ペンダント
副知事が囚われている建物まで数キロというところで、再び発砲音がした。私の後ろを歩いていた一戸さんがドサッと倒れた。
他の隊員が一戸さんを建物の影に引き込んだ。まだ意識はあったが、かなり苦しそうだった。
私は再び、足が震えて、立っていられなくなった。
一戸さんを近くの倉庫の中に運び、私も中に入った。
二人を残して、他の隊員のみで副知事のところへ行くことになった。
一戸さんの出血はひどく、持って後1時間だろうと、他の隊員が言っているのが聞こえた。苦しそうに、うめいていて、見ていられなかった。
隊員が一戸さんにモルヒネを注射した。
「これでしばらくは痛みがなくなる」
そして、私は一戸さんの看病を頼まれた。そして、思い出したように、小銃を手渡された。
「一応、護身用」
一通り、安全装置の外し方とか、撃つ時の注意点とか、教えられたけど、パニック状態でほとんだ頭に入らなかった。
他の隊員は、私と一戸さんの二人を残して、副知事救出に倉庫を出ていった。
一戸さんはゆっくり息をして、目をつむっていた。
私は壁際に腰を下ろして、ボーッとしていた。
30分ほどして、モルヒネが切れてきたせいか、一戸さんが再び声を上げて苦しみだした。そして、私の小銃を貸してくれと、言った。
断ると、何度も懇願した。
「どっちみち、大宮まで持たない。今とても苦しい。だから貸してくれ。それが人助けだろ」
と。
もともと人が言ったことを拒否するという選択肢を私は持っていなかった。人から嫌われないようにすることを最優先にしていたので、自分で判断するということはなく、人の望むままに生きてきた。そうすれば、何の責任も自分で持たなくて済む。
でも、今回の場合、その結果は、悲劇になると、なんとなく分かった。だから、拒んでいたけれど、何度も一戸さんに懇願され、だんだん口調がきつくなるので、迫力負けしてしまった。
私は小銃を渡した。一戸さんはそれを自分のこめかみに向けた。
一瞬ためらいがあって、銃を頭から離すと、首からペンダントを外して、私に渡した。ペンダントには一戸さんと奥さんと娘さんの写真が収まっていた。
「妻に渡してほしい」
ペンダントを受け取って、私は
「はい」
と答えた。
一戸さんは銃を頭に向けて、引き金を引いた。
パンッと乾いた音がして、こめかみからとくとくと血が流れ出して、一戸さんはぐったりと動きを止めた。
私は意外にも何も感じなかった。むしろ、副知事を救出して帰ってきた隊員たちになんて言おうか、そっちの方を心配していた。
しばらくして、隊員たちが副知事を連れて帰ってきた。
皆、一戸さんを見て、状況を理解した。
隊員の1人が、私に食って掛かってきた。
「あの拳銃は護身用で、そういう目的のために渡したんじゃない」
私は返す言葉がなかった。
他の隊員が
「彼女を責めても仕方がない。モルヒネが切れたらどうなるか、お前も分かるだろ」
と必死になだめて、その場は落ち着いた。
私はすごい自責の念を感じた。私のせいで一戸さんを死なせてしまった。
隊員が、無線で副知事救出を伝え、郊外のトラックのところまで徒歩で帰ることになった。
日が落ち、辺りは暗くなっていた。一戸さんの遺体はそこに置き、皆でトラックまで歩いた。
トラックにたどり着いて、県境の神流川を超えて、埼玉県に入ると、皆ふっと安心した雰囲気になった。
副知事は「群馬め、あいつらだけは絶対に許せん」と罵っていた。




