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「はぁーっ、今日は特にムカついたね、マジで」
彼女の据わりし眼の先に吊りたるは、未だ真新しい鮮明の想起。
腸の煮えたぎりを鎮めん一吹きの嘆息も虚しく、寧ろ己が自ら心肝の炎を扇がん此の矛盾なり。
宛ら調圧弁より蒸気を鳴らしたる圧力鍋。
「新人研修のことだね」
委細を問うに及ばずの者、敢えて問わんとする声。其れが内省さん。
凛たる姿勢にて彼女の情動に対座したれば、テーブルの天板に投げ掛けられしやさぐれに、不埒なる温容の影を落し込みたり。
「私だってさ、好きでやりたかったんじゃねぇし、やれって言われたからだし」
「あの子がちゃんとしてくれないと、私が叱られることになるんだし」
不本意なる責務と望まぬ立ち位置が交差するジレンマ。
への字口から漏れ出したる薄っぺらな本音には、彼女なりとも労苦が程よく沁みしかな。
「でも断られちゃったね」
「今日は予定あるし早く帰りたいんですけどぉ、なんて言いやがってさ、あいつ!」
心持ち高い所から、内省さんがお察しに微笑む。
所詮は憂鬱なる彼女の使命感。正当性らしき皮を被りし巧みな躱しに、不承の我を強いる程の気概がある筈も無し。
「いやいや、アンタいつもさっさと帰ってんじゃん」
「こっちだってさ、早く帰りたいのを我慢して言ってんだよ」
などと言える筈もなし、彼女の事なかれ。
無気力の空振りに未練こそ非ずも、尾を引きたる後味の悪さ。無念の壁打ちに小心の卑屈が漂いたらん。
「つーか、それよりもだ!」
「それよりも、だね」
散漫なる前座にて場も整いしや、いよいよ主たる甚だしさを打ち立てんとする彼女。
持て余したる右手でテーブルに弾みの拍子を打ちたれば、内省さんも絶妙と言わんばかりに合いの手を入れたり。
「あいつ!お休み前なのに予定無いんですかぁ?なんて言いやがってさ!」
逆なでを極められし、丸出しの当て擦り。
暗黙のタブーへと身を寄せたる彼女、此ればかりは若気の至りたれとて許しに難き、痛恨の不意打ちとならん。
「ねぇよ!悪かったな!」
などと言える筈もなし、彼女の事なかれ、其の弐。
下手に尽せど仇を為されん有様。斯くも剥き出しの地雷を踏み抜かれし彼女の屈辱なりや。
愛想の能面、流石に叩き割らん衝動に駆られたれども、そこは大人たらん克己を総動員。
「あいつマジで性格悪すぎ!もう、顔を見るのも嫌なんだけど!」
苦渋の色に染まりしことなく、堪え難きを堪えたり彼女の意地。
其の場は有耶無耶にて流したるや、年長者の余裕を繕いみせたれど、遺恨の根が残らぬ筈も無し。
「ああ……、なんで私があいつの面倒なんかをさぁ、マジやってらんねぇ」
倦みがちに頬杖の左手へ癇癪を沈めし、やり場のない意気阻喪の呻きと倦怠。
テーブルへと投げたる右手の五指に施されし剥がれかけのトップコート。哀調帯びたりて萎えに映えん。
「でも放り出さなかったね」
「仕方ねぇじゃん、私の仕事にされちゃったんだしさぁ」
逆接の落し処にポジティブを匂わさんとする、内省さんの心憎さが鼻に付く。
心ならずども、止むを得ずが公私の公。諦念の覚悟に縛られたる彼女、明後日の方角へと悲壮なる口を尖らせし。
「とりあえずは、来週しようねって事にはなったんだけどさぁ」
「いやなんつーか、正直どうでもいいやって感じ」
慢性の不承不承なり、彼女のぼやき。
ひたすら物憂しきを拾いて積みたれば、所詮は紛いなる御役に何らの充足感も見出せず。
「こういうのさ、なんて言うんだろう?……虚無感?」
彼女が虚無感の何たるかに正鵠を得ているかは兎も角。
己が鬱積の礎に道理を求めんと、内省さんに問いて共感を求めしは、彼女の稚拙なる拗ねこすり。
羞恥を持て余さん、我知らずの右手が人差し指。クルクルと無意味な円を天板に描く。
「ただの自己憐憫だね」
寄り縋りに辛辣が香ばしきかな、内省さん。
聞き流し、読み飛ばし、何ら不都合無きを拾いたる奇特な存在。常と耳振り立てたれば、求めに応じたりもあれとて、必ずや好ましきに添うとも言い難しなり。
「小憎らしいこと言ってくれるじゃん」
偏屈の負けず嫌い、滑稽味なる八重歯を晒すや。
期待外れに勝らん肩透かしに、不服をも隠せぬ苦き面。眼前へと迫るクレンジング知らずの率直が、彼女のナチュラルチークをアイロニーに照らす。
「まあ……、そういう事でもいいけどさ!」
卑屈に吐き捨てし、彼女の虚勢。
届くにも触れ難きかな、煩わしきすっぴん。いっそ捻り上げとて、随意に張り直さんこと容易き訳もなく。
言い得て然りを忸怩に飲み干さんと、グラスに伸びし惰性の右手。既に空虚なりしを失念に不面目を被るや、明察秋毫これを見逃さず。
「お代わり頼まなきゃね、無季ちゃん」




