駐屯地制圧
一人の隊員が息を切らして体育館に走ってきた。
「駐屯地を取り戻しました」
一斉に、体育館内に歓声が響いた。
リーダーらしい人が戻ってきて、みんなに駐屯地の奪還を伝えた。
それから彼は私のもとに来て、再び礼を言った。周りのみんなも、次々に私にありがとうと言いに周りに集まってきて、握手を求められた。
単に体育館のかんぬきを開けただけなので、なんか気恥ずかしい。
でも、皆の役に立てたのは嬉しい。
グーッ
私のお腹から大きな音がした。
「もしかして、お腹空いている?」
「うん」
「ちょうど今、食堂を再開するように準備しているから」
リーダーが食堂らしき建物へ私を連れて行ってくれた。
途中、隊員が武装グループを倉庫に閉じ込めたり、銃撃戦や爆破で崩れた建物の瓦礫を取り除いたりしていた。
自家発電装置が作動し、駐屯地内の電気が復旧した。水道は出ないので、備蓄水に切り替える。
東の空に日が昇り始めた。
再開した食堂で、久しぶりにお腹いっぱいに食べた。
「今まで、食事はどうしてたのですか?」
彼が聞いた。
私は、親が仕事に行ったきり帰ってこないこと、食事を自分で調達していたことを話した。
彼は聞き終わると感心した。
「もし、良かったら、うちでアルバイトしないですか?」
人手が全然足りないから、ここに留まって手伝ってほしい、と彼は言った。
「その代わり、安全と食事は保証する」
私は少し考えた。
食事をしたら、すぐに家に帰るつもりだった。けれど、帰ってもまた毎日食料を命がけで調達しにあちこち走り回らなかればならない。
それにバイト代が手に入れば、もし開いている店があれば、安心して食料でも何でも手に入れることができる。悪い話ではない。
でも、今まで一度もバイトをしたことがなかった。高校中退した自分に、バイトが務まるか不安だ。
色々厳しいルールとかあって、さらにそれを誰も教えてくれず、かといってルールを破れば怒られるかもしれない。
みんなの希望に見合うだけ、私が働かなければ、周囲から失望の目で見られるかもしれない。
「ちょっと考えたい」
そう言うのが、精一杯だった。
食後、家に帰った。
水も出ないし、電気も来ていない。食事もない。
大勢の人がいた駐屯地と比べると、私の家はがらんとしていた。
でも、気を遣わなくて済む。人付き合いが苦手な私には、一人でいる方が向いている。
翌日から、再び食料と水の調達に走り回った。
帰り道、道端におばあさんが座り込んでいた。目を閉じている。
一度は通り過ぎた。でも気になり戻った。
「大丈夫ですか?」
私は自転車に乗ったまま声をかけた。反応はない。
降りて、近づいて、そっとおばあさんの肩を揺すった。
バサッとおばあさんはそのままの姿勢で倒れた。
体は硬直し、冷たかった。
亡くなっていた。
私は急に怖くなって、急いで家に帰った。
なぜ怖いのか?
自分でも分からない。死体が怖いわけではない。
私も食料がなくなれば、餓死してしまう。私の将来の姿を見たから?
そうでもない。餓死は餓死で仕方ないと思っている。
では、なぜ?
おばあさんは、誰にも看取られなかったから?死体がぽつんと一人ぼっちに見えたから?
多分、そうだ。私は言いようのない孤独をずっと感じている。
人付き合いが苦手で、一人のほうが気楽だけれど、矛盾して孤独を人一倍感じている。
あのおばあさんの死体に、誰にも看取られず、道端に放置され、孤独を感じた。
そして、当たり前だけど、死んでしまったから、もう2度と誰かと分かり合うことが出来ない。
永遠の孤独。
私は底なしの不安を感じた。
孤独になりたくない。
無性に焦りを感じた。こんな所で、ちんたら毎日自転車で食料漁り回っている場合ではない。
やっぱり、バイトを受けよう。ダメなら、また家に帰ってくればよい。
そう思って、自転車で再び駐屯地へ向かった。
駐屯地は、ガヤガヤと人が大勢いて、それだけで安心できた。
駐屯地本部の建物で、数日前にここの人にアルバイトに誘われたと伝えた。
こうして、自衛隊大宮駐屯地でアルバイトをすることになった。




