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「あれ、右城じゃね?」
いつだってそう。転機とは唐突で衝撃的で、そしてカオス。
背後からの声に不意のハグでもされたような仰天。予測だになかった事案に背筋が思わずピンと跳ね上がる。
これは陳腐な因果か、はたまた避けて通れぬ宿命か。この肝を打ち据えたのは聞き覚えのある野太い声。
そこに乗せられていた固有名詞は、確かに私のものである。
「ほんとだ、おーい右城!」
「え、マジ?右城さんいるんですか?」
背後から連鎖する遠慮のない名指しが、またひとつ、いやいや、よもやのふたつか。
即ちこの瞬間、背を透かすような三対の注視が私に向けられている事実。そんなことを想像するだけで、ブラウスに擦れる肌が否応にも刺激された。
振り返らずとも察するは易し。まさかのまさか、こんな所で耳にするなど想定外の知った声ども。
不覚に歪む顔を見られずに済むのがせめてもの救い。
「おーい右城!うしろうしろ!」
(分かってる、つーの。何かのコントみたいに呼ぶんじゃねぇ!恥ずかしいだろ)
この喧騒の中にて私の名が響き渡るような感覚。センシティブの一言では片付けられない耳障りが羞恥を焚き付ける。
私は口端が引き攣るような苛立ちに愛想の面を飾ると、強張りにて軋む身を小さく捻り、致し方なくも背後の無粋へと顔を向けた。
(はいはい、やっぱりね)
虚を衝かれ興も醒めど、驚嘆には至らぬ既知。やはり私の耳に間違いなど無かった。
遠からず近からず、視線の先はここより幾つかの席を隔てた4人掛けテーブル。そこから立ち上がり、こちらへ真っ直ぐ近づいてくる3人のホワイトカラー。日々、否応にも同じ箱で顔を合わせる営業部の面々。
同期の佐藤と鈴木、そして後輩の……高橋くん。
「えーっ、みんないたんだぁ!ぜんぜん気付かなかったぁ」
ずかずかと傍らまで迫りテーブルへ影を落とす二人の同期に、私は染み付いた無作為を奏でる。白々しくも棒のような愛嬌、嘘ではないが嘘のようなすっとぼけ。
こういう煩わしさを避けたくて、わざわざ遠くの店まで足を運んで来ているというのに。
あろうことか、遠慮知らずの旧知とご対面とは。
「なんだ右城、お前一人で呑んでたのかよ」
せっかく繕ってみせた愛想をガン無視に、憐みの野暮を叩き付けてくる佐藤の奴。
気安くお前とか呼ぶんじゃねぇ……て、おい!横でなにをニヤニヤと笑ってんだ、鈴木!
あんた達、独りで呑んでいる私がそんなに面白いのか?
「右城さん、こんばんわ!」
デリカシーに欠けた肉壁どもの隙間越しから望むのは、凛として清爽、端麗にして清廉。
屈託ない無邪気な笑みを浮かべる後輩、高橋くんの良さげなオーラが何とも心地良い。
うん、いつ見てもイケメン。眼福、眼福である。
「お前もこっちに呼んでやればよかったな」
(あーいらねぇです)
「俺たちもう帰るとこだけど、右城はこれからなのか?」
いやいや、お前らが定時帰りの私より先に出来上っているのおかしくね?
大方、出先から戻らず直接呑みに来たんだろう。真面目な後輩くんを巻き込んで悪い先輩どもである。
それにしてもこの二人。結婚した辺りから一気におじさんぽくなった、つーか。心身ともに図太くなってきた、つーか。
「二人ともぉ、早く帰らないと奥さんに怒られちゃうよ」
ぶっちゃけ、お前ら邪魔。
私は悪戯めいた含み笑いを繕うと、心の底からどうでもよい気遣いを建前に、この流れをあしらうことにする。
ほらほら察しろ、さっさと帰れ、シッシッ。そんな所にいつまでも立ってられると、私も店の人も迷惑なんだよ。




