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「かぁーっ」
名残惜しげにガラスの垣根を退きたるは、冷ややかに濡れし愉悦の唇。
情緒の表層を揺らす未だ重きグラス。そろりとテーブルへ降ろさば、芯より吐き出されし充足の吐息に付き添いたるは、娘子とも思えぬしがれ声。
余韻なる波動、宛ら体温へのレジスタンスとなりて縮こませたらんは、無季のお疲れ肩。
(やばっ、おじさんかよ)
自戒の苦笑を揶揄したるや、はにかみて唇に残りし泡沫の感触を舌なめずり。
如何と腑抜けに緩みたれども、四方へ刹那と眼を走らせんや小心の心得。やはり崩し難きかな外構え、凛の端くれたるは留め置きたり。
(いやいや、油断した)
片隅なり陰座、賑やしを改めにて人知れずば、懸念に及ばぬの断。
含羞もじりに露を摘みし指先、そそくさ紙ナプキンにて拭きたれば、宙を仰ぎし空笑い。
先ずは肝を撫でおろして己が小癪も躱したれば、瑣末なことなど亡き者と言わんばかり。
無季の興、既に小腹の欲心へと傾きしや。
一処に注ぎたる渇望の視線に添わんは右手の挙動。手慰みの傑作、千代結びの箸袋を枕に寝た子の箸を起こさば、此れを久しく伸ばさん先に迷いは非ず。
(さてさて……)
浮きはずみの喜色、引き攣れんは迷い箸。
アボカドチーズサラダが上空、ぐるぐる旋回したりて、飾りの具を如何に切り崩さんやと思案も尽きず。
斯くも畳語の拍子に惑いし遊び足りとて、やはり王道は舞台の要なりかな。
意も衝動にて箸先巧みと摘まみ上げんは主役のアボカド。渇望先走らんと開きたるゴールへ放りに込む其の様、宛らダンクシュートの如く。
(うん、美味い!)
咀嚼も半ばに漏れたる既知の悦。
頃合いに熟したり森のバター、無味の下地にレモンソースの酸味纏いたれば、口内の熱にて醸すは濃厚にして旨味のさっぱり。
未だ舌へと残らんほろ苦きビールの後味、見事に引き立てたるは相性の妙。
此れを至福と言わず何と言うべきや。小刻みにて上下させたり緩みし頬が、そう物語りているような、そんな気がしなくもなし。
(やっぱビールに合うわ、これ)
重ねし心得なぞりて陶酔の境地。
持て余したる左手、何時しかグラス握りて再び口元へと傾けたれば、今度は大きく一口と喉を鳴らしてのご機嫌。
口の内を刺したる余波上々にて、抗い術なくと眼を細めたり。
(お次は……)
余情醒めぬも次いで移りし唾の当て。箸先を器用に添え合わせたるや、紅白が二色。
心持ち青臭きを癖にせんは、甘酸っぱきトマト。濃く滑らかにして乳脂肪の微かな甘み、クリームチーズ。
相容れて舌上で結ばれしマリアージュ。介添えなり黒胡椒が放つ芳香と辛味の昇華、協奏の祝福賜りて旨味を此れでもかと弥増さん。
此れを至福と言わず……以下省略。
(これ、止まんないなぁ)
目尻を下げにて綻びん此の折に、咀嚼に合わせし左右へと揺れたるは、無季の肩そよぎ。
右手に肴、左手は酒。豪胆なりての節操、趣き忘れに舌鼓。
空腹を満たさんや、不羈奔放のスパイラル。拍車いよいよ掛かりて啄み止まずば、麦芽の泡もチェイサー気取りに口洗い。
斯くして後は、諸々尽きるを只々待つばかり。




