第七・五話①:無垢なアクアブルー
あーしの名前は円ミチル。21歳。
その日は、店の女の子に「絶対ハマるホストがいるから」って強引にホストクラブに誘われた。
正直、あんま興味はなかったし、ホストクラブってお金がかかるってイメージも強くて、あんまり乗り気じゃなかった。
――彼を見るまでは。
アッシュゴールドのウルフカット。シュッとした細い輪郭。鋭いくせに、どこか消えてしまいそうなほど儚い、切れ長の瞳。
黒のスーツに着崩したシャツ、首元で揺れるシルバーのネックレス。
――その場の空気を一変させるほど、美しく危うい彼の姿があった。
「カイトです。よろしく」
あーしは、一瞬でその瞳に吸い込まれた。
「今日はお友達連れてきてくれたの? ありがとう」
彼は連れの友達に礼を告げると、あーしに名刺を渡してくれた。
受け取ろうとして指と指が触れた瞬間、心臓に電気が走ったみたいだった。
一目惚れってこういうことなんだ。
「あー、ミチル、カイトのこと気に入ったみたい。カイトイケメンっしょ。ホスト初めてまだ三ヶ月なのに、もうこの店のナンバー2なんだよ」
「…………」
友達が自分のことのように自慢げにいうけど、あーしはカイトに見惚れて、言葉なんてこれっぽっちも耳に入ってこなかった。
「もう夢中になってんじゃん。言っとくけど、カイトは私のお気に入りなんだからね。……はは。ごめん、私お手洗い行ってくるね」
友達が席を立つとテーブルは二人きりになった。
するとカイトは、ポケットから一枚の紙を取り出した。
「これ……誰にでも渡してる訳じゃないんだけど、もし明日、時間があるなら来て欲しいんだ」
手渡されたのは、この街の片隅で行われる地下アイドルのライブチケット。
(え? なになに? 私だけ特別ってこと? え? なんでなんでー?)
胸の鼓動が止まらなくて、息ができないくらい張り裂けそうになった。
――
「嘘つき……」
狭いイベント会場は、足の踏み場もないほど若い女の子たちで埋め尽くされていた。各々が推しの色を灯したペンライトを握りしめ、ステージ上の男の子たちに喉が枯れるほどの声援を送っている。
「みんなに渡してるわけじゃないって……めっちゃ女の子いるじゃん」
やっぱりホストの言うことなんて全部嘘なんだ、そう思ったあーしは、バカらしくなってその場を後にしようとした。
「キャー! カイトー!」
「カイト! こっち見てー!」
その時、会場のボルテージが一段と跳ね上がる。
どうやら、カイトのソロパートが始まるらしい。
「……これだけ見たら……帰ろうかな」
自分に言い聞かせて、足を止めた。
会場が一気に静まり返る。
ステージに立つカイトが、ゆっくりと歌い始めた。
それまでの激しいダンスナンバーとは打って変わって、胸を締め付けるような切ないバラード。その歌声は、どこまでも澄んでいて、驚くほど美しかった。
心臓の鼓動が耳元まで響いてくる。
(ヤバい。こんなの見せられたら――沼る)
カイトは一人一人の目を見つめるように丁寧に歌いながら、自身のファンに手を振っていく。
(……やだ。カイト。あーしに気づいて。あーしのことも――)
「カイトー! こっちー!」
恥ずかしさなんて忘れて、夢中で両手を大きく振った。すると、カイトとあーしの視線が重なった。
彼は一瞬、驚いたように目を見開いた後、世界で一番甘い笑顔を浮かべて、あーしだけに届くようなウインクをくれた。
「…………っ!」
やばいって、マジで。心臓が跳ねて、喉の奥が熱い。……死んじゃうかも。あーし、本当に死んじゃう。
――
「そんな、もうアイドル活動できないって、どういうことなんですか」
「悪いな、カイト。これだけ売上も落ちてりゃさすがにもう続けられないんだよ」
俺の目の前にいるのは、俺をスカウトしてくれた芸能事務所の社長であり、ホストクラブのオーナー兼マスターでもある亜久須影郎さんだ。
強面のヤバい見た目だけど、行き場を失くした俺を拾い上げてくれた、懐の深い恩人……だと思っていた。
俺の名前は小鳥遊海斗。
アイドルを夢見て上京したものの、現実は厳しかった。高額なレッスン料を払いきれず、挫折して途方に暮れていたところを、亜久須さんに救われた。
しかし、俺が入った頃には、事務所の借金が膨れ上がっていて、何人ものタレントが辞めていってしまっていた。
「だから、お前も夢を諦めて、ホストとしてやっていったらどうだ? お前にはそのツラがある。優しすぎるのがネックだが……」
俺がホストをやっているのは、活動費を捻出するためだ。本業でやりたい訳じゃない。夢を見せれることがしたいのに、夢を売るようなことはしたくなかった。
「亜久須さん、お願いです。俺やっぱりアイドル活動続けたいんです。なんでもしますから、何かいい方法を――」
「――なんでもする、か。じゃあ、ステージ代やプロモーション代を俺から借金するってのはどうだ?」
「……え? この事務所お金ないんじゃ……」
「がはは。事務所に金はなくても俺にはある。どうだ? それなら悪い話じゃないだろ?」
「……わかりました」
俺は亜久須さんの用意した誓約書を、隅々まで目を通しサインをした。
ある日の夜。
俺に指名が入った。テーブルに向かうと、そこにいたのは、以前ライブにも来てくれたミチルという女の子だ。
「あーし、この前のライブ、本気で感動しちゃって……!」
彼女は目を輝かせて、ライブの感想を教えてくれる。そのあまりにも純粋な瞳に胸が痛む。
それでも借金のことを考えると、そうは言ってられない。他の女の子たちは俺に夢見て、お金を落としていってくれてるんだ。
多分、この子も――
「……あぁ、うん、ありがとう。じゃ何か飲む?」
すると彼女は視線を僅かに逸らし、少し悩んだそぶりを見せると、小さな声で答えてくれた。
「……じゃあ、シャンパンで」
(……ごめんね、本当にごめん)
心の中で繰り返しながら、俺は店内に声を張り上げる。
「はい、シャンパン入ります!」
他のキャストたちの掛け声が重なり、派手な照明がテーブルを照らす。
彼女は恥ずかしそうに店内をキョロキョロと見渡すと、やがて俺の顔を見つめて照れくさそうに笑った。
その後も、彼女はホストクラブやライブには何度も顔を出してくれるようになった。
そんなある日のことだった。
亜久須さんが、事務所に俺を呼びつけた。
「カイト、お前今の支払いじゃ全然足りないぞ」
「そんな……約束の金額、支払ってるじゃないですか」
すると、亜久須さんは誓約書を取り出すと、裏面を俺の前に差し出した。
「お前、ちゃんと目を通しただろ……まさか、今更読んでないとか言わねぇよな」
そこには小さな文字で、想像を絶するような利子が記されていた。
……しまった。先輩ホストや、芸能事務所の先輩たちから亜久須さんには気をつけろ、と注意を受けてはいたが、まさかこのことだったのか。
「……亜久須さん」
俺は震える拳を握りしめ、思わず彼を睨みつけた。
「なんだその目は。お前、勘違いするのもいい加減にしろよ! 俺はお前がどうしてもというから助けてやったんだ! その恩を忘れるんじゃねえ!」
ドンッ、とテーブルを強く叩く音が、狭い室内に響き渡る。
「いいかカイト、払えない額じゃねえ。お前がもっと女捕まえて、店で金を使わせりゃいいんだよ」
「……でも、あの子たちにだって生活がある。限度があります」
「だからお前は甘いんだよ! いいか、骨の髄までしゃぶりつくせ。払えなくなったら夜の街へ堕とす。それだけだ」
「……そんな」
自分の夢を追うために、誰かの夢を壊す。
俺が一番やりたくなかったことだったはずなのに、俺は亜久須さんに何も言い返せず、言いなりになってしまった。
それが崩壊の始まりとも知らずに。
ミチルとカイトの二人を深堀りしました。
二人の身に何があったのか、前・中・後編で更新したいと思います。
是非最後まで読んでいただけると嬉しいです。
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