第14話:速い奴ら
鳴神大迷宮、第二十層。
協会との継続提供契約により、探索資金と自由な時間を手に入れた蓮司の攻略ペースは上がった。美琴の魔素測量と蓮司の物理ログを重ね、二人は第二十層のセーフエリア付近まで到達していた。
だが、その日、彼らの前を進む「先行者」がいた。
「……すげえな。あんな動き、人間ができるもんか」
回廊の物陰から、蓮司は感嘆の息を漏らした。
前方の中規模な広間で、五人の探索者が陣形を組んで戦闘を行っている。相手は第二十層の固有種である『装甲鬼』の群れだ。
五人の動きには、一切の無駄がなかった。
重装の盾持ちが寸分違わぬタイミングで敵の突進を受け止め、遊撃の剣士が装甲の隙間を的確に斬り裂く。同時に後衛の魔導士が詠唱を終え、氷の魔法が鬼の足を縫い止める。まるで精密な機械時計のように連動した、圧倒的な制圧力。蓮司が十三回の死闘の末にようやく倒したような格上の魔物たちが、ほんの数十秒でただの黒い灰へと変わっていく。
「Aランクパーティー『白嶺』ね。現在の鳴神大迷宮で、最も安定して深層を攻略しているトップチームよ」
隣でタブレットを操作しながら、美琴が静かに言った。
「あの陣形の中心で剣を振るっているのが、リーダーの神代岳。正統派の実力者だわ」
戦闘を終えた白嶺のメンバーは、流れるような動作でドロップ品を回収し、索敵を再開した。その洗練された撤収作業の手際を見ているだけでも、彼らがどれほど質の高い訓練と資金を投じてこの迷宮に挑んでいるかが分かる。
ふと、索敵を終えた神代がこちらに気づき、剣を鞘に収めて歩み寄ってきた。
年齢は三十代前半。仕立ての良い純白の意匠が施された防具を身に纏い、背筋の伸びた精悍な顔立ちの男だった。
「早瀬測量士だな。第十六層以降の君の『時間軸付き地図』、我々も大いに活用させてもらっている。素晴らしい仕事だ」
神代は嫌味のない、誠実なトーンで美琴を労った。そして、視線を蓮司へと向ける。
「君が、その地図の共同制作者である真壁蓮司君か。Dランクへの昇格、おめでとう」
「ああ、どうも」
蓮司は短く応じながら、神代たち五人の装備を値踏みするように観察していた。
美琴に見立ててもらった五万円の籠手が安っぽく見えるほどの、高級素材で作られた武具の数々。だが、蓮司の目を最も強く引いたのは、武器でも防具でもなく、彼ら五人全員の胸元に輝く『一枚の小さな護符』だった。
(……おいおい、マジかよ)
蓮司は思わず目を剥いた。
あれは、第十層を突破した時に協会窓口のポスターで見た『緊急帰還符』だ。迷宮内のいかなる場所、いかなる深度からでも、非戦闘状態であれば三十秒で安全な階層まで転送してくれるという、命を守る究極の切り札。
そして同時に、目玉が飛び出るほどの「ぼったくり価格」の超高級消耗品でもある。
(あんな紙切れ一枚で、新台が丸ごと買える額だったはずだぞ。それを五人分……?)
蓮司が戦闘より先に護符を数えていることに気づき、美琴が小さく脇腹を小突いた。
「……何、変な顔してるのよ」
「いや、速い奴らってのは、金のかけ方も桁違いだなって思ってな」
「迷宮探索において、準備に資金を惜しむことは死を意味するからな」
神代は蓮司の呟きを肯定的に受け取ったのか、真剣な表情で頷いた。
「真壁君。君の持ち帰るログの価値は協会も我々も高く評価している。……だが、個人の反復攻略という君のやり方は、少々危険視しているんだ」
「危険視? 何がだ。俺は一度も取り返しのつかない怪我はしてないぜ」
「今は、だろう」
神代の眼差しは極めて理知的で、相手を嘲笑するような色は微塵もない。だからこそ、その言葉にはプロとしての重い説得力があった。
「君の攻略は『死なない程度の失敗』を前提としている。何度も負けて、敵の動きや罠の法則を身体で覚える。だが、迷宮が深くなるにつれ、その『死なない程度の失敗』を許容してくれる余白はなくなっていく」
神代は自らの胸の緊急帰還符に触れた。
「我々の哲学は違う。莫大な資金と時間をかけて準備し、装備を最高水準に整え、情報を精査する。そうして一回の遠征の成功率を九十九パーセントまで高め、確実に勝利を持ち帰る。一度の失敗が命取りになる深層では、失敗を前提とした反復はいつか必ず破綻する」
「一回で決める、か」
蓮司は首の後ろを掻きながら、ふっと息を吐いた。
神代の言うことは正しい。だが、絶対確実な一回などない。
「立派な哲学だが、俺には金も才能もないんでね。俺は俺のやり方で、泥臭くデータを拾わせてもらうよ」
神代は深く追及することはせず、「そうか」とだけ頷いた。
「ならば、その目で見て正解を学んでくれ。この第二十層の奥には、いまだギミックが未解明のエリアボスが控えている。我々『白嶺』が、これからの遠征でどうやって確実な勝利を収めるかを」
悪意やマウントではない。本気で「正しい攻略法を見せよう」としているプロの矜持だった。
「へえ。そりゃ助かる」
蓮司は少しも卑屈にならず、むしろニヤリと笑った。
「あんたたちが一回で決めてくれるなら、俺は横で安全にノートを取らせてもらうよ。強い奴が戦ってくれるなら、それに越したことはないからな」
同じ第二十層のボスという難敵に対し、「一回で確実に決めるプロ」と「負けを前提にデータを取る反復者」。
二つの方法論が、未踏の領域を前に並び立った。




