤解を恐れずに言えば「ごく普通の」〜黒瞳・黒髪に変わる。
「フハハハ!其方に加護を与える神々の証の色をすべて上書きしてやったわい!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
天津甕星の加護を受けたと同時にジャンフランコの【神具】神測には次々と新しい【魔法陣】が流れ込んでは記録されていく。
【魔法陣】には、なるほど「禁呪」と呼ばれるような魔術の他、弱体化や強化に類する魔法までもが含まれており、一つの魔法体系に匹敵するほどの数であった。
なるほど、「『禁呪』一つ」と訝しむはずである。
「フハハハ!どうじゃ!儂の権能を勧請する【魔法陣】の数は!儂は夜の帷を待ちきれず独り輝く孤高の星!其方に与える権能は隕石を降らせ、天体の力と惑星の纏う薄衣を操る力!」
『このテンションの高さは何だろう?』
これまで御加護を受けた神々とは随分と毛色が違う。
それに、【魔法陣】として与えられる権能はストレートに敵を打ち倒すための権能が多い。特に隕石を降らせるなど、以前ジョヴァンナからスパルタ式で叩き込まれた戦略級の攻撃魔法が可愛く思えるほど広範囲に甚大な被害を与える魔術に違いない。
『これは、僕よりも母様向きの権能だね。』
一通り【魔法陣】が流し込まれるのは止まるが、目の前の大男はジャンフランコの両肩を掴んだまま離さない。そのまま、値踏みするような視線で無遠慮にジャンフランコの全身を舐め回す。
「さて、其方は儂の加護を受けたことでこの地を統べる資格を得たわけだが、見たところ人を統べるには少々幼いのぉ」
今更である。こちらもそんな資格をもらうつもりは毛頭なかった。ジョヴァンナのために「禁呪」の【魔導書】を持ち帰るつもりでこの部屋に入っただけなのだから。
「資格を持ち、更に、この地を統べることができる程に成熟している者ならば心当たりはありますが」
さりげなくジョヴァンナを売り込んでおく。
スフォルツァの城で勧請したら来てくれるだろうか。
それならジョヴァンナと引き合わせるのは簡単だが。
「ふむ。その者が儂と約定を結べるほどの属性と魔力を備える者であれば、ここまで連れてくるがよいぞ」
ここへ来る限定のようなことを言い出している。
「とはいえ我が使徒とした以上は、其方には儂とこの地の関わりを伝えねばならぬ。強き権能を持つ者が無責任にその力を振るった結果どうなるか。権能を与えた以上は其方の骨身に染みさせねばな」
天津甕星から、今度は様々な記憶が一気に流れ込んでくる。
それは、天津甕星とミルトンの関わりの歴史であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そこは三方を山々、一方を広大な森林に囲まれ、肥沃な大地に恵まれ大いなる実りを得られる一方、豊かな実りに惹きつけられた外敵の侵入に悩まされ続けてきた土地であった。
ある時、天から飛来した隕石が北の異郷との境に落ち、北からこの地を窺っていた他部族の砦を打ち壊し、国境となっていた山地を人の行き来を拒む峻険なものへと変える。
その神威に大いに感じ入ったある部族の長が天津甕星を勧請する神事を繰り返し行い、根負けした天津甕星の加護を受けることに成功する。
その権能はまさに凄まじく、東の山脈の先を広く不毛の大地に変え、南の国境の向こう側に至っては大地を引き裂き海の底へと沈めた。そして、それぞれの国境には当たり前のように隕石による峻険な山脈が築かれ、後にミルトンと呼ばれるようになった国は、三方を山脈というのも生易しい、人の往来を拒む絶峰の連なりに囲まれることとなった。
だが、強大な神の権能に酔い、その力を大いに振るい大地の形を捻じ曲げたこの行為は別の神の怒りを買った。
数年の間大地は極寒の冬に閉ざされ、部族の長は誅され、天津甕星もその破壊の片棒を担いだ責を問われた結果、今まさにこの場所に封印されることとなったのだ。
だが、天津甕星は邪神として忌み嫌われることはなかった。
やがて、天津甕星の封じられたこの場所を中心として栄えた部族が興った。
天津甕星を祖神として崇め、天津甕星との約定を部族の長となる資格の裏付けとするが、その権能を濫りに振るわぬよう「禁呪」と定めた穏健な一族は数多ある部族の中でも力を持つ部族となり世代を重ねた。
そして時代が下り、この地も旧ソフィア教会の洗礼を受ける。
表面上は旧ソフィア教会に帰依することを選んだ部族の長は、天津甕星の存在をひたすら秘することとして力を保つ。
「面従腹背」という、いかにも「まつろわぬ民」らしいやり方を徹底することで、自らが祀る神を守り抜いた部族は、やがてミルトンの王家の祖となった。
「儂のことを約定を結ぶ相手ではなく、単なる『禁呪』と呼び慣わすようになったのもこの頃よ。王の一族にのみ口伝で儂の存在を伝えることで、西からの勢力と事を構えることを避けた」
王たる資格持つ者の証しとして天津甕星と対面し、認められ、約定を結ぶ。
自ずと王の一族は旧ソフィア教会の教義からははみ出す存在〜唯一神女神ソフィアとは別に存在する神〜を知ることとなるのだが、それは一族の秘事とされた。「まつろわぬ民」の処世術である。
外に向かっては天津甕星の存在を隠すことにより、旧ソフィア教会との衝突を避けたのだ。
だが、繰り返し刷り込まれる教義は次第に先祖伝来の伝承を上書きし、何となれば伝承を保持する脳髄を異端審問と称して物理的に刈り取り続けることで、ついに王家を残して天津甕星の伝承は絶える。
ミルトンの領民にはただ、かけがえのない信仰を奪われたことへの反発心だけが残る。
さらに、唯一祖神の伝承を守り続けるはずの王家でさえも、ついには旧ソフィア教会による教義の押し付けに屈してしまう。
「嘘も何十回何百回と唱えれば真実のように聞こえるようになる。いつか王の一族の中にも、西から流れ着いた女神を奉ずる一派の教えに染まり、儂の存在自体を厭う世代が現れ始めた。儂と約定を結ぶために魔力を増やし属性を増やすことに励む者も次第に少なくなり、ここ数十年は一人の『資格持つ者』もここを訪れてはおらん」
「儂の使徒とした以上、儂の権能をどう使うかは久方ぶりの『資格持つ者』である其方に任せる。其方西から来た一派にも帰依しておらぬようだし、彼奴らを追い落とすのに我が権能を使うのも一興だがの」
『このミルトンの地の民ときたら教会の影響力が弱まった途端に教会を破壊して回るくらいだったからね』「まつろわぬ民」の伝統は健在。
ミルトンの地は既に実質的に旧ソフィア教会の影響から解放されていた。
だが、天津甕星自身が旧ソフィア教会を苦々しく思っていたことは分かった。
信仰する祖神としては忘れ去られたとはいえ、天津甕星への想いは「まつろわぬ民」を動かし、その遺産を獲得したジャンフランコが結果的に旧ソフィア教会を破滅させたのである。
「あ、それだったらもう終わってます。『西から流れ着いた女神』の御加護は奪い取りましたし、『奉ずる一派』は解体済です」
「ほ!それは何とも愉快な話ではないか!ならば今其方と争っているのは別の勢力か?いずれにせよ疾く平らげて我が威によりこの地を治めるがよい」
どうやら天津甕星の歓心は得られたようだ。
心底愉快そうに笑う天津甕星の声を最後にジャンフランコは扉の前に戻された。
そこへドズズズズン!と王宮を揺らす地響を感じる。
想定していた形とは若干異なるが「禁呪」は得ることができた。
残るは宮廷魔導師団の排除のみ。ここまで来たら目指すは完全勝利である。
今回の新要素:
・ 「禁呪」の正体=封印された天津甕星
・ 神様視点からのミルトンの歴史
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