第30話:同じ手は二度通じない
鳴神大迷宮、第三十六層。
各々の個人試練を突破し、再び合流を果たした蓮司たちの前に、第三十七層への道を塞ぐ最後の関門が立ちはだかっていた。
それは、天井まで届こうかというほど巨大な、のっぺりとした顔のない人型の金属生命体。最終守護体『無貌の機神』だ。
「――先手必勝! 行くぞ!」
神代の裂帛の気合と共に、雷を纏った大剣が機神の脚部を薙ぎ払う。凄まじい衝撃音が響き、機神の巨体がわずかに傾いた。
だが、追撃を加えようとした神代の二太刀目は、機神の表面に瞬時に展開された紫色のシールドによって、いとも容易く弾き返された。
「ッ……雷属性が通じない!」
「真壁、このボス、第二十層の時と同じ学習型よ!」
後方でタブレットを構える美琴が叫んだ。
「いや、もっと厄介だわ。成功した攻撃を解析して、同じ属性と軌道を二度目から遮断してる!」
神代が炎へ切り替えて斬る。最初の一撃だけが浅く入り、二撃目は橙色の膜に弾かれた。
白嶺の盾役が右の足首へ盾を叩き込む。鈍い音と共に脚部がへこむが、続く二打目は灰色の膜に止められた。
「待て。色が変わるたび、前の耐性が消えてる」
蓮司の声に、美琴が計測範囲をシールド一枚へ絞った。
「本当だわ。一度に保持している耐性は一種類だけ。新しい入力を受けてから切り替わるまで、〇・四秒……!」
「だったら、同じ手を二度続けなきゃいい」
遊撃役が左右から短刀を投げた。一投目が肩へ刺さり、機神の膜が投擲耐性へ変わる。
「右肩、膜が薄い!」
美琴の測量波が弱点を青く縁取る。
神代が氷を纏った剣でそこを突き、装甲を深く抉った。直後、膜は氷耐性へ変わる。
機神の腕が盾役へ振り下ろされた。蓮司は足元へ煙幕玉を叩きつける。白い煙に反応し、膜が視覚妨害耐性へ移った。
「今、右膝!」
盾役の体当たりが関節を折る。灰色の膜へ変わりきる前に、遊撃役の斬撃が肘の配線を切断した。
紫の膜が生まれかけたところへ、蓮司が石を投げる。石は弾かれたが、膜の色がまた揺れた。
「切替、〇・七秒に伸びた!」
美琴が叫ぶ。
一度に処理できる耐性は一つ。だが五人が異なる入力を重ねるたび、機神は直前の防御を捨て、新しい膜を作り直さなければならない。切替要求が積み上がり、〇・四秒だった遅延が、〇・七秒、一・一秒へと伸びていく。
「煙、投石、盾、斬撃の順! 神代は最後に雷だ!」
蓮司の指示に、五人が動いた。
煙幕。石。盾の打撃。遊撃役の横薙ぎ。
機神の膜が白、黄、灰、紫と明滅し、次に何を防ぐべきか決めきれずに震える。
「今だ!」
神代の雷剣が、切替の止まった胸部へ突き立った。
美琴が示した魔力核まで、青白い刃が一気に貫く。
ガガガガガッ……!
胸部から走った亀裂が両肩と脚部へ広がる。無貌の機神は、処理しきれなかった耐性の色を明滅させながら膝をつき、断末魔の電子音と共に完全に沈黙した。
「……やった、わね」
美琴がタブレットを降ろし、膝に手をついて荒い息を吐いた。神代も剣を地面に突き立て、疲労の色を隠せないでいる。
盾役は痺れた腕を押さえ、遊撃役は床に散った短刀を拾った。五人とも立っている。
ゴゴゴゴォォォン……!
機神が消滅した直後、背後の重厚なシャッターが地鳴りを上げてゆっくりと上昇を始めた。
その向こう側には、第三十七層の空間が広がっているはずだ。
蓮司は荒い呼吸を整えながら、左腕の腕時計に視線を落とした。
時刻は、『22:19』。
(二十二時三十分の撤退ラインまで、あと十一分。閉店時間の二十二時四十五分まで……あと二十六分か)
時間は、首の皮一枚で残されている。
シャッターが完全に上がりきった時、その奥の空間から『それ』は漏れ出してきた。
二十四層の録音機越しでも、三十三層の遠くからでもない。
――ジャラジャラジャラッ! チャリチャリンッ! ピロリロリロン!
鼓膜を直接殴りつけるような、強烈でやかましい、本物の金属球の衝突音と電子音の奔流。
「な……っ」
神代が目を見開き、美琴が信じられないというように息を呑む。
その強烈なホールの空気を全身に浴びた瞬間、蓮司の脳内から、ここが命懸けの迷宮の底であるという事実が完全に吹き飛んだ。
「……おおっ! マジか、この音の反響具合、相当出玉感のあるシマだぞ……!」
蓮司は短剣を握ったまま、それでも警戒を忘れかけたパチンカスの顔になって、シャッターの奥へとふらふらと歩き出そうとした。
「ちょっと真壁君! まだ中に何がいるか分からないぞ、不用意に近づく……」
神代が慌てて蓮司の肩を掴んで引き戻す。
「痛っ、何すんだよ! 早く台を確保しねえと……!」
「落ち着きなさいよこの馬鹿! ここは三十七層なのよ!」
美琴の怒鳴り声で、蓮司はハッと我に返った。
そうだ、時間は有限だ。だが、まだここは迷宮の底。
本物の玉音に魂を吸い寄せられながらも、蓮司は再び腕時計の針を睨みつけた。
目的地の実在と、タイムリミットの重圧。その二つが同時に最大化した状態で、彼らはついに、都市伝説の真実が待つ最後の空間へと足を踏み入れようとしていた。




