スパイの正体
「寝室かな?」
私は寝室と思われる扉に近付いた。その時、後ろでカチャッと音がした。
私は体の動きを止めた。その音には聞き覚えがあった。銃に弾丸を充填する音だ。ゆっくり振り向いた。
張本さんが私に向かって銃を向けていた。
しばらくお互い無言が続いたが、私が沈黙を破った。
「なんで?」
張本さんはおもむろに口を開いた。
「川に飛び込んだ晩に、岩の上で私がした話、覚えてる?」
私は記憶をたどり、すぐに思い出した。
「続き、言わなかったよね」
たしか、彼女は続きを言い淀んでいて、言いにくいなら良いやと、聞かなかった。
「私は日本が嫌いだった。父を奪い、私の人生をズタズタにした日本を憎んでる。だから、中国軍が日本を支配して、一度日本の制度、価値観、そういったものを全部崩して、もう一度最初から作り直してほしい。そのためには、自治体連合がこの制御装置と博士を手に入れて、戦況が有利になってもらっては困る。装置と博士を連れて、領事館へ行く」
私は張本さんがそんな思いを抱いていたとは、全く気が付かなかった。
かわいそうな人なんだ。
目の前で自分に銃を向けているにも関わらず、張本さんが気の毒になった。
「なんで、何度も私を助けたの?」
「通信機を持っていたから。博士の居場所が分からなくて、本部から博士の情報を得る必要があった。でも、もう博士は隣の部屋で寝ているわけだし、あなたの役目は終わった」
そうなんだ。私はてっきり張本さんは優しさから私を助けてくれたと思ってた。
「これからも、スパイとして中国軍のために、自治体連合軍に潜り込むかもしれないから、私の素顔を知っているあなたとは、悪いけど、ここでお別れ。恨まないでね」
そう言って張本さんは、私に銃の狙いを定めた。
「止めて。引き金を引かないで」
張本さんは引き金を引いた。
バンッと大きい音がして、バタッと人影が倒れた。真っ赤な血の池のシミが絨毯にじわじわと広がっていった。
倒れたのは、張本さんだった。
私は急いで張本さんに駆け寄った。銃が暴発し、破片が飛び散り、それらが彼女の腕や胴を切り裂き、首筋も切り裂いていた。首筋からは血がドクッドクッと脈に合わせて流れ出ていた。
「ごめん、ごめん」
そう言いながら、手で彼女の首筋を押さえたけど、血の流れを止めることは出来なかった。急いで洗面所へ行き、タオルを取ってきて、彼女の首に当てた。すぐにタオルは赤く染まった。
「いつ、気付いたの?」
張本さんがささやいた。私は答えた。
「浜田さんが寝袋の中で亡くなってた時。息を聞こうと、浜田さんの口に耳を近づけた時、ちょっとだけど、張本さんの香水の香りがしたの」
そう、私はあの時に、浜田さんを絞殺したのは張本さんだと思っていた。確証はなかったけど。その確証が欲しかった。その結果がこういう形とは、思いもよらなかった。
私は昨夜寝る前に、中本さんが張本さんに渡した小銃に細工をした。銃身に小石を詰めたのだ。せいぜい手に火傷くらいかと思っていた。
「あなた、本当に優秀ね」
血が全然止まらない。救急車を呼ぶために、ホテルの人に伝えなくては。そのためには、張本さんの首を少しでも押さえていてくれる人が欲しかった。
「博士、呼んでくるね」




