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「あはは、なんだか強引でしたね、すみません」
一笑に照れくささを忍ばせながら、高橋くんが申し訳なさそうに頭をかく。
私の散漫な戸惑いと沈黙が彼にそう言わしめさせてしまった、そんなところですかね。
なんとも不覚。後輩に気遣わせてしまうようでは先輩としての面目がない。
「あっ、私は全然いいけど。なぁに高橋くん、私とお喋りしたかったの?」
私は戯れの艶笑を飾ると、前のめりに彼へ顔を近づけ……いやいや、ほんの僅かのことである。その真っ直ぐなまでの眼差しを上目で覗き込んだ。
どうにもキャラ設定に無理を感じる女優もどき。
これはあくまで年上としての余裕と貫禄を見せ付けんが為。まあ、ちょっとした悪戯心でもある。
「当然じゃないですか。だってオフの右城さんですよ?」
さり気と顎を下げて私の視線へと降りてくるのは、高橋くんの豪胆さ。よもやのよもや、先手と言わんばかりに仕掛けた魂胆、こうもあっさり返り討ち。
むしろ、こちらが圧に呑まれて怯まんばかり。
それにしても当然とは言い切るね。君にとって私のプライベートは、そんなに希有なものなのかな?
「そういえば、高橋くんと会社の外で会うなんて初めてかも?」
「はい、初めてですね」
なんとも白々しい疑問形。私は膝に据えた落ち着かない両手に力を込めると、彼の誠実な返しから逃れるように姿勢を直す。
別に彼に限った訳ではない。ここ数年来、同僚とのアフターなんて全く無かったというか、いや避けてきたというべきか。
「それに最近は会社でも殆ど無かったですよ、右城さんと話す機会」
「はは、そうだった?」
「えーっ、そうですよ。僕、意識されなさ過ぎてません?」
しらばっくれを取り繕う空笑いに食い下がるように、八の字眉の高橋くんが冗談めかしにも不服を呈す。
いやまぁ、君のことは一応意識してるけどね。
ポジティブな仕事ぶりに、人を選ばない当たりの良さ。後輩ちゃん達からお局たちの間でも人気の有望株。それを君が自覚しているのかどうかは知らないけどさ。
「気軽に話かけてくれても良かったのに」
「でも右城さん、いつも新人のサポートで忙しそうだし。話しかけるの悪くて」
我が意を得たり、高橋くん!
そうか、君はちゃんと見ててくれたんだね。あの新人のせいで私が毎日どれだけ大変な目にあっていることやら。
ふいと現れた共感の窓口らしきに、ついつい口が緩みそうになるのを私はぐっと堪える。
……いや、ちょっと待てよ。君もあの子とはよく喋っている方……、だよな?
「大変ですよね。僕も新人の頃は先輩たちに迷惑かけてたし、分かるっていうか」
追憶へと馳せるように、高橋くんは苦笑を交えて軽く腕を組む。
若干……とはいえ、私より年下の飾らない謙虚な感慨。孤軍奮闘にエールでも得たような昂りが、そして瞬きほどのジェラシーが、素面のごとく気恥ずかしく感じる。
「そんな訳で!今夜は右城さんとゆっくり話せるかなぁて」
「あー、そうなんだぁ」
いやはや、何ともせっかちな閑話休題。
らしく飾らない彼の満面な率直にふいと魅かれ、私は繕うまでもない破顔の拍子を打つ。
(て、そんだけ?……いや、まあそれだけだよね、うん)
丸腰の愛嬌に甘んじる安堵の心地とは裏腹に、どこか物足りなさを拭いきれない無為のフィーリング。
どうにも自意識過剰。佐藤と鈴木、あの二人の戯けた置き土産が未だに尾を引く。
「よしっ、じゃあ今夜は一杯だけ、付き合っちゃおうかな」
喚起の一声、諸々モヤモヤをかなぐり祓わん己への喝。
ちょっとだけ強引な音頭取り。自嘲の負荷に噴出しかねない含羞を抑えつつ、私は目一杯の愛想で右手に取ったメニューを彼へと渡す。
「はい、今夜は一杯だけ」
快活にして快諾の微笑み。メニューを受け取る彼との阿吽に清々しさが沁みる。
そう、これでいい。これは思わぬニアミスが生んだ職場の延長、今夜はちょっだけ砕けた先輩と後輩の単なる無礼講。
(それだけ、それだけのこと)
まあ折角のことである。ここは懐の深い先輩が可愛い後輩くんの為に、愚痴でも相談でも聞いてあげようじゃあないか。
「その代わり、右城さん。今度はちゃんと付き合ってくださいね」




