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「ホント、やってらんねぇ!」
酒気を粗々と吹きたるは、心憂しの彼女。
右手が掴みしグラスを傾けたれば、僅かに残る酒を喉へと流し込みたり。其れを無造作とテーブルに降ろさん。
「はぁぁぁぁぁ……」
天板を打つ音に合わせしや、宛ら腹の内すべて吐き出さんが勢い。
重く、深く、そして長い溜息ひとつ。萎れた切り花の如く、見事に項垂れたる彼女の首。
迷信を聞き及べば、溜息ひとつで幸せひとつ逃げたり。さらば今ほどの溜息、10は逃がしたに違いあるまい。
「また、ため息なんだね」
長嘆を皮肉りて含みにくすりと笑いたるは、小さきテーブルを挟んで彼女に対座せし者。
内省さんである。
「はいはい、どうせため息しか出ませんよ」
口調も投げやりて、些かあざとき仏頂面を添え返したるや。彼女は気怠きままに崩れんと、左手で頬杖をつきたり。
「はぁー、ホントむかつく」
未だ右手に拘束せし、用済みのグラスを見据える彼女。
次いで短くも乾きたる作為の溜息を洩らしたれば、自制の堰を切りしが如く語り出さん。
「なぁーにが、先輩が新人のフォローをしなきゃダメでしょ、だよ!」
「つか、自分も先輩だろが。あのお局、私にばかり面倒ごと押し付けやがって」
よくよく面白くなき回想、彼女の脳裏を駆け巡りしや。
沸々と高まらん情動、語調とて共連れにせんが勢い。日々と心掛けたる外面も台無しに、眉間へしわを寄せたれば、口角も斜めに歪みたり。
「大体さぁ、あの新人、やる気なさすぎだろ?」
「仕事は覚えない、遅い、ミスばっかり。そのくせ定時でさっさと帰っちゃうしさ!」
「ふざけんなっつーの!誰にしわ寄せが来てんだと思ってんだよ!」
お局だの新人だの、敢えて委細を得ずも結構ではなかろうか。
掻い摘みもあれば容易と推測されたり。何処の職場でも散見できよう、不平不満の一端。
「そもそも、男どもが悪い!」
「下心まる出しでチヤホヤしやがって、若い子がそんなに有難いのかぁ?」
「あいつらが甘やかしたりするから増長すんだよ!」
「ちっとはさ、こっちの苦労にも目を向けろ、つーの!」
吐き捨てし度に含みが際立っていく濁流の鬱憤。
如何とも彼女の鬱屈なる常日頃、安易とならざらん起因にでも成り立っているかの如し。
「あーっ、マジむかつく!うちの職場ぁぁあ!!!」
決してカタルシスに至れぬ叫び、複雑な煩悶のスムージー。
言の葉なりしも声にならぬ積もり重ねたる怨言。何人の耳にも届かぬ咆哮となりて、此の小さきテーブルへと共鳴したり。
(ようこそ、くだまきの深淵へ)
遅ればせながらも改めて。
彼女こそが物語の主人公にして、活気横溢を遮りたるや、陰鬱なる孤高の結界を巡らさん者である。




