似た者同士
夕方、夏希の家に戻った。今朝、どこか旅館を探すと言ったら、このまま家に泊まっていくことを勧められたので、甘えてしまった。
夏希は家にいた。夕食の準備をしていた。
私も居候させてもらっている身だから、なにか手伝おうと、台所で一緒に準備をした。
手伝いながら、菅浦集落の話を聞いた。
「ここの人は、みんな海で、外に行くんだ」
琵琶湖のことを、ここでは海と言うらしい。
陸側は急な崖になっていて、この集落には入れない。だから、外部との行き来は船で近くの港まで行くのが普通だという。
平成の時代に、崖沿いに琵琶湖を一周するドライブウェーが出来て、その道が唯一の陸のアクセス手段になったが、よくがけ崩れが起き、起きた時もなかなか復旧されず、再開はだいたい1年遅れくらいが普通だという。
「陸の孤島なの」
彼女は自嘲気味に言った。
「もともと、大昔に恵美押勝の乱っていう、内戦みたいのがあって、その負けた側の天皇がここに隠れたという落ち武者の言い伝えがあるの。それがこの集落の始まりだから」
「じゃ、何があっても、ここは安全ね」
私は自治体連合と、中国軍の傀儡の中央政府の戦いの話をした。
彼女はポカンとした顔をして、何も知らないようだった。
「ここ、携帯、圏外だから」
そういえば、居間にテレビがなかった。テレビの電波も届かないのかも。
そして、彼女の祖父母の話として、第2次世界大戦の存在も知らなかったと言った。
本当に、陸の孤島なんだな。
食事ができたので、テーブルに運び、二人で向かい合って座って食べ始めた。
お互いの身の上話になった。
夏希の年齢は16で、私と同じだった。
彼女は、小学校、中学校を、船で向こう岸まで通った。
そして、中学を卒業して、高校へ行かなかったと言った。
「この辺りじゃ、珍しいことじゃないよ。漁師の嫁になるのに、高校行っても、役に立つこと無いじゃない?むしろ、親や親戚からは、早く仕事覚えて、良い旦那さんもらえって言われる」
今の時代に、私と同じ世代で、こういう価値観で生きている人や、社会があるということが意外だった。最初は昔の価値観だなと思った。
でも、目の前の夏希を見ていると、何の疑問も抱いていないように見えた。そして、むしろ疑問を抱かないのは、ある意味幸せかもしれない。選択肢や比較対象が増えると、自分の惨めさがより際立ってしまうけど、そういうものがなければ、本人的には気に病む必要がない。
「私も、高校行ってないんだ」
私は理由や経緯を話した。親が帰ってこないことも言った。彼女は時々頷いたりして聞いていたが、やがて言った。
「私たち、似たもの同士だね」
私は勇気を出して、少し前から思っていたことを口に出した。
「もし、良かったら、友達になってくれない?」
「いいよ」
あっさり、彼女は言った。
私は嬉しかった。断られたら、また惨めな気持ちになると恐れていたけれど、言ってよかった。
彼女は両手を差し出して、私の手を握って、ニコッと微笑んだ。
それから、話題はいろんな方面に飛んだ。何を話したか、一つ一つは覚えていないけど、楽しかった。
彼女はこの集落についても話した。江戸時代までは、濃尾平野の米を京都へ運ぶ琵琶湖の水運を独占して繁栄していたとか、戦国時代は、船に武将を載せて琵琶湖を渡り進軍に協力したとか。
「竹生島には、財宝伝説があるの。ある戦国武将が京の都に、大判小判を満載した千両箱を船で運ぶ途中に嵐に遭い、竹生島の近くで沈んで、今でもその武将が千両箱を守っているっていう。あの周辺はとても水深が深いの。竹生島は名前のとおり、その深い湖底から、突然竹が生えたみたいな形で、その先端がちょっと湖面に頭を出していて、それが竹生島って呼ばれているの」
それで、昼間、竹生島の周りにいくつか船が出ていたのだろう。
「まあ、伝説だから、どこまで本当か分からないけれどね。でも、たまに潜りに来る人がいるんだよ。最近、竹生島の周辺に船が多いんだけれども、あれも多分そう。でも、村に人の話だと、船で近付いた時に話し声が聞こえたって言ってたけれど、日本語じゃなかったって」
私は外の世界では、この辺りは中国軍の配下になっていると言った。でも、彼女の反応は薄かった。多分、中国人も集落の外の日本人もどちらも、この集落の人にとっては、よそ者扱いということで、同じくくりなのだろう。
「漁で竹生島の近くへ行ったら、突然銃で撃たれたっていう人が居て、それ以来、みんなあの人達には迷惑してるし、怖いから近付かなくなった」
港の漁師が竹生島の言葉を出したら、みんな渋ったのはそれが原因だったのか。
夕食後、私は後片付けの手伝いをした。




