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第2話:ハズレはデータ

探索者協会・外縁支部。


 魔石やドロップ品の換金手続きでごった返す午前十時の窓口で、蓮司は番号札を握りしめながら待っていた。


 やがて電光掲示板に自分の番号が表示され、指定されたブースへと向かう。分厚いアクリル板の向こう側に座る初老の鑑定職員は、トレイに乗せられた銀色の球体をピンセットでつまみ上げ、ルーペ越しに胡散臭そうな視線を向けた。


「結論から言うと、現代の工業製品じゃない。鉄でもクロム合金でもない未知の物質だね」


「未知の物質」


「ああ。深層の魔素が極度に圧縮されて結晶化したものか、あるいは未発見の古代遺物アーティファクトの破片か……少なくとも、地上の旋盤で削り出したような代物じゃない。迷宮ダンジョン由来のもので間違いないよ。ただ、用途も価値も不明だ。協会で買い取るにしても、雀の涙ほどの研究費しか出せないが、どうする?」


「いや、持ち帰ります」


 蓮司は即答し、金属球を丁寧に受け取ってポケットにしまった。


 地上の人間が迷宮内に持ち込んで落とした鉄球ではない。その事実だけで十分だった。


 ――全台激熱のパチ屋。


 そのふざけた都市伝説が、蓮司の中で確かな質量を伴って現実味を帯びていく。三十七層と推定される迷宮の最深部に、これが大量に転がっている場所がある。その想像だけで、寝不足の頭に妙なドーパミンが分泌されるのを感じた。


 協会を出た蓮司は駅前のATMに寄り、家賃と光熱費、携帯代、最低限の食費を、手をつけない口座へ移した。次も遊ぶには、帰る部屋と身体が要る。


 それから千円札を三枚、四つ折りにして防水財布の隠しポケットへねじ込んだ。迷宮の底に店があるなら、辿り着いた時に玉を借りる金が必要だ。この三千円だけは使わない。


 手元に残った可処分所得も、三千円。


 蓮司は札を眺め、迷宮へ向かう地下鉄とは反対方向――ネオン管が毒々しく瞬く地上店舗へと歩き出した。


 駅前のパチンコ店『パーラー・メテオ』の店内は、鼓膜を殴りつけるような電子音と喧騒に満ちていた。


 蓮司が座ったのは、架空のファンタジー世界を舞台にした『P魔剣黙示録』という台だ。残金三千円をサンドに突っ込み、無心でハンドルを握る。


 千五百円を消費したところで、盤面が突如として赤く発光した。


 けたたましい警告音と共に、液晶画面に巨大な文字が踊る。保留アイコンが赤から金へと変化し、役物の剣がガシャガシャと派手に落下してきた。


『激熱!!』


 周囲の客がチラリとこちらを見るレベルの、ド派手な演出の連続。画面の中では主人公が魔王を追い詰め、最後の一撃を放つためのボタンを押し込めと煽り立てている。


 信頼度で言えば、八割は下らないだろう。当たればデカい。


 蓮司は表情を変えずに、ポチッと冷静にボタンを押した。


 ――プシュン。


 画面の魔王が主人公の剣をあっさりと弾き返し、何事もなかったかのように通常画面へと戻った。


 外れた。


 隣の席の客が「うわぁ……」と同情するような顔をしたが、蓮司本人は台を叩くこともなく、小さく肩をすくめただけだった。


「まあ、八割は当たるってことは、二割は外れるってことだからな」


 八割当たるなら、二割は外れる。台を叩いても結果は変わらない。


 残りの千五百円もあっさりと吸い込まれ、蓮司は席を立った。


(三千円のマイナスか……下級の回復薬ポーション三本分が消えたな)


 ダンジョンの消耗品に換算して少しだけため息をついたが、それ以上の執着はない。外れは外れだ。昨日の自分は運が悪かった、今日の自分も運が悪かった。ただそれだけのこと。


 財布の中には、最深部用の折り畳まれた三千円が手付かずで残っている。


「さて。ハズレの確認も終わったし、行くか」


 蓮司は首をポキリと鳴らし、鳴神大迷宮へのゲートへ向けて歩き出した。


 午後一時。鳴神大迷宮、第九層。


 昨日、死に物狂いで第八層の門番を倒した蓮司は、初めてこの第九層に足を踏み入れていた。


 一〜三十一層までの地形自体は固定されており、探索者協会が発行する公式の基礎地図が存在する。蓮司の頭の中にも、事前情報として第九層の構造はある程度インプットされていた。


 しかし、迷宮特有のひんやりとした空気を肺に吸い込んだ瞬間、蓮司は違和感に眉をひそめた。


「……おいおい、嘘だろ?」


「なんだよこれ! ウィキの情報と全然違うぞ!」


 少し先を歩いていた初心者らしき三人組のパーティーが、パニックを起こしたように声を上げている。


 無理もない。基礎地図によれば、この先の回廊は『ゴブリンの巡回ルート』であり、右側の壁沿いを進めば比較的安全に抜けられるはずだった。


 だが今、蓮司の目の前に広がっている光景は全くの別物だった。


 ゴブリンの姿は一匹もない。代わりに、猛毒を持つ『リザードマン』が三匹、規則的な足取りで回廊を塞ぐように歩き回っている。さらに、安全なはずの右側の床には、魔素が不自然に滞留し、踏めば発動するトラップの兆候が赤黒く変色して浮かび上がっていた。


「ふざけんなよ、マップアプリだとここは安全地帯のはずだろ!」


「帰ろうぜ、なんかヤバいって!」


 初心者パーティーが文句を言いながら足早に引き返していく。彼らにとって、確定していたはずの「正解」が裏切られたことは、理不尽なバグであり、怒りと恐怖の対象でしかない。


 しかし、蓮司の反応は全く違った。


 鳴神大迷宮は、深層に近づくほど「状態変動」が強まる。扉の開閉順、罠の発火条件、魔物の巡回ルート。それらは地形という箱の中で、周期的に、あるいはランダムに切り替わるのだ。


(なるほど。ここから先は、昨日の正解が今日通用するとは限らないってわけか)


 事前情報が外れたなら、目の前の状況を記録するしかない。文句を言ってもリザードマンは消えてくれない。


 蓮司は苛立つこともなく、使い込まれた防水ノートを懐から取り出した。


 ボールペンの芯を出し、基礎地図の余白に、目の前のリザードマンの数、巡回速度、トラップの位置、そして現在の時刻を書き込んでいく。


(一回じゃ周期は読めない。なら、何回でも負けて確かめるだけだ)


 ハズレは、ただのハズレではない。次の試行の精度を上げるための重要なデータだ。


 蓮司は、目の前の理不尽をインクに変えてノートへ刻み始めた。

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