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第六話:黄金色の虚飾と、薄墨色の部屋

「ミチル、カイト見つけたぞ!」


「え! マジで!?」


「クラブ・マリオネットだ。身に覚えはないか?」


 俺の問いに、ミチルがハッとしたように顔を上げた。


「あ……。思い出した……かも……」


 震える手でスマホを取り出した。

 さっきまではモザイクがかかったような画面が、はっきりと写るようになっていた。


「謎解きゲームみたいだな……」


「今なら……動ける気がする……」


 ミチルは路地裏から一歩外へ踏み出した。


「うん……大丈夫。頭も……痛くない」


 俺たちはミチルの後をついて行って、カイトが勤めているクラブ・マリオネットの前まで辿り着いた。


「ねえ、どうする? 中に入って、またパーッと驚かせちゃう?」


 悪戯っぽく笑うレナの提案に、俺は静かに首を横に振った。

 面白半分で暴れれば、関係のない客までパニックになる。それだけは避けたかった。


「……いや。時間はかかるかもしれないけど、あいつが出てくるのをここで待とう」


 営業時間を潰す間、ミチルのカイト自慢は止まらなかった。


「見てこれ。ちょーヤバくない……」


 ミチルが差し出してきたスマホの中のカイトは、シャンパンタワーの黄金色の光を反射して、非の打ち所がないほど輝いていた。


 ホストクラブなんて、テレビの向こう側の世界のようなものだと思っていた。

 それだけに、どこか現実離れした光景に見入ってしまう。


「これだけ人気なら、さっきみたいに女の子に囲まれてて当然だよな」


「まーね。でもカイト、あーしにだけは特別優しかったんだから」


 ミチルは誇らしげに胸を張るが、その根拠は写真からは読み取れない。それどころか、俺の目は別のものに釘付けになった。


「ミチル? この人相悪い奴もホストなのか?」


 カイトの背後に写っていたのは、煌びやかな店内に似つかわしくない、一際人相の悪い男。


「あー……。いや、それはマスター。名前は……なんだっけ?」


 テレビの向こう側のような華やかな光景と、その隅に写り込むドロリとした不気味な影。

 その対比に、俺は胸に引っかかるような感覚を覚えた。


「まぁ、みなとには一生縁のない世界だよね」


 レナが俺の肩をぽんぽんと叩きながら、茶化すように言う。


「どういう意味だよ?」


 レナがあははと笑った。つられてミチルも笑っている。


 深夜零時を過ぎた頃、ホスト達が客の女の子を店から送り出し始めた。

 賑やかな夜の街が静けさを見せた、さらに一時間ほど後のことだろうか。


「あ、カイトだ」


 ミチルのテンションが目に見えて跳ね上がる。


「うわぁ……私、ホストって苦手かも」


 ドン引きしているレナとの対比が、あまりに極端で少し笑える。

 だが、その華やかな空気は一瞬で凍りついた。


「おい、カイト。ちょっとこいや」


 カイトを呼びつけたのは、さっきミチルのスマホで見た、あの人相の悪いマスターだ。

 カイトは、瞬時に姿勢を正し、借りてきた猫のように深々と頭を下げる。

 緊張感は見てる俺にも分かった。


 その時だった。


 重い衝撃音が夜の路地に響く。

 マスターの鋭い蹴りが、容赦なくカイトの太ももを直撃した。


「いま……蹴った、のか……?」


 俺は息を呑んだ。

 レナとミチルは、相変わらずホストについて盛り上がっていて、この光景には気づいていないようだ。


「あ、カイト帰るじゃん。着いていこ」


「そういえばミチル、カイトの家とか行ったことあんの?」


「当たり前っしょ。二人の愛の巣的な? ま、お泊まりは一回もさせてくれなかったんだけどね」


「お泊まりなしとか、別の女の人連れ込んでたんじゃないですかぁー?」


「ちょ、アンタ、マジで呪い殺すよ?」


「きゃーーっ!」


 夜道を歩くカイトの後ろを、三人の幽霊がゾロゾロと行進する。シュールで奇妙な絵面だ。


「そうそう、ここ! 思い出した! うわー久しぶりぃ!」


 辿り着いたのは、ホストという華やかな職業とは程遠い手狭なアパートだった。

 部屋全体が、まるで薄墨色うすずみいろの壁に塗りつぶされたみたいに、最低限の家具しかない質素な部屋だった。

 売れっ子ホストとは思えないほど、生活感はまるでなかった。


「よし、やるか」


 俺の合図に、二人の気合が爆上がりする。


「……ケテ……タス……ケテ……」


「うわあああっ!? ど、どこかから声が……っ!」


「よし、効いてる! 手を緩めるな!」


 レナが自分の額から流れる朱色の血を俺の手に付ける。

 俺がその手を窓ガラスや姿見の鏡に、ベタベタと生々しい手形を刻んでいく。


「あぁぁぁ――っ! た、助けて、助けてくれぇっ!」


 カイトのビビり方は、尋常じゃなかった。


 今まで、どれだけの女の子が「助けて」ってコイツに懇願したんだろうな。

 それをシカトし続けてきたツケが、今、自分に回ってきたんだ。これが自業自得ってやつだ。

 バチが当たったんだよ。少しは反省しろ。


 カイトは部屋の隅で膝を抱え、ガタガタと震えている。


 その頭上から、ミチルは自らの腑から溢れ出した、どろりとした腐食液を容赦なく滴らせた。


「カ……イト……タス……ケテ……」


「ぎゃああああっ!」


 情けない悲鳴を上げて無様にのたうち回るカイトを見て、ミチルは勝ち誇ったように笑った。


「言っとくけど、あーしを裏切って、こんなもんじゃ済まさねーんだからね!」


 カイトは頭を抱え、まるで幼い子供のように声を上げて泣き出した。


「はははっ……」


 高笑いを響かせていたミチルだったが、その声が、表情が急激に色を失っていく。

 カイトの姿を見つめたまま呆然としている。


「……信じて……たの……に……」


 震える声でそう呟くと、彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出した。

 ミチルはたまらず、家を飛び出してしまった。


「あ、ミチルさん、待って!」


「レナ、ミチルを頼む!」


 混乱する現場で、レナが即座に後を追った。


「ミチル……ごめん……ミチル……」


 カイトはスマホを取り出し、待ち受けに設定されたミチルの写真を眺めながら、狂ったように何度も謝罪を繰り返している。

 ……そんな独りよがりの謝罪で、彼女が報われるわけないだろ。


 冷めた視線を送っていたその時、静まり返った部屋に無機質なアラーム音が鳴り響いた。


 ピピピッ……ピピピッ……。


 それを合図に、カイトは憑き物が落ちたような顔で、急ぐように着替え始めた。

 シャツを脱ぎ捨てたその背中を見て、俺は息を呑んだ。


「なんだ……これは……」


 カイトの全身を埋め尽くしていたのは、あの滅紫色の痣だった。

 どす黒く変色した古いものから、今しがた付けられたような生々しいものまで。

 あんな細い身体で、日常的にどれほどの暴力を受けてきたというのか。


 着替え終えたカイトは、何事もなかったかのように再び夜の街へ消えていく。

 その後を追うと、辿り着いたのは意外すぎる場所だった。


 早朝の空気が漂い始めた、新聞の集配所。

 カイトは無言で、手慣れた手つきで新聞の束を積み込み、バイクで配達へと出掛けていった。


 きらびやかなホストが、夜明け前の新聞配達?


 意味が分からない。


 あの身体に刻まれた無数の痣。


 ミチルの写真を今も大切に持ち続けている執着。


 カイトという男の裏側に、まだ底知れない「何か」が隠されている。


 嫌な予感が、胸の奥でざわついて離れなかった。

第六話までお読みいただき、ありがとうございます。


なぜ売れっ子ホストが、あんなにも質素なアパートに住んでいるのか?

自分を追い込んだはずのミチルの写真を、なぜ今も大切に持ち続けているのか?

そして、あの痛々しい全身の「滅紫色の痣」と、マスターの暴力。

次回で物語は大きく進みます。


今回は黄金色と薄墨色でした。次回は珊瑚色と勿忘草色が登場します。

とても綺麗な印象の色ですが、果たして?


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