新月の夜に
乾坤一擲。始まります。
それは、普段なら誰もが寝静まる深夜に始まった。
冬の半ば、珍しく雪の止んだ新月の夜。
異変は首都ミルトンの要所要所、高所に配された不寝番が眠りこけることから始まった。
その原因は......
首都ミルトンの上空を誰の目からも見えない七機の魔道具が等間隔で通過していく。ペンキを刷毛で塗っていくように、倍量記法で抵抗が困難となった【睡眠】と【麻痺】の弱体化魔法がミルトン中に振り注いで行く。
次にはミルトン王宮の地下の物置を起点にして、王宮をスッポリ覆うように同じく倍量記法の【睡眠】と【麻痺】が発動する。
いや、それだけじゃない。【暗闇】【沈黙】【防御低下】【耐性低下】【持久力減少】【体力減少】と、ありとあらゆる弱体化魔法が並べられた魔道具から飛び出していく。
時間を決めて発動する時限装置のような仕掛けがついているのだろう。無人の部屋に並べられた魔道具群が次から次へと起動し、魔力を使い切っては沈黙していく。
最後の魔道具が沈黙した瞬間、王宮全体がしん、と完全な静寂に支配される。この時、王宮内にあるすべてのものが完全に動きを止めている。
時間を予め完璧に測っていたかのように、王宮すべてが沈黙した直後、王宮の地下にある別の場所に置かれた『【転移】の魔道具』が作動し、魔道具の表面に拡げられた昏い魔力の輪の中から黒衣の男女が次々と姿を現す。
今や、ミルトンの王宮内を動く者はおそらく彼らだけであろう。
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【睡眠】をはじめとした弱体化による敵の無力化を初手として、スフォルツァ家の首都ミルトン攻略は始まる。
それこそ、ジャンフランコ達により確立した基本戦術に忠実に、ただその対象範囲を大都市の規模に拡大して実施した形だ。
「【第一段階】の完了を確認。【第ニ段階】に移行。繰り返す。【第ニ段階】に移行」
黒衣の者達のうちの一人が掲げる魔道具に語りかけると、それが文字となって魔道具の表面を走り、そこから各所へと送信されていく。
黒衣の者達は隠し通路に向けて駆け出していく中、一人だけが反対側〜奥へと続く狭い回廊に向けて駆け出す。
【身体強化】を使って回廊を走り抜けると続く螺旋階段を駆け上がる。出口を塞ぐ薄板を鈍器で叩き割ると、一気に地上へと躍り出る。
飛び出した先、異臭立ち込める厩舎のような部屋には十数人の人影が力なく横たわっているが、それは上空から振り注いだ【睡眠】の影響。
身じろぎ一つしないのは救出ミッションには却って好都合なため、あえて【睡眠】の影響下に放置しているが、それは救出対象の男女を粗略に扱うこととイコールではない。
一人飛び込んで来た男は異臭に顔を顰めると懐から小さな標章のような魔道具を出す。
魔力を流して発動させると、その先に昏い魔力の塊が現れる。
それがグニグニと押し広げられると、その先に繋がった別の場所が見える。
昏い魔力の輪の中から覆面の男たちが数人現れて、周囲の床に力なく横たわる者を抱え上げては、もと来た昏い輪の先へと戻っていく。
その動きを横目に見ながら、男は一人何事か作業を進める。
覆面の男達が何往復かした結果その場に残されていた全員が運び去られたことを確認し、今は一人残った男が昏い魔力を生じさせていた魔道具の発動を止める。
昏い魔力の輪がふよふよと縮まっていき、やがて宙空に消えると、最初から何もなかったかのように、ただ異臭を放つだけの空っぽの部屋があるだけとなる。
「一つ目の『宝』はすべて回収。繰り返す。一つ目の『宝』はすべて回収。」
魔道具が放つ光に、一瞬ティツィアーノの容貌が浮かび上がる。
光が消えただの人影となった後に、もと来た螺旋階段に飛び込み引き返していく。
本攻略戦の高価値ターゲットの一つ。捕らわれた王族・貴族の救出は完了である。
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【第ニ段階】は別の場所に向けては別の作戦が用意されている。
首都ミルトンを囲む城壁が外側から次第に色を変えていく。
真冬とはいえ不自然な勢いで白い氷が段々と覆っていくのだ。ついには都市の一区画ほどの厚みのある高い城壁がすべて氷で覆われてしまう。
いや、覆っていく、という表現は正確ではないかもしれない。
なぜなら窓や戸口が爆ぜ、内側から氷が飛び出したのだから。
城壁は外側からだけでなく内側からも氷に呑まれていく。
それが何を意味するかは、開口部から飛び出した氷の中に人の姿のようなものが見えていることから判別できるだろう。
氷の侵食が終わると、城壁の外側、少し離れた物陰から幾人もの兵士が飛び出すと、侵攻開始前に城壁の基部に貼り付けられていた魔道具を回収して戻っていく。冬の最中であり、出来上がった氷の維持に魔力はもう不要だから。
信じられない被害をもたらしたのは【範囲凍結】の魔法を模した無数の魔道具であった。魔力を使い切ったそれが万が一にも敵に奪取されないよう、ただただ回収されていく。
内向きに構えられた多数の砲門を備える城壁は完全に氷の塊と化し、その脅威は今や完全に排除された。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
同時刻、ここ王宮の地下では物置の扉から剣の形をした魔力の塊が突き出す。
扉を施錠する鍵が内側から焼き切られて、鈍い音を立てて床に落ちるが、その音を聞き咎める者の姿はない。
扉が音もなく開くと、そこから黒衣の者達が駆け出し、それぞれが割当てられた階層、割当てられた場所へと向かい駆け出していく。
そのうちの一人の姿を追う者がいたならば、向かった先は地下一階の奥のとある部屋であったことがわかったことであろう。
手にした魔道具から飛び出した魔力の塊で扉の錠を焼き切ると、その男(女?)の姿が忽然と消える。
姿なき者に押されるように扉が開き、何もなかった部屋の真ん中辺りの床に突然昏い魔力の塊が生じると、グニグニと押し拡げられて人一人が通れるくらいの昏い輪になる。
と、その部屋で力なく横たわっていた男女三人〜この部屋の住人であろう〜が次々に見えない何者かに持ち上げられるかのように宙に浮かぶと床に開いた昏い魔力の輪の中に投げ込まれていく。
三人目を呑み込むと、昏い魔力の輪が閉じて魔術で作られていた別の空間との繋がりが切れる。
「標的一から三を確保」
誰にともなしに短くそう告げる声が聞こえると、姿を見せない何者かの気配が部屋から消え去る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジャンフランコとフレデリカの二人は王宮地下深くの物置に留まり、伝言の魔道具に次々と流れるメッセージを追っていく。
次から次へと順番通りに流れる番号付きの標的確保を告げるメッセージは、予定していた標的の確保が計画通り進捗していることを意味する。
フランチェスコが一週間に渡って調べ上げた標的の行動履歴から割り出したミルトン共和国要人の居室の情報は、これまでのところすべて的中している。
その場所へ至るまでの所要時間まですべて、把握された王宮の構造から割り出されており、実はここまでの進捗は事前に計画されたスケジュールから一分とズレていない。
黒衣を纏った襲撃要員が、割当てられた先で無抵抗の者達に【魔封じ】の腕輪を嵌めては【鍵】の魔道具で開いた先〜キーンズの地下牢〜へと送り込んでいく。
【第一段階】で完全無力化した相手をモノのように扱う、完全な流れ作業が実現できているのは事前の調査と分析で標的の居場所を確実に洗い出せているからこそ。
標的が居ると分かっている場所に赴き、当たり前のように身柄を確保し、終わるとまた当たり前のように次の場所に向けて移動を開始する。
“こちらアンジェロ。標的十八が所定の位置にいない。繰り返す。標的十八が所定の位置にいない。”
「慌てるな。標的十八は夜のお散歩コースのどこかだ。回遊ルート上をチェックせよ。繰り返す。回遊ルート上をチェックせよ。」
背後で人の気配が動き、振り返るとティツィアーノが隠し通路へと続く扉から出てくる。
「そっちの首尾は?」
「報告したように、『宝』は全員確保した」
「『宝』までの経路はどうしてる?」と聞いたところで、遠くからズズズンと鈍い音が響く。
「マヌケが罠にかかったみたいだ。今のは幽閉場所の扉かな?あとは螺旋階段と隔離部屋までの回廊に何個か。回廊のは作動すると回廊を【金】気で埋める奴だ」
「思ったよりも王宮の外の連中の動き出しが速いな」
「とりあえず、一つ目の罠にビビって罠を警戒してくれて時間が稼げればと思ってる」
そこへまた遠くからズズンと音が響く。
「宮廷魔導師団てのは脳筋の集まりみたいだね。罠は警戒や解除するよりは全部踏み破らないと気が済まないとかかな」
続けざまにズンズズズンと音が響く。
「螺旋階段より先のはどれか起爆すると次々連動して起爆するよう仕掛けたから、もう外に出るのにあのルートでは無理だね」
“こちらアンドレア。標的十八を二つ目の『お宝』の部屋の前で確保。アンジェロは私に借り一つね。繰り返す。アンジェロは私に借り一つね。”
“繰り返す内容じゃないだろ、それ!”
改良された伝言の魔道具はメッセージを表示するだけでなく、触れていると声がそのまま再生される。
学友同士の気安いやりとりに、戦場にあることを忘れて微笑んでしまう。
「全標的の確保が完了。【第ニ段階】完了。【第三段階】へ移行。繰り返す。【第三段階】へ移行。」
高価値ターゲットの二つ目。旧ミルトン共和国の要人・関係者の確保も完遂。
これ以降、旧ミルトン共和国は指揮官を失った烏合の衆と化す。
「それじゃ、ここからが仕上げだね。陣頭指揮はまかせたよ、次期シビエロ侯爵殿」
「簡単に言ってくれるね、次期スフォルツァ辺境伯殿。いや、次期王かな?」
「それは気が早すぎだよ。僕はアンドレアと合流する」
「ご武運を!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
“こちらピエレッタ。上空から見る限り、宮廷魔導師団と思しき集団が動き出してる。思ったより動き出しが速い。簡単に抵抗されるとは、さてはジジが倍量記法をサボりましたね”
「人聞きの悪いことを。宮廷魔導師団の動きは?」
“幽閉場所に集まってたけど、何人か罠で吹き飛んで、すぐ後に何か金属の塊が建物から飛び出してきた。一度罠に引っかかったくらいじゃ懲りないんだね。流石に二個目の罠を見て今度こそ諦めたか移動開始してる”
「それティツィアーノの性格丸出しの罠だから。宮廷魔導師団の連中はどっちに向かってる?」
“なるほど(笑)金属の塊の先に彫像みたいなのが引っ付いてるのはそのせいね。今はバラけてるけど、徐々に王宮に向かいそうな動きしてる”
「上空から牽制出来ない?」
“【自律飛行する魔道具】が一旦帰投するまで待って。装備を交換して再出撃するから”
「ティツィアーノ、聞いてた?」
“僕の性格が悪いってとこ?”
「じゃなくて宮廷魔導師団の向かう先」
“聞いてる。王宮の一階部分の罠の設置はまだ半分くらい。さっきみたいに踏み抜いてくれたら数を減らせるけど、流石に警戒するよね。魔力回復薬が欲しいよ”
それまで飛び交っていた少年少女の声に、突然野太い男の声が割り込む。
“なかなか順調じゃないか、学生ども。待たせたな。こっからは大人の時間だ。”
“お父様!”メッセージに混じるアンドレアの声が華やぐ。
「ダラヴィッラ城代!今どこですか?」
“一階の大広間に着いたとこです。【転移】の魔道具は地下からこっちに持ってきたから、騎士団が直接こっちに順次到着中です。【転移】完了の後に、ティツィアーノの罠エリアの後ろに展開予定”
伝言の魔道具でやり取りしながら移動していると目的地が見えてくる。
廊下の先でアンドレアが手を振っているのが見える。
やや派手な装飾の施された扉の真ん中には、ツルリとした魔石のような板がある。
「標的十八〜『リオン』でしたっけ〜そこに手を当てたまんま弱体化喰らって動けなくなってたみたいで、ホント、気持ち悪いったらない」
アンドレアは辛辣だ。
「ちなみに、あたくしも触ってみたけどね。全属性ってだけじゃ条件を満たせないみたい。一回枯渇寸前まで魔力吸われたけど、『属性は足りたが其方では魔力が足りない。魔力は返すぞ』って声が頭に響いて全部戻されちゃった。」
「ちゃんと拭いたかい?」
「そりゃ、オヤジの手の脂が着いたままなんて御免被りますからね」
「では、次は僕の番だ」
ジャンフランコがこれから挑むのは、「宝」=ミルトン攻略の高価値ターゲットの一つ。
ミルトン王宮の最奥に隠された「禁呪」の【魔導書】である。
敵の主戦力である宮廷魔導師団が罠による足止めを受けている間に「禁呪」を獲得できれば、本攻略戦の目的は九割以上達成された事になる。
ジャンフランコが扉の正面に立ち、掌を扉の中央に当てると魔力が吸われ始め、残り魔力の半分ほどが吸われた頃に声が聞こえる。
『属性は足りておる。魔力も十分だな。我が前に進むことを許そう』
扉が光るとジャンフランコの姿がその中に吸い込まれていく。
【第一段階】
→ ミルトン全域を対象に弱体化による無力化
【第ニ段階】
→ 城壁に詰める兵士の制圧
→ 人質(王族・貴族の生き残り)救出
→ 敵国要人の確保・移送(斬首作戦の本命)
【第三段階】
→ 敵主力からの防衛・(可能なら)殲滅
→ 「禁呪」の確保
今のところ順調に予定をこなしてますが、まだまだ油断はできません。
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