わたしは一生に一度の恋をしました2
「ありがとう」
「あと一つだけ。父さんに会って欲しい。どんなに時間が掛かっても構わないから。今回のことで一番苦しんだのは、父さんとほのかのお母さんだと思うから」
彼はそう笑顔で告げた。
その笑顔にたどり着くまでにはどれくらいの苦悩があったのか、わたしにはわからなかった。
わたしは彼の気持ちに報いるためにも頷いた。
「ありがとう。じゃあ、行くよ」
真一はそのまま背を向けて走っていった。彼の姿はあっという間に見えなくなった。
「十年か」
三島さんもお父さんもみんな変わったのだろうか。
会ったとき、何を伝えたらいいのだろう。
わたしはベンチの腰をおろした。
まずは三島さんだ。まずは真一から預かった荷物を渡そう。
そのまま帰るのはおかしいだろうか。わたしは頭の中であれこれ考えるが、答えは出てこない。
「ほのか?」
強い風が吹いたらかき消されてしまいそうなほど小さな声だった。懐かしい声がわたしの胸を解していった。
わたしは顔を上げた。
するとそこには懐かしい姿があった。だが、その姿がすぐに霞んでしまった。一瞬だけ視界に映った彼の姿は十年前とさほど変わっていない気がした。
わたしは唇を噛み締めると、状況を説明するために言葉を絞り出そうとした。だが、何度そう思っても上手く言葉が出てこなかった。
わたしは顔を伏せ、紙袋を前に突き出した。
「真一、仕事が入ってすぐに戻らなくいけなくなって。これを渡してくれと頼まれたの」
すぐにその重みがなくなった。これで頼まれた役目は終わった。
堪えていた涙が溢れ出しそうになる。
せっかく会えたのに、どうしたらいいかわからなかった。
立ち去ろうとしたわたしの腕が突然背後からつかまれた。
「元気だったか?」
不意に投げかけられた三島の一言がわたしの体に染み込んでいった。
ずっと聞きたかった声。そして、そのぬくもり。
なぜ今でもわたしの心をこんなにかき乱すのだろう。その理由は分からない。ただ、明白なのは、わたしはこの人のことがやはり今でも好きなのだろう。
「元気」
「泣いている?」
わたしは頷いた。
「いざこうして会うと何を言っていいか分からないのも変な感じだな。言いたいことはたくさんあるはずなのに」
彼が涙声になっているのに気付いた。
まだあいつはほのかを思っているよ。
真一のそんな言葉がわたしの脳裏を過ぎる。
もしそれが当たっていたとしたら、辛いのはわたしだけではないのに。
わたしは唇を噛むと、三島さんの手に自分の手を重ねた。そして、彼の手を離すと、振り向いた。
彼は確かに昔と変わっていなかったが、少しやつれた印象を受けた。
彼が過ごしてきた時の重さを感じる。だが、それはわたしにも言えることなのかもしれない。
その彼の目が潤んでいるのに気付いた。
いつから彼の目が潤んでいたのだろうか。
わたしと同じように最初からそうだったのかもしれない。
「ずっと迷いがあった。このまま会わないほうが、お前も別の誰かと一緒に人生を歩んだほうが幸せになれるんじゃないかと。でも、そんな気持ちが一気に吹き飛んでしまった」
三島さんは苦笑いを浮かべていた。
許されるなら、彼と一緒にいたい。
彼もわたしと同じだったのだ。
そして、真一はそれに気づいていたのだろう。
何を迷っていたのだろう。
「やっぱりお前が好きなんだって、思い知らされた。今も昔も」
わたしの視界がよりぼやけて見えなくなる。涙を抑えるために軽く唇を噛んだ。そして、十年間、心に抱き続けてきた思いを言葉に乗せる。
「わたしもずっとあなたが好きだった」、と。
終




