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「大丈夫っすか?」
前触れ無きに影が落ちたるや、覚えの声が降り注がれたり。
虚を衝かれて跳ねし動揺、無季は未だ傾きの儘なれば、上げし顎にて見たり声の主。逆光に佇む先程の好男子なる店員、何時しか席の傍らで腰折りて気遣いに俯瞰せん。
「お水持ってきます?」
成程、今しがたの咳嗽にして此の姿勢。傍から見るに酔余の醜態と映りしも無理なくば、図らずも不本意なる誤解を招きたり。
忝くも面映ゆし、無季の顔が再び紅へと染まらんや。
「あ、ありがとうございます。全然、大丈夫ですぅ」
無季の小意地かな、事も非ずと構え直さん狼狽の背。
目蓋に弧を描きしや、常と発せぬ柔和の高き声色を奏でたり。形ばかりの指先にて小さき合掌作らば、取り繕いたるは愛嬌の礼節。
大いに吊り上げし口角の満面、此れぞ外が面の極み。
無季が幾度なりと繰り返さん社交の形骸なれども、万事を些事と括りてきた訳でも非ず。
「そっすか、良かった」
虚心坦懐を笑みに纏いたる好男子の店員。
其の語調たるや、無季の媚び繕いとてバイアス介さず。カジュアル寄りにてフランクも過ぎれど、寧ろ故にて爽やかなる簡潔。
なまじの敬語より余程心地も良きかろう。
「やっぱさぁ……、感じいいよなぁー」
軽妙洒脱が如くに見惚れしや、無季の吐露も緩みたり。
目蓋にけれんの無き微笑の拝を残したるや、再び盛況の渦中へと戻って行くは店員の背。
凛の残滓、誠に名残りに惜しきかな。
粉飾の一粒たるも溢さぬ妙技に耽けんは、無季の恍惚。ふわふわ感じ入りて保ちも為せずと、左手が杖に惚けの顎を乗せたり。
「ああいうのがさ、ホスピタリティとか言うんだよ、たぶん」
無季がホスピタリティの何たるかに正鵠を得ているかは兎も角。
所作の哲学、各人各様にして千差万別なれども、往き付き先は収束されし万人の通有点とならんや。
心為しの推量、肩入れが滴らん半可通とても侮りは難し。
「後輩くんと同じくらいの歳だね」
泡沫の余韻を割りたる、毎度のお邪魔虫。
無季が幕の隅へと仕舞い込みたる生々しきリアリズム。此処ぞを計りて引き出したらんは、内省さんの胡乱なる相槌の罠。
「……そうかな?」
狐疑へと構えし左手が掌を盾に隠したるは、心ならずも引き攣らん口の端。
さても如何の癇へと障られたりや。嘯きとも躊躇に踊らば、泰然自若の仮面に汗が滲む。
「まあ……、言われてみれば……」
腑に惑いて歯切れも宜しからず、無季の曖昧模糊。
左手が指の透かし垣より先程の店員に一瞥の遠目を流したるは、はても何処を偲びしことかな。
捉え難きを隠せぬ不埒の右手がグラスへ伸びる。
「いやいや、そういう目で見てねえし!」
拙きに身悶えたるは、無季のセルフツッコミ。
ぶるりと首を振りても居た堪れずや。座の気色を祓わんと口元に傾けたるは、右手に揺れし麦酒の香り。
咽頭の甘美に逃げんや。ぐいぐい喉へと流し込みて狼狽なるを飲み干したれども、空虚になりとて重きグラス、掴む右手が萎えに沈みし。
内省さんの好奇なる眼、知りても知らずかな。首を傾げにむず痒きを向けん。
「そう?」
「…………そう!」




