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「じゃあ、独身の僕はセーフてことで」
それは流れに機でも得たかのような刹那。
前方に立ちはだかる無神経なふたつの障害物をさらりと迂回、さも流れるような所作は音も知らず。
呆気の隙を突くと、何らの迷いも無く対面の椅子へと腰掛けるは、したり顔の高橋くん。
放り出していた足が思わずギュッと締まる。
「先輩、僕は右城さんともう少し呑んで帰りますから」
いやいや、この子は何を言っているのかな?
突如として眼前に据えられた眩い天真爛漫が、敬礼宜しく何やら与り知らぬ勝手を宣言。
ここに茫然の当事者がいるのを忘れてませんかね?
「あっ、でも、私もそろそろ帰……」
「あーそういや高橋、右城みたいなのタイプとか言ってたもんなぁ」
酔いの沙汰とはいえ、この男は何をバカなこと言い出すのやら。
乳白色へと染まる認知から咄嗟と絞り出た逃げ口上を、いとも容易くと掻き消す佐藤の軽薄にして幼稚な冷やかし。
私の眉間に不本意な谷を作る気まずさの跳弾。
「ちょ、止めてくださいよ先輩!本人の前では無しでしょ!」
(そうそう本人の……はい?)
「へぇー高橋、コイツのこと興味あったんか?」
いやいやいや、高橋くん?「ちょ」は、こちら。こちらが言いたいセリフなんですけど?
つか、コイツ言うな、鈴木!
さながら窮するに焦りを隠し切れずなのか。はにかみながらも少しムキになった高橋くんの意外な横顔。
レスポンスに秘めた多義的な余地も相まって、些かのリアルを覚えてしまった私の欲目が何とも情けない。
「あの、とりあえずさ!そこに立ってると他の人の邪魔になっちゃうから」
「そうですよ先輩!邪魔っすよ」
なんだ、この息ぴったり。
頭上から降り注ぐ無思慮に釘を刺そうと、私が放った大義名分もどきに加勢してくる声。
あのさ高橋くん、私に便乗しないでくれるかな?
貴方までそんな言い方をしちゃうと、その……、なんだか違う感じになっちゃいそうじゃん?
まるで利害の一致に会心を得たかのように、二人へ追い討ちをかける彼の憎めない喜色。
ふわふわとした私の不確実性を高めていくのは、どうにも独りよがりの杞憂ばかり。
「はいはい、邪魔者は帰るとするわ、今度一緒に呑もうな右城」
(ほーら、そうなる)
「あまり遅くまで付き合わすなよ、右城」
(私がかいっ!)
どこまで本気かいざ知らず、なんとも聞き分けの良さ。
高橋くんが放った語弊らしきを勝手に拾い上げると、定番の「お疲れさま」にて見送る私たちに背を向ける二人。
明暗の境界である引き戸にて一瞥、こちらに含み笑いを残し暖簾の先に広がる暮夜へ消えていくのであった。
あいつら、なにをニヤニヤと……。
(いや、待てよ?あの二人を帰しちゃって良かったのか?)
改めての正面。まじまじと思い知らせれるのは、高橋くんと私だけが相対している生々しさ。
ほんの数刻前には予想だにしなかった急展開。
(高橋くん、本当に残っちゃったんだな……)
それにしても……近い。
彼の息づかいが私の頬を震わさんほどに、彼の瞳にぎこちない私の顔が望めてしまうほどに近すぎる。
独りですら偏狭だったこのテーブルが、果たして彼の存在を支え切れるのだろうか。




