第9話:共同実戦
探索者協会・外縁支部の一階にあるカフェスペース。
安いブレンドコーヒーのカップを挟んで、蓮司は向かいに座る早瀬美琴を胡散臭そうな目で見つめていた。
「共同検証申請、ねえ」
「ええ。Bランク以上の探索者を責任者として協会に書類を出せば、Eランクのあなたでも特例として第十六層から第十八層までの限定探索に同行できるの」
美琴はテーブルの上に数枚の書類を並べながら、淡々と説明を続けた。
第十五層のゲート奥で、底なしの深淵から響くあの「玉音」と「青いネオン」を二人で共有してから数日。蓮司は日課の検証をこなしていたが、美琴に急に呼び出されたと思ったら、パーティーを組もうという誘いだった。
「あなたの反復試行と記録の精度は、異常だけれど確かに役に立つわ。私が作る第十六層以降の地図には、魔素流のデータだけじゃなく、実際に『何が起きたか』という物理的な結果のログが必要なのよ」
彼女の目的は、固定された地形の中で変わり続ける魔素流と罠を、時間軸つきの地図にすることだ。その実証役として、失敗の条件まで持ち帰る蓮司に白羽の矢が立った。
条件としては悪くない。むしろ、店(最深部)に少しでも早く近づきたい蓮司にとって、Eランクの深度制限を合法的に突破できるのは願ってもない話だ。
だが、蓮司はコーヒーを啜りながら、露骨に渋い顔をした。
「……悪いが、俺はソロの方が気楽でいい。誰かと組むのは性に合わないんだ」
「なぜ? 危険度を共有できるし、何より到達深度が深くなるわ。あなたにとっても大きなメリットがあるはずよ」
「そういう問題じゃない。ペースが乱れるんだよ」
蓮司はテーブルに肘をつき、心底面倒くさそうにぼやいた。
「朝一で並んで、疲れたら飯を食って、自分のタイミングで見切る。連れ打ちは『そろそろ移動しない?』だの『もう帰ろう』だの、余計な調整が増えるだろ」
美琴はポカンとした顔で蓮司を見つめた。
「……あなた、本当に探索者なの? その例え、どう聞いてもギャンブラーの言い訳なんだけど」
「例え話だよ。要するに、他人の顔色を窺いながら探索するのが面倒だってことだ」
呆れ果てたようにため息をつきながら、美琴は一枚の資料を蓮司の前に押し出した。
「ペースなら合わせるわ。それに、私の魔素測量があれば、あなたが被弾する前に『数秒後に何らかの罠が発動する』という予兆を教えられる。ダメージを受ける前の損切りが早くなれば、怪我で休むリスクも減って、あなたの言う『一日の試行回数』は劇的に増えるはずよ。違う?」
「…………」
蓮司はピタッと動きを止めた。予兆が分かれば、負傷する前に引ける。
「……お前が責任者で、俺が記録係。撤退の判断は俺のタイミングも尊重する。それでいいんだな」
「ええ。契約成立ね」
蓮司は契約書を引き寄せ、署名欄に名前を書いた。
* * *
鳴神大迷宮、第十六層。
第十五層の中継帰還ゲートを越えた先にあるこの階層は、同じような石造りの回廊と、等間隔に並ぶ分厚い木の扉で構成された「変動回廊」エリアだった。
扉の奥が安全な通路に繋がっているのか、それとも魔物の巣窟や凶悪なトラップに繋がっているのかは、開けてみるまで分からない。しかも、その正解の配置は時間経過と共に刻々と変化している。
「前方の三つの扉、中央の扉の奥で魔素が滞留しているわ。五秒後に放出のピークが来る」
回廊の十メートルほど後方。安全な位置に三脚を立てた美琴が、計測器のファインダーを覗き込みながら的確な指示を飛ばす。
「了解。五秒だな」
最前線に立つ蓮司は、防水ノートを小脇に抱え、新しい『硬獣の革張り籠手』で顔面を庇うようにして中央の扉の取っ手に手をかけた。
「三、二、一……今よ」
美琴の合図と同時、蓮司は扉をわずかに五センチだけ押し開き、瞬時に身体を横へ逸らした。
直後、扉の隙間から爆炎が吹き出し、回廊の壁を焦がした。
蓮司は籠手で熱波を防ぎ切り、ダメージゼロのまま手元のノートにペンを走らせる。
『十四時二十二分。中央の扉。五秒の魔素滞留後、爆炎トラップ発動。扉の向こうは行き止まり』
「よし、中央はハズレだ。次、右の扉はどうだ」
「右は魔素の流れが安定している。魔物の気配もないわ」
「分かった。開けるぞ」
蓮司が右の扉を蹴り開けると、そこは次の回廊へと続く安全なルートだった。
「……すげえな、こりゃ」
蓮司は感嘆の息を漏らした。
単独なら中央の扉を開け、爆炎をまともに浴びていただろう。今日は、美琴が予兆を測り、蓮司が結果だけをノートへ足す。
「次、右。油断しないで」
「分かってる」
数時間後。
安全地帯として確保した小部屋で、二人は携帯食料をかじりながらデータを突き合わせていた。
美琴のタブレットには、第十六層の魔素の変動を示す波形グラフが表示されている。
「ねえ、真壁。あなたの記録ノート、ちょっと見せて」
「ん? ああ」
蓮司が差し出したノートのページと、タブレットのグラフを、美琴は真剣な眼差しで見比べ始めた。
三十分前の記録。中央がハズレ、右がアタリ。
一時間前の記録。左がハズレ、中央がアタリ。
二時間前の記録。右がハズレ、左がアタリ。
「……ねえ。これを見て」
美琴がタブレットの画面を蓮司に向けた。
「魔素の波長がピークに達するタイミングと、あなたが記録した『安全な扉の位置』を重ね合わせてみたの。最初は完全にランダムに扉の行き先が切り替わっていると思っていたけど……」
蓮司は、コーヒーのシミがついたノートと、整然としたデジタルグラフを見比べた。
蓮司はノートの時刻を指で順になぞった。
「右、中央、左……三十分周期で、同じ順番に当たりがずれてる……?」
「そう。ランダムじゃない。複数の状態が、一定の規則性を持って循環しているのよ」
美琴の声には、研究者としての興奮が混じっていた。
「……なるほどな」
蓮司は口元を緩め、ノートに新しい項目を書き加えた。
「こいつは乱数じゃねえ。天井(ゲーム数)が設定されてるタイプの台だ」
「だから、そのギャンブルの例えはやめなさいってば」
呆れながらも、美琴の顔にも確かな達成感の笑みが浮かんでいた。
単独では決して越えられない壁を、二人のいびつな相棒関係が、少しずつ確実に崩し始めていた。




