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六人家族が異世界に  作者: ヨガ
天界(2)
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 “まったく……反抗期の娘はどうすればいいか、教えてほしいものだな。“


 “ふふ、かっこういいな、父さん。”


 “とりあえず、後頭部……だな?”


 “一体ずつ片付けよう。君は先に母さんの方へ行け!”


 “父さんはずっとここでこいつらを足止めする!君は、逃げてもいい”


 “娘に……手を出させない!”


 まるで現実のような、夢でも見ているような記憶が浮かび上がる。一番直近な記憶は鮮明に残っていて、昔の一つ一つの光景が走馬灯のように脳裏によぎって、過ぎ去っていく。


 しかしなぜだろう。


 記憶が思い出すたび、景色が過ぎ去っていくうち、彼は違和感を覚える。感じてしまう。その違和感の正体は自己懐疑――自分には娘がいるのか?という。


 今までの人生は、また経験は、本当に娘がいるのか?と、まるで少しずつ「何か」と混同してしまいつつあるものだった。


 眠りという暗闇の中に沈んでいる意志はずっとその懐疑的な思考と戦っていた。それに一回だけではない。十数回も戦っていた。


 でも、それでも忘れそうなとき、あるいは戦いの末に、彼は必ずこの結論を出す。


「ああ、いるよ……いる。」


「自分の家族を……忘れないでね。」


 まるで優しい声がどこかでそう導かれて、最後は“ああ、そうだ……俺にはちゃんといる。ちゃんと……いる。凜……桃花……星……そして、若実。”という結論に至る。


 こうしていれば、意志は再び暗闇に沈むはず……だった。


 ****


 ぱっと最初に目を開けて、視界に入ったのは見知らぬ天井とピンク色の煙だった。恐らくその煙と関係があるだろうと、匂いも一種の甘さが感じられる。だが不快ではない。むしろ鈍い体に沁みっていて、おかげで力が出せる。


 井上智澄は、ゆっくりと起き上がる。周りを見ていても、全然見知らぬ場所だと簡単にわかる。何より、彼は記憶が失っていない。ここが元にいた場所ではないということもわかっている。


 故に、彼はもっとキョロキョロと周りのことをよく観察したい、主に探したかった人の姿を見つけ出したい。


「佳月……佳月は……どこ?」井上智澄は妻の安否を確認したい。吸血鬼と戦っていたこと、今にも鮮明に覚えている。でも……


「あと子どもたちは――」あれ?


 井上智澄の脳裏に浮かんだのは、子どもの姿に成人したての男性の姿が混同している存在だった。更に赤ん坊と高校生の女性もそう。子どもに関しての記憶は何もかもが混乱していて、もはやぐちゃぐちゃとしか言いようがない。


「……俺は、どうしたんだ?」ちゃんと自分の変化に気付いた井上智澄は言葉で謂れない恐怖に攻められ、震えていた。


 井上智澄はみんなのことが覚えている。覚えているからこそ、自分の身に起こったことが怖い。加えて、この部屋の中に説明してあげる人もいない。彼は今一人しかいない。そのため、彼は落ち着けられなかった。と、その時。


「……あ!」ちょうど一人の女の子がタオルとバケツを持って、部屋の中に入ってきた。扉が開けたまま、声が聞きやすいため、井上智澄も女の子のほうに見ていた。


 二人はしばらく見つめ合ったまま何も話さなかったが、先に動き出したのは女の子の方だった。


「……もう起きましたね!少々待ってください!あの――知らせに行きます!」


「あ、ちょっ……!」聞きたかったことがいっぱいで、言葉が詰まった井上智澄はその女の子を阻止したかったが、女の子はもうタオルとバケツも置き忘れてしまうほど慌ただしく走っていき、いなくなった。部屋の中に再び井上智澄一人だけの空間となった。


 井上智澄はあまり状況を掴めずにいるが、女の子の「知らせにいく」という言葉に何となく理解している。


「……期待して、いいんだろうな。」


 状況を説明してくれる人、また、自分の妻との再会に期待している井上智澄である。


 ****


「――つまり、考えてくれるということでいいでしょうか?」


「あ、うん……でも、詳しい話はやはり夫と――」


 そこは長老の家。長老の家は簡潔という一言で表すほど素朴だった。家具はあまり飾りがなく、どれも実用性と機能美にだけこだわる、ある種、颯爽とも言えるものだった。その上、床と壁も固体状の雲のようなものでできているため、その爽やかな感じはより一層強くなる。


 でも、その爽やかな感じと相反に、匂いはかなり子どもが好きそうな果物の甘い香りだった。その香りとともに、一人の女の子は慌てて廊下から走り出し、客間に入った。


 さっきまで客間に会話していた二人の女性は話をやめて、入ってきた女の子に視線を向けた。


「ムーンちゃんさん!その……トモモさんは起きました!」


「……ナーラッ。」


「す、すみません。こんなに慌ただしくて……ですが、長老様。怪我人は起きました。いち早くお知らせをしようと思いまして、つい……」


 長老は元々きつい目付きでナーラッに睨み付けているが、理由を聞いてその目付きは若干緩くなった。そして、他人に気付かれにくいほど、ふーと小さな吐息を吐いた。ため息のつもりだった。


「前日の説教でも言いましたが、君は次期長老として、もっと相応しい行動を取らなければなりません。」


「はい……申し訳ございません。」


「……でも、その客人への思いやりはいいことです。忘れないように。」


「はい!」


 このやり取りが終わると、長老の視線はさっきの会話相手に戻した。


「では、ムーンさんは……いいえ、佳月様は自分の主人のことが気になるでしょう。会話はここでやめて、急ぎましょう。」


「は、はい!ぜひ!」と、きりっとした目付きで頷いた井上佳月である。


 27歳結婚、30歳で愛の結晶を育む、今は37歳の結婚10周年記念日……だと思っている井上佳月は、これから同じ気持ちの井上智澄と再会する。


 なぜこうなったのか、自分の体に何が起こったのか、二人がそれを知ったのはもうすぐ後のことだった。

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