第11話:三割なら試せる
鳴神大迷宮、第十七層。
公式補助地図の採用という思わぬ副産物を得て、蓮司と美琴の検証作業はさらにペースを上げていた。
しかし、第十六層の複雑な法則を解き明かした二人を待ち受けていたのは、拍子抜けするほどシンプルな構造のエリアだった。
広い円形の石室。その奥には、全く同じ意匠で作られた三つの巨大な通路が口を開けている。
「……魔素の滞留はない。三つの通路とも、波長は完全にフラットよ」
三脚の計測器から顔を上げた美琴が、苛立たしげにタブレットを叩いた。
「罠の気配も、魔物の巡回ルートになっている痕跡もない。ただ、左の通路からごく微弱な転送魔法の残滓が検出されたわ。おそらく、ハズレの通路を選んだら、強制的にこの入り口の石室まで戻されるタイプのギミックね」
「なるほどな」
蓮司は顎を擦りながら三つの通路を見比べた。
「外れても串刺しにされたり、溶かされたりするわけじゃない。ただ入り口に戻されるだけなら、命の危険はないってことだ」
「そうだけど……事前情報も魔素のヒントもない完全な三択なんて、測量士としては一番嫌なパターンよ。正解率約三十三パーセント。そんな非効率な確率ゲームに付き合わされるなんて」
美琴はため息をつき、三脚を畳み始めた。
だが、隣に立つ蓮司の表情は全く違っていた。
彼はなぜか、ひどく感心したように三つの通路を眺め、ニヤリと笑った。
「三十パーって……めちゃくちゃ良心的じゃないか」
「は?」
「いや、だってそうだろ。死なずに、安全に三回まで試せるんだぞ? 三回回せば必ず当たるなんて、パチンコだったらとんでもない甘デジだ。成功率百パーセントの鉄板ルートじゃないか」
「行くぞ。測量機材はしまっとけ」
蓮司は防水ノートをポケットに突っ込むと、一切の躊躇なく、一番右の通路に向かって歩き出した。
「ちょっと、待ちなさいよ! 適当に選ぶの!?」
「当たり前だろ。ヒントがないなら、端から潰していくしかない」
慌てて追いかけてきた美琴と共に、蓮司は右の通路へ足を踏み入れた。
十メートルほど歩いた瞬間、足元の石畳がカッと白く発光した。
――フワッ。
視界が一瞬だけ白く染まり、軽い浮遊感に包まれる。
次に二人が瞬きをした時、彼らは先ほどまでいた入り口の石室の中央に立っていた。
「……ほら、やっぱりハズレじゃない! 時間の無駄よ!」
美琴が苛立たしげに声を上げる。
だが、蓮司はノートを取り出して右の通路にバツを書いた。
「何怒ってんだよ。これで右がハズレって『確定』したじゃないか。選択肢が三つから二つに減った。次は確率五十パーセントだぞ」
「それはそうだけど……」
「行くぞ、次は真ん中だ」
蓮司は美琴の抗議を聞き流し、今度は中央の通路へと迷いなく突っ込んでいった。
十メートル。
再び足元が白く発光し、二人はまたしても入り口の石室へと強制送還された。
「ああもうっ! だから言ったじゃない! こういう運任せの仕掛けは嫌いなのよ!」
二連続のハズレに、ついに美琴が声を荒らげる。
しかし、蓮司はノートに二つ目のバツ印を書き込むと、満面の笑みで振り返った。
「よし。これで真ん中もハズレだ」
「よし、じゃないわよ! 二回も無駄足を踏まされて……」
「無駄足じゃないさ。これではっきりした。右でもない、真ん中でもない」
蓮司は残された最後の一つ、左の通路を指差した。
「次は百パーセント。絶対に当たる。確定演出だ」
「…………」
その言葉を聞いて、美琴は口を噤んだ。蓮司のノートには、二つのバツと、左を指す太い矢印が並んでいる。
「……分かったわ。百パーセントの当たりルート、案内してもらうわよ」
美琴は小さくため息をつき、蓮司の背中を追って左の通路へと足を踏み入れた。
十メートルを越えても、転送の光は発動しない。
二十メートル、三十メートル。
長い通路を抜けた先、二人の視界が開けた。
「……ビンゴ。当たりルートだ」
蓮司が短く呟く。
だが、その声には先ほどまでの軽い調子は含まれていなかった。
通路を抜けた先に広がっていたのは、これまでの石と泥で構成された洞窟の景色ではなかった。
二人の目の前に立ちはだかっていたのは、一切の継ぎ目がない、人工的で極端に滑らかな『白い壁』だった。




