霞 十六夜という存在
薄く霧がかかりまだ肌寒い早朝の空気の中十六夜とルーシー、アーシャは次の目的地帝国へと向かおうとしていた。
「もう行くんですね、十六夜さん達に限って心配は要らないと思いますがお気をつけて」
そしてその三人を見送るのは十六夜に命を救われた子供達とアンクだ。
「あぁ、まだやるべき事が山積みだからな」
「やるべき事〜?なんでいざよいお兄ちゃんは一緒に居られないの〜?」
何も知らない一人の女の子が無垢な顔で十六夜に問いかける。
「悪いな、でもまた遠くないうちに会えるさ、だからアンクの言う事ちゃんと聞けよ」
「ん〜分かった!」
アンクは十六夜のやるべき事が何か知っている、『復讐』そう言葉で口にする事は簡単だが、現実にするのは途轍もなく難しい。現にアンクも村を壊滅させた椎名と唯我に復讐を誓い実行しようとしたが無理だった。
「はぁ…アンクそんな顔してたらみんなが不安がるだろ、お前が一番年上なんだ血は繋がってなくても兄貴みたいなもんなんだからしっかりしろよ」
「……は、はい、そうですよね」
「昨日言った事忘れるな、まぁお前なら心配要らないだろ」
「期待に添えるように頑張ります!」
数奇なもので結局十六夜はアンクという少年を見捨てられなかった、このアースという碌でもない世界を憎んでおきながらその世界の住人を助けている、なんとも矛盾した行動だが復讐を志す前の彼ならやりかねない、今の彼は凄く不安定な心境にいるんだろう自分と同じような境遇の人達を助けてしまうほどに。
「じゃあな」
「はい、本当にお気をつけて」
「じゃあね、みんな」
「皆さんお元気で」
「「「バイバーイ」」」
そして十六夜とルーシー、アーシャは子供達に見送られながら帝国へと飛び立った、文字通り空を飛んで。
★★★
僕は十六夜さん達が飛び立って行った空を見上げながら昨夜の事を思い出していた。
静寂の闇が辺りを包み込みなんの音もしないある場所に僕は呼ばれていた、それはキャンプから少し離れた更地だ。
「あっ、十六夜さんお待たせしてすいません」
「来たか、それは気にすんなどうせチビ達の相手をしてたんだろ」
「は、はい、どうしても寝付いてくれなくて」
「ははっ、その苦労はよく分かるよ」
十六夜さんといると凄く安心する、僕に兄はいないけどいればこんな感じなのかなと思ってしまう。
でも何故十六夜さんは僕達にここまでしてくれるんだろう、会って間もない僕を助け復讐を手伝わせてくれたりあの子達を助け出してくれたり……正直言って僕にこれほどの恩を返せるほどのものは無い。
考え込む僕の顔を見た十六夜さんはこう声をかけてくれた。
「アンク今くだらない事考えてるだろ?」
「いえ…僕はただ……」
「大方俺達に返せないほどの恩があるとでも考えてたか?」
図星だった僕は何も言えずに黙り込んでしまう、それが正解だと言わんばかりに。
「やっぱりか、あのなアンク。俺が勝手にやった事に対して恩なんて感じなくて良い、それに最初お前を助けるか迷ったんだ…俺はこの世界が大嫌いだからな、そしてその世界の住人であるお前を助ける事によって俺の復讐心が弱まるか不安だった、それじゃ本末転倒になってしまう」
十六夜さんは僕達を助けた経緯を少しずつ語り出した、その顔は酷く哀しそうに見える。
「でも有栖…俺の妹が生きて居たら助けてあげてって言ったと思うんだ、あいつは心優しい奴で犬とか猫が捨てられてたらよく拾って帰って来て俺を困らせてた、迷子で泣いてた子供を連れ帰って来たこともあったな……っと話がそれたな、まぁ俺がやってる復讐だって有栖は望んでないのかもしれない、でも俺は絶対にあいつらを殺さないといけない、じゃないと俺はこれからずっと大きな十字架を背負って生きていかないといけないからな、まっ個人的に恨みがあるのも否めないけどさ」
この話を聞いているだけで、それを語る十六夜さんの顔を見ているだけで胸が締め付けられる。
僕も家族を殺されてその気持ちがよく分かる、あんな思いをずっと抱えたまま生きていくのは正気じゃいられない。
それに十六夜さんの言う、その人が復讐を望んでないかもしれないと言うのも凄く分かる、僕も考えた考え続けた……その結果が結局復讐だった、生半可な気持ちじゃ無理な事だ、それを成そうとする十六夜さんは本当に凄いと思う、しかも相手は勇者なのだから。
「あぁ!長話は性に合わない結局何が言いたかったのかだが、お前はあの子達を守れ、何があっても守り通せ、これからはあの子達がお前の家族であり兄弟なんだから」
十六夜さんは僕の肩に手を置きそう言った。
「あの子達にとって頼れるのは兄であるお前だけなんだ、それを忘れるなよ」
なんて心強いんだろう、どうしてここまで信頼できるんだろう、僕とあんまり年は離れていないはずなのに何故ここまで言葉に重みがあるんだろう。
「は、はい!」
僕は無意識のうちに大声で返事していた、つい声に力が入ってしまったのだ仕方ない。
「よし、それでいい、あっそうそうこれを渡しておく」
十六夜さんは何かを思い出したかのように麻袋の中に手を入れ何かを探し始めた、そして取り出したのはまた麻袋だった、だがその袋はパンパンになり今にも溢れ出しそうだ。
「ほれ、受け取れ俺らには必要ないものだ」
「おっとっと、おも!これなんですか?」
放り投げられた麻袋を受け取ると想像以上に重くてびっくりしてしまう、重さ的に金属の様だけど…
そして恐る恐る袋の封を開けると中には目が眩みそうな程の金貨がぎっしりと入っていた。
「少し使ったから減ってるけどあの子達を充分養えるだろ」
充分どころの話ではない、僕達の様な暮らしをしていれば十年は暮らせる額はある。
「あ、あの!流石に受け取れませんよ」
これ以上十六夜さんに迷惑はかけられない。
「はぁ…さっき言った事もう忘れたか?俺が勝手にやった事だ気にせず受け取れ、それに俺の頼み事を聞いてくれるんだそれぐらいはさせてくれ」
十六夜さんの頼み事とは僕達と同じような境遇の子供達を探しだし保護する事だ、しかしそんな理由があってもこれを受け取るにはまだ……
「お前はあの子達を守らないといけない、だがそれは俺も同じだお前達を助けた俺にはお前達を守る義務がある、でも俺はずっとは居てやれないだからこの金はその分の前借りだ、だからさっさと受け取れ」
「……十六夜さん、本当にありがとうございます」
不器用な人だ、でも本当に兄みたいな人だ、僕も十六夜さんみたいな人になろう、あの子達を守れるような強い人に。
「それと、これも渡しておく」
「あの、これは?」
渡されたのは黒塗りの小さなナイフだった、別段斬れ味が良さそうにも、強そうにも見えない。
「それは【大賢者】と一緒に俺が作った魔剣だ、名前は『千変万化』お前の意思によってどんな形にも変化する、使いこなすには時間がかかるだろうが性能を引き出さなくてもそれなりに使える様にはしてある、Aランク冒険者とやらが余裕で殺せるくらいにはな、まぁ【大賢者】の言うことだ信用していいだろ」
「Aランク冒険者を……!?」
Aランク冒険者Sランク冒険者の次に強い冒険者を余裕で殺せるなんて……本当に十六夜さんは頼りになりすぎる。
「これからお前達は色々な所へ行かないといけない、防衛手段は必要だろう、あとお前一人でどうしよもなくなったらそのナイフにお前の血を流し込め、俺が作っておいた保険が発動する筈だ」
十六夜さんはそこまで考えて……
「わかりました、大事に使います」
「まぁ、お前には【魔物洗脳】もある、よっぽどの相手でも無ければ遅れは取らないだろう、それにさっき渡した金が尽きれば冒険者稼業をやる事にもなるだろう、冒険者ってのは面倒ごとの温床だまだ子供のお前らは絶対に巻き込まれるから覚悟しとけよ、その時は容赦なくその魔剣で殺せ、家族を兄弟を殺される前にな」
「はい、必ず守り通してみせます」
「ははっ、その意気だ頑張れよ」
今ここで新しい誓いをたてよう、復讐ではない新しい誓いを。
ーーー僕は兄弟を家族を絶対に守り通す
十六夜さんに助けてもらった命を次は他の人を守る為使う、それが僕にできる最初の恩返しだ。
★★★
〈???〉
「父上、母上、愚弟が死にました、人間に殺された様です」
白で統一された何もない部屋に背中から純白の羽根を生やした一人の青年と二人の男女がいた。
「あらあら、あの子あんな大口を叩いて出て言ったのに人間なんかに殺されたの?」
「はっはっはっ!愉快愉快!あいつもなかなか有意義な奴を送り込んできたものだ」
二人の男女は息子が死んだというのに悲しむ素振りすら見せない。
「いやいや、すまんすまん、これから楽しくなりそうだなぁ、ミカエル後で生き返らせてやれ」
「承知しました、では失礼します」
〈???〉
「輪廻の輪より還れ、我が声に応え顕現せよ【完全蘇生】」
聞いたこともない呪文を唱え青年が指先から一滴の血を垂らすと、その部屋は純白の光に満たされる。
光が治るとそこには横たわる一人の少年がいた。
「ん……はっ!?こ、ここは?」
その少年は数秒で目を覚まし、状況を整理しようと辺りをきょろきょろと見回す。
「起きたか愚弟よ、何をしている早く立て」
「……!?あ、兄上…申し訳ありません、お手を煩わせてしまい」
「父上の命令だ、謝る必要はない、それで愚妹はどうした?」
「姉上は人間と組み我々の言うことを聞いて下さいませんでした」
「そうか、やはり我々は相容れない様だ、仕方がない相見える事になれば私が殺そう」
その言葉に少年は少し動揺を見せる。
「兄上は本当に姉上を殺せるのですか?あれだけ愛していた姉上を本当に……」
「昔の話だ、兄弟愛なんてものは廃れ消えた。
それにもしその兄弟愛が残っていても父上と母上があれでは助ける事は不可能だろう。とりあえずガブリエルにあってこい心配していたぞ」
そう言い残し四対の羽根を持つ青年は立ち去った。
「兄上……申し訳ありません、自分は兄上の役に立てませんでした」
少年は青年の背中へとそう零した。




