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「お待たせしましたぁ!」
不意と降り注ぎし明朗に肩が跳ねる。
天井から吊るされし夕暮れ遮りて、前触れなくと背後より近づきしは店員の声。待ち侘びに干乾びたらん、無季のテーブルへと影を落す。
噂をすればとは言ったものなれど、この際は疑うべくなく吉兆そのものであろう。
「生ビールと、」
いささか舌早な一声と共に、いよいよ御出に座したり。
待望の液体満たすは艶やかなるグラス、無季の眼前するりと横切りて、「ドン」と軽快にテーブルを鳴らす。
温暖化たるや何のそのぞ。着地と同時に一斉と立ち上がりし、二酸化炭素の微細なる泡。
宛ら妖精たちの舞が如くなり。
金色に輝きたりラメの海を覆わんや、きめ細やかなりし積雲が泡の蓋。グラデーションも実に見事。
結露を纏いし御姿、ようよう冷えしこと伝わりて、まこと美味そうである。
(待ってました!)
恥足りて口に溢さずも、無我の覚えが成す渇望が権化。
無季は久しく頬杖より頭を浮かしたれば、姿勢よろしく伸びたりて、視線を極上の輝きへと釘付けん。
今すぐにと潤わんや、疼きし其の右手。渇きの昂り重々承知なれども、後段が控えしことなれば、まあまあ慌てるべからず。
「アボカドチーズサラダです!」
門出の言葉を賜りしプレート。店員の手を離れたれば天板滑るが如く、無季の前へと華麗に着座せり。
先ずは目を楽しませんや。浅鉢状の器を飾りて散りばめられし角切り三色。
瑞々しきも情熱に熟れるは赤きトマト、食べ頃アピールと若草色に染まりしアボカドに、白地のカンバス想起させんはクリームチーズ。それら彩り引き締めんアクセント、粗挽き黒胡椒が絶の妙。
漸くと寂寥に咲きたる佳品が一輪、何とも眩きことかぎりなし。
「こちらお下げしますね」
瞬きの華やかしテーブルに見惚れし間、枝豆の亡骸小鉢を手際良きに拾うはプロの所作。
無季の散漫置き去りて、長居は無用と言わんばかり。軽い会釈を残像に足早と繁忙へ消えゆく店員の後ろ姿。
(……唐揚げはまだなのか)
働き者が背を見送りて、呟きたるは振り被っての拍子抜け。
揚げ物、避け損ねたりし迂闊の念。恰もこれを嘆きにみせたれど、無季の心根正直なれば期待をせずや否や。ビールのお供にガッツリ系。
そうそう儘ならぬは世の常なれば、生煮の万事も致し方なしと嘆息ひとつ。
(ま、とりあえず……飲むか!)
不如意ともあれ何であれ。ひとまず当座は酒席の体を成したり。
『carpe diem』今この瞬間を楽しめ。格言の乱用まことに御尤もなれど、この際は是非も無しの心意気。
迅速果断なる号令は既に右手へと下されし。後は一意専心、ただ呑むばかり。
(ではでは……)
贅沢なり冷気纏いしグラスの心地良きかな重量感。無季の貧弱なり右手に掛かりし、この付加価値に、敢えて左手添えぬは男勝り。
凍てつく縁へと当てたる唇を打ち鳴らし、鼻を撫でし麦芽の香り楽しみながら一口、いや二口、いやいや三口。
これが二杯目だからと侮るなかれ。
奔流に巻かれん舌に沁み入りたり一瞬のホップ。口内を嵐の如く駆け巡りし歓喜の痛覚には、無季も思わず両目を細めん感嘆の境地。
鳴らすば斯くありたきや、通過点たる喉元グイグイ。
無季の全身を隈なく包み込まん、痺れとも似たり爽快感。カラカラに渇きし海綿へと染みたるが如く。
此れを至福と言わず何と言うべきや。何処か遠きに想いを馳せし緩んだ瞳が、そう物語りているような、そんな気がしなくもなし。




