転機
ある夜、いつもと違う方向へ食料を探しに出かけた。
自転車で走って、何気なくたどり着いたところは、広い敷地に団地がいくつも建っていて、その奥の広場にはジープや装甲車が並んでる。
自衛隊の大宮駐屯地だ。
真っ暗で、ひっそりとして、誰もいないみたい。
自衛隊なら、保存食とかあるだろう。
フェンスを乗り越え、食べ物の有りそうな建物を探す。
ふと、中央の建物に明かりが点いているのに気付いた。電気が生きているだった。
ということは、人もいるはずだ。
そこには近付かないように、食品倉庫らしき建物を探した。今までの経験から、大抵の建物は荒らされて、扉が壊されている。
懐中電灯はもちろん無い。月明かりだけが頼りだ。
体育館のような大きなかまぼこ型の建物の近くを歩いている時に、中から声をかけられた。
「日本の方ですか?」
急に声をかけられて、びっくりした。
はい、と答えると、
「体育館の扉の鍵を開けてもらえませんか?」
この体育館は外からかんぬきで施錠されているので、かんぬきを外してほしいと、頼まれた。
迷った。
ここは自衛隊の駐屯地であり、当然私は勝手に入った。
その理由を聞かれたら、食料を盗みに来ましたとは答えられない。
「ぜひお願いします」
体育館の中から、悲痛な叫びが聞こえた。
押しの弱い私は、体育館の角を回り込み、扉のかんぬきを外した。
扉が中から開けられた。大勢の人が中にいた。
「閉じ込められていました。開けてくれて、本当にありがとう」
私は感謝された。
自衛隊大宮駐屯地第32連隊の隊員だった。
体育館の中を覗いた。薄暗闇にだんだん目が慣れてくると、内部の様子が見えた。
床一面に布団が敷き詰められていた。所々に、食事の跡があった。女性や子供もいた。
この中で、隊員たちは家族とともに暮らしていたようだ。
団地があるのに、何でこんな所で暮らしたのだろう?閉じ込められた?誰に?
状況が飲み込めないまま、私は立ち尽くした。
リーダーらしき人が指示を出し、隊員が10人くらいずつの班に分かれて、駆け足に体育館から出ていった。
半分くらいの隊員と、女性や子供は、体育館に残った。
「外の状態はどうなってるの?」
何を聞いているのか分からなかったし、質問の意味が分かったとしても、そもそも何も知らなかった。そう答えるしかない。
彼らは、自分たちの状況を話してくれた。
停電で、現場が混乱していた、ある日、武装した兵の乗ったヘリが数機、運動場に着陸し、防衛省の方面隊総監の命令書を持ってきた。
32連隊を武装解除をし、以後彼らの指揮系統に入るようにとの内容だ。
幕僚本部との連絡がつかないため、命令書の真偽が分からない。
断ると、32連隊長は銃を突きつけられた。同時に、大宮駐屯地のほぼ全部の施設が武装した兵に占領された。
そして、隊員全員が、敷地内の宿舎の家族とともに、無理やり体育館に閉じ込められた。
1日1回、彼らが食事を持ってくる。質素ではあるが、飢えはしなかった。
私が一人で食料調達に走り回っている時に、こういう苦しい境遇の人達もいたんだ。私は一応今まで通りのベッドもあったし、まだ恵まれていたかも。
パーン、パパーン。
遠くで、数回の銃声。
叫び声が何回か聞こる。日本語と、意味のわからない言葉。
再度、銃声。今度は連続的に。
それから爆発音が数回。少し向こうの建物から炎と煙が立ち上るのが見える。




