飴細工
青年は大衆食堂の子どもなので、小さなころから料理には親しんできました。物心つくころには店で出している料理はすべて作ることができるくらいに、料理が大好きでした。学校に通いながら店で働き、求められれば店で普段出していない料理でも作っては振る舞っていました。
本当は料理にそれほど興味がない長男ではなく彼が店を継ぐ予定でしたが、長男が突然店を継ぐと言いだし、優しい彼は長男に店を譲ることにしました。そのために、努力がきらいな長男が必死に勉強していたことを知ったからです。長男は彼にも店で働いてほしいと願いましたが、彼は少し時間が欲しいと考えました。
ずうっと、料理一筋で他のことをなにもしてこなかったからです。
なにか、違うことがしてみたい、とそのときにようやく考えることができました。そして、国の役に立てるならばと軍に入隊しました。体を動かすことは好きだったので、軍での仕事に青年はすぐに馴染むことができました。
それでも、やはり料理のことは忘れられません。野営や遠征があるときは、彼が料理当番をしました。彼が料理をすると、皆が喜んでくれるので青年はやりがいを感じていました。
青年はたいていの料理は作ることができます。王宮に入ってからは、格式高い食事についての知識もつきました。
けれど、甘味についての知識はほとんど持ち合わせていませんでした。実家では甘味を出していませんでしたし、軍は男所帯なのでそこでも求められたことはありませんでした。
本を何冊か読んでみたものの、青年は体で覚える方が得意でした。
朝早く、友人の家へ向かいます。昨日のうちに連絡をしておいたので、友人は快く迎えてくれました。
「急にどうしたんだ、飴細工をやりたいだなんて」
「ごめんな、休みの日に」
「俺は構わないよ。お前ができるようになったら、店を手伝ってもらえるしな」
友人は笑ってキッチンに青年を招き入れます。友人は、街で有名な菓子屋の店主でした。
青年はあれから何度か守主に菓子を持っていきました。その度に守主はとても喜びました。特に、見た目がきれいな菓子だと飽きることなくじいっと眺めています。青年はその様子を見て、なにか、守主のために作ってあげたいと思いました。
そして、思いついたのが飴細工で有名な菓子屋の店主であるこの友人でした。
彼は青年が飴細工を習いたいというと、二つ返事で受け入れてくれました。早朝、お互いの仕事が始まるまでの僅かな時間ですが、友人は面倒がるどころか積極的に教えてくれます。
「本当は、お前が軍をやめたときにうちに誘うつもりだったんだ。王宮のやつに先を越されたけどな」
そうこっそりと明かされたときは、嬉しいような、申し訳ないような気持ちになりました。
友人はとても丁寧に、飴の扱い方を教えてくれます。青年はもともと器用なので、飴の繊細さにもすぐになれることができました。
普段作っている料理との勝手の違いに戸惑うこともありましたが、守主が喜んでくれるのではないかと思うと頑張れました。
夜、いつもの料理の包みとは別に青年は小さな紙の包みを持っていました。そして、腰には袋をぶら下げています。
階段を上っていくと、守主はすでにそこにいました。
「食事をお持ちしました」
青年がそう言うと、嬉しそうに目を細めます。布でくるまれた盆を受け取って、青年の荷物に気付くと首をかしげました。青年はふふ、と笑います。
「今日は、飴を持ってきたんです」
守主は不思議そうな顔で青年の持つ包みを見ました。そのときになってようやく、青年は気付きます。
「飴を食べたことはありますか?」
守主は首を横に振ります。考えてみれば当然でした。今まで、最低限の冷めた食事を届けられていただけなのです。飴を差し入れてくれるものなどいなかったのでしょう。
胸がちくりと痛みました。
「…少しだけ、守主さまのお部屋にお邪魔してもいいでしょうか。火を使わせてもらいたいのです」
守主は頷くと、どこか嬉しそうな顔をします。青年はほっとしました。守主の部屋に上がりたいなど、本当は口にしていい身分ではないからです。守主が身分で人間を判断するような性格ではないと知っていても、真面目な青年は気になってしまうのです。
食事の盆を青年が持つというと、守主は首を横に振りました。それでも青年が持とうとすると、守主は青年の不自由な足に視線をやって、もう一度首を横に振りました。
部屋に上がると、盆の包みを解き、守主に料理の説明をします。守主はうんうんと頷いて楽しそうに話を聞いていました。守主が食事をはじめて少ししたころ、青年は台所に立ちます。鍋を弱火にかけ、固まった飴をゆっくりと丁寧に溶かしていきます。
食事を終えた守主は洗い物を流しに置くと、目を輝かせて青年の手元を覗きこみました。透明な飴は、きらきらと輝いています。持ってきたヘラで伸ばして見せると、守主は目をいっぱいに開いてそれを見つめます。
青年は鍋に気をつけつつ、紙袋を開けると中身を皿にきれいに並べていきます。
赤、桃、黄、橙、緑、青。
色が混ざった、小さな飴の粒が皿に広がります。さらに、焼き菓子や果物も並べました。守主は目元をうっすら赤く染めて、うっとりとそれを見つめています。
「少し離れていてくださいね」
守主に少し下がってもらい、青年は深呼吸します。球状の器に薄く油を塗って、ヘラを友人に借りた飴細工用の道具に持ち替えると、教えてもらったことを思い出しながら慎重に、大胆に腕を運びました。
細い線が、いくつもいくつも器の形に沿って垂れ、固まっていきます。
青年が作ったのは、繊細な飴の籠でした。それを慎重に、壊れないように器から外すと飴などを並べた皿に被せます。そこまでできて、ようやく青年は大きく息を吐くことができました。
「よかった、成功した」
守主は興奮した面持ちで、完成した美しい飴細工を眺めていました。青年は背を曲げて守主に視線を合わせます。
「飴細工の菓子盛りです」
守主はぱっと視線を青年に向けると、ぎゅうっと嬉しそうに目を細め、飴で汚れたままの青年の手を握りました。
「汚れてしまいますよ」
守主は構わないとでもいうように、ぶんぶんと手を振って見せます。守主の興奮が伝わってくるようで、青年は微笑みました。
「喜んでいただけてよかった。食べてくださいますか」
守主は髪が乱れるのも構わず何度も頷きました。ふたりで手を洗って、青年は守主を椅子に座らせると改めて皿を運びます。フォークとスプーンを守主に手渡しました。
「周りの飴を割って食べてください」
割る、と聞いて、守主は眉を下げてとても悲しそうな顔をします。飴の細工を壊してしまうことを悲しんでいるようで、青年は微笑ましく思いました。
「気に入ってくださったなら、また作りますね」
守主はじっと青年の顔を見て、頷きました。そっと飴にフォークを当て、慎重に砕いていきます。慣れていない手つきは危なっかしいと思いましたが、怪我をすることはないだろうと青年はただ見守ります。
きれいに割られた飴をスプーンに乗せ、守主はじっくりとそれを眺めていました。飴にうつる光や、網上になった隙間から光が漏れるのを、とても気に入ったようでした。
とても大切な、貴重なものを口にするかのように守主は飴を食べました。舌の上でゆっくりと溶かし、じわじわと頬を赤くします。そして、青年を見て何度も頷きました。
「よかった、おいしいですか」
守主の表情を見ていれば、それは簡単に分かることでした。青年は守主が喜んでくれたことが嬉しくて、いつも以上に笑顔になります。
飴の味付けは友人に教えてもらった通りにしたので、心配はありませんでした。それでも、仕上げをしたのは青年です。多少の不安はありました。球状の細工も、数日前にできるようになったばかりです。本当は作ってから持ってきたかったのですが、飴は繊細で運ぶと壊れてしまうため、守主の部屋の火を借りるしかありませんでした。
守主は目を飴と同じくらいにきらきら輝かせ、ひと口ひと口を慎重に運んでいました。
守主が喜ぶ様子を見て、青年も心から喜びました。
「もっと練習して、いろいろなものを作れるようになりますね」
自分に言い聞かせるように言うと、守主は嬉しそうに頷きました。




