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束の間の休息


暗闇が支配する獣道を儚い月光が照らし出す。

数刻前まで森だった場所を、ふらふらと揺れながら歩く影、その姿は満身創痍で今にも消えてしまいそうだ。


「はぁ…はぁ……どうやらこれが今回のデメリットみたいだな」


鬼化のデメリットに加えてユニークスキルの酷使によって俺の体はズタズタだった。

普段ならすぐに治る筈の傷や血液の補填もされていない、力を使いすぎて体を治す余力が残ってない様だ。

それに片目での行動に慣れるのもそれなりの時間を要すだろう。


「こんな疲労感は久しぶりだ、何処か自惚れがあったのかもな」


これは事実だ、正直ここまで消耗するなんて思ってはいなかった。

土壇場であいつが現れ鬼になれなかったら、俺は今こうして存在してない。


「っと反省は後だ、とりあえず休みたい、それにルーシー達も心配だ」


鈍痛が走る体を半ば引きずりながら目的(かぞく)の場所へと再度進み出した。



数十分は経っただろうか、木々の燃える匂いが充満する道を歩き続け、ようやく人の声がする場所へと近づいた、それに合わせて焚き火がパチパチと弾ける音も聞こえてくる。


その話し声は聞きなれた優しい声だ、それにこんな辺境にいるのは限られている。


「やっと着いた、ルーシー!アーシャ!」


俺は二人の名前を呼びながら火の立つ方へと駆け出した。ルーシーは言わずもがな俺にとってアーシャも既に切り離せない存在になっている、二人が無事なら俺はそれだけでいい。


「ルーシー!アーシャ!」


「十六夜君!」「十六夜さんっ」


二人は俺の呼び声に反応するやいなや駆け出してきた。ルーシーとアーシャの後ろには白雪と黒王が続き後ろで膝をついている。

二人の無事な顔を見ると俺の心は安堵という感情に満たされていった、家族と思える者の存在はなによりも大きくそれに尊い。

まさかこんなクソッタレな世界で家族と呼べる程の存在に出会えるとは思ってもいなかった。


「十六夜君!無事だったんだね」


「十六夜さん無事で良かった、本当に良かった」


ルーシーとアーシャの顔を見るまでは精神的にも疲弊していたが、二人の顔を見るとそれは抜けきっていた、感情と言うのは凄く不思議だ。


「あぁ、俺は無事だよ、二人共大丈夫そうで何よりだ」


「……っ!でも十六夜君……目が」


「ほ、本当だ…何故治らないんですか!?」


俺の顔にうっすらと月光が差し掛かると無惨にも弾け飛んだ左目が二人の視界に晒される。

もちろんこの目は二度と治らない、この体であってもルーシーの加護をもってしても癒えることはない。

視界は狭く、傷口は疼きちょっとした振動が響くだけで酷く痛む。


「これか、もう治らないらしい、まっ俺は気にしてないから別に構わないさ」


ダメだ、気力で持たせていたがそろそろ限界が近い。


「な、なんで!?僕の加護でも無理なのかい?」


「どんな力でも無理みたいだな、ってもう目の事はいいだろ?そろ…そろ…げ……んかいだ」


俺はそこで意識の手綱を手放し微睡みの中へと落ちていった。


ーーーようやく休める。


「……お疲れ様十六夜君、ゆっくり休んでね」






★★★


これは…また夢の中か?

懐かしいな、確か有栖が小学校を卒業した時の日だ。


『お兄ちゃん!私もう中学生だよ!楽しみだなぁ』


卒業式用の晴れ着に身を包み、満面の笑みを浮かべて中学校生活に想いを馳せる有栖はとても微笑ましかった。


『友達何人できるかな?』『授業についていけるかな?』『中学の給食は美味しいかな?』『テストって難しい?』等の他愛ない質問を幾度となくぶつけられたのを今でも鮮明に思い出せる。

でも、いくら同じ質問をされても苦ではなかった、それだけあの時の暮らしが幸せで満たされていたから。


だが、世間一般でこういう事は親と子供のコミュニケーションの話題だ、俺は《親代わり》にはなれても《親》にはなれない。

兄でありながらも妹を育て親代わりになる、それは無理だと色んな人に言われた、シスコンかよとからかわれたりもした。


最初は気になっていたが、やはり言いたい奴には言わせておけば良いというスタイルに落ち着いた、まぁ家族のためだ当然だろ?


有栖は親がいない事でよくからかわれたりしていたらしいが、俺に似てあまり気にしていなかった。

むしろ、口癖の様にこう言い返していたっけ。


『私には素敵なお兄ちゃんがいる、あんたの両親よりよっぽど親らしいよ!』


それを聞いた時は恥ずかしいやら嬉しいやらでむず痒い気持ちになった、本当俺なんかにはできた妹で……


会いたいな、会いたいよ、また会えるかな有栖。


こうやって有栖との思い出を夢で見る度にそう思ってしまう、今はルーシーとアーシャがいるから強くは思わないようにしているが、やっぱりもう一度会いたい。

あんな別れ方あんまりだろ、俺はなにも出来ずに家族を見殺しにした。

殺され方は凄惨で俺の脳裏にトラウマとして一生残るだろう、頻繁にあの場面がフラッシュバックする、それが良い証拠だ。


楽しい思い出の夢とあの時の悪夢は表裏だ、本当俺は不出来な兄だなぁ……


『お兄ちゃんは不出来なんかじゃないよ?』


また声が聞こえる、少し幼くそれでいて懐かしい声、小学性の時の有栖だ。

俺がおかしくなって幻覚を聞いているだけかもしれないが、有栖の声が聞けるならどうでもいい。


『有栖?有栖なのかい?』


『そうだよお兄ちゃん、久しぶりだね』


『有栖……ごめんな俺のせいで、お前を死なせてしまった』


ずっと謝りたかった、俺のせいであんな目にあわせてしまったことを。


『あれはお兄ちゃんのせいなんかじゃないでしょ?悪いのは頭のおかしな人達、お兄ちゃんが責任を感じる必要はないよ』


そう言われても無理だ、やはり責任を感じる。


『たった一人の最愛の家族を失った、今の俺に与えられた生きる意味は復讐だけだ』


『ふふっ、やっぱり私のお兄ちゃんは素敵な人だね、最近じゃここまで家族を愛してくれる人はいないよ』


『当たり前だろ、あの空っぽだった俺に光をくれたのはお前なんだから……有栖、お前だけが俺の生きる意味だった、お前を立派な女性に育てて良い人と付き合い結婚し、幸せな家庭を築いてもらう、それだけが俺の希望だった、月並みかも知れないけどな』


幸せに生きて欲しかった、綺麗なウェディングドレスを着て結婚し子供を産んで子供の結婚式に出る…そんな人生を送って欲しかった、でもそれは既に閉ざされた道だ。


『お兄ちゃんそこまで考えててくれたんだねっ、私凄く嬉しいよ、本当に嬉しい……でもその人生設計は私には無理かな、だって私は……』


最後の言葉を聞く前に有栖の声は消えてしまった。


『待って!有栖!待ってくれ!』









★★★


「っ……!?はぁ…はぁ…」


こういう夢はいつも良いところで切れる癖に、悪夢は最後まで目覚められない。


「十六夜君、大丈夫?凄く魘されていたけど」


「十六夜さん凄い汗ですよ?また夢を見たんですね」


目を覚ますと目の前に俺の顔を覗き込むルーシーとアーシャが目に入る。

どうやら俺のせいで起こしてしまったみたいだ。


「すまない、起こしたか…」


「大丈夫だよ、僕達は結構休めたからね、十六夜君はどう?」


ルーシーはそれなりに回復したみたいだ、貫かれた左胸も既に完治し傷跡は見る影もない。


「アーシャは大丈夫なのか?」


さっきは暗闇ではよく見えなかったが少しやつれていた、眠って元気になってくれていればいいんだが。


「えぇ、少し寝たらよくなりました」


「そうか…良かった、そろそろ夜が明ける朝食でも作ろう」


今は何かして気を紛らわせたい気分だ、他にやる事もないし良いだろう。

それに何日も食べてない、色々と忙しかったからな。


「良いのかい?まだしんどそうだよ?」


「良いんだ、どうせみんなお腹空いてるだろ?アンクもそろそろ起きるだろうし、俺は狩りにでも行ってなにか獲ってくる、この辺の生態系は終わってしまってるから、遠くに行かないとダメだが…」


俺たちの戦闘の残滓が様々な事に影響している、まぁこんな世界どうなろうがどうでもいいが。


「さて、じゃ行ってくる、すぐに帰ってくるから待っててくれ、一応辺りは警戒しておいてくれよ?」


「分かってるよ、気をつけて」


「十六夜さん私はついていきますよ?これでもエルフなので森については役に立ちます」


確かにそうかもしれないな、未開の地で素人が森で狩……ふむ、無謀かもしれんな。

ここはアーシャに頼ろう。


「そうか、なら頼むよ行こうか」


「はいっ!」


「はぁ……いってらっしゃい」


こうして俺はルーシーに見送られながらアーシャと共に朝食の調達へ出た。

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