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第五話:鼠色の壁と、滅紫色の謎

「パリンッ!」


 一階から響く、乾いた破砕音で目が覚めた。


 もしかして母さんか?


 慌てて駆け下りたけど、そこには誰もいなかった。

 昨日の夜、テーブルの真ん中に置いてあったはずのコップが、床で無残に砕け散っている。

 窓は開いてないし、風が吹き込んだ様子もない。


 家の中の妙な静けさと、かすかに鼻を突くような感覚が残る。


 母さんが朝からいないのも、どこか嫌な予感がする。

 数日学校を休んでしまったし、母さんにこれ以上心配をかけられない。


「……とりあえず、学校に行ってみるか」


 制服に着替えると、レナがジロジロと俺を見てくる。


「なんだか、その制服に見覚えがあるような……」


「それなら一石二鳥ってやつだな。一緒に学校行ってみるか」


「うんっ」


 レナが少しだけ嬉しそうに笑った。


 外に出てしばらく歩いていると、昨夜出会ったお姉さんがいた。

 やっぱりこの暑さにも関わらず、ニットのセーターを着ている。


「あら、昨日の」


 小さく振った手に反比例して、胸元が大きく揺れるのが分かる。


 ……やっぱりでっけぇ!


 何度見てもその胸元は反則だ。特に思春期の男子高校生には刺激が強すぎる。


「ふーん、……へぇー」


 レナは頬を膨らませながら、俺の周りをぐるぐると浮遊している。


「今日はどちらに?」


「あの、学校に行こうと思って。二日間行ってなかったんで」


 俺の答えに、お姉さんは不思議そうな顔をした。


「……ふふ。じゃあ、驚かさないようにね」


「え?」


 ……どういう意味だ? レナのことか?

 レナが人を驚かせられるとは思えないけど。


「いってらっしゃーい」


 お姉さんは優しく手を振って見送ってくれた。

 俺は首を傾げながらも、学校への坂道を登り始めた。


 樒ヶしきみがはら高校。俺が通う高校だ。

 校門をくぐると、レナが心細そうにソワソワし始めた。


「なんか、知らない学校に登校するのって、緊張するね」


「大丈夫だって。普通は誰にも見えないから」


「それもそうだね」


 二人で顔を見合わせて笑った。


 すれ違う生徒たちは、スマホを覗き込みながら噂話に花を咲かせている。


「ねぇ、知ってる? イングラの噂」


「あー、444番目のフォロワーになると呪われるってやつでしょ?」


「怖いけど、見てみたいよね。あははっ」


 なるほど、どこにでもある都市伝説か。

 梅雨時になれば、テレビも心霊特集ばかりになる。風物詩みたいなもんだ。


 昇降口の前では、担任の神保先生が登校指導をしていた。


「あ、先生、おはようございます。あの……すみませんでした、無断で休んじゃって……」


 そう声をかけたが、先生は俺と目を合わすこともなく、他の生徒に声をかけた。


「おはよう。はい、おはよう。……そこ! シャツ入れろよー」


 ……あれ? 無視か?

 厳しいけど、挨拶を無視するような先生じゃなかったはずなのに。


 ふと、校舎の陰に宮坂先輩の姿を見つけた。

 いつも凛としているはずの先輩が、酷く青ざめた顔で、一年の主任と何やら深刻そうに話し込んでいる。

 いつもなら真っ先に声をかけるところだけど……。


『ごめんなさい』


 あの日、振られた時のあの言葉が、耳の奥から離れない。


「ん? あれー……?」


 レナがまた、俺の顔をジロジロと覗き込んできた。


「な……なんだよ?」


「へぇー、そうなんだー。別に? 何でもない」


 よほど先輩を意識しているのが、顔に出ていたんだろうか。


 今度は靴箱の近くで、親友の寺島を見つけた。


「おーい、寺島ー!」


 手を振ってみたが、反応はない。なんだよ、休んだからってクラス全員で俺をシカトするつもりか?


「おい、待てよ寺島!」


 追いついて耳元で大きな声で呼んだが、何の反応もない。


「なんで無視すんだよ。寺し……ま……っ!」


 勢いよくその肩を掴もうとした、その時だ。

 俺の右手は、手応えもなく寺島の身体を空振りした。


「なんだ、これ……一体……」


 自分の手を見る。

 どうなってる。何が起きている。

 脳が理解を拒否して、思考が完全に止まる。


「なぁレナ! お前には聞こえるよな!?」


「うん、私には聞こえる。……けど、皆には聞こえてないみたい」


 まるで鼠色の大きな壁が、俺を世界から隔離して、拒絶しているような感覚。


 俺はたまらなくなって、逃げるように学校を後にした。

 違う世界にでも迷い込んだとでもいうのだろうか?

 それならファンタジーな異世界で、チート使って無双したかったぞ……


 俺の制服に見覚えがあると言っていたレナも、結局、校内では何も思い出せなかったらしい。


「だめだ、らちがあかん……」


 少し時間は早いが、俺はミチルの元へ向かうことに決めた。


 いつもの路地裏。アスファルトのくすんだ匂い。

 空気が妙に重い。


「驚かさなくていいぞー」


「ちょーノリ悪いんですけどー?」


 俺はミチルに、ここ数日起きた奇妙な出来事……今日の学校での出来事についても話した。

 すると、ミチルは心底驚いた様子で、俺を指差した。


「え? マジ? だってぇ……アンタ……幽霊じゃん」


「は……?」


 何を言ってんだ? 俺が、幽霊?

 そんな訳ないだろ。

 昨夜のあのお姉さんには触れたんだぞ。あの温かな弾力に甘い香り……。

 ……いや、ちょっと待てよ。


「レナ、すまん、ちょっといいか?」


「なになにー?」


 レナの柔らかそうな頬を指先でひねってみる。


「ふぇ? あ、あの痛いんですけど?」


 触れる。どういうことだ?

 幽霊であるはずのレナには触れたということは、あのお姉さんも?


 神保先生も、寺島も、無視をしたんじゃない。

 最初から、俺が見えていなかった?


「だから言ったじゃん。あーしと同じようなもんだって」


 だとしたら、いつからだ……?

 そういえば以前、ドアを閉めようとした時、既に閉まっていたような妙な感覚があったな。あの時からか?


「……あ」


 そうだ、あの時だ。

 信号無視をして車にはねられた、あの瞬間。

 痛みもなかったし、頭も打たなかったから全然気づかなかった。

 腹が減らなかったり、朝食の味がしなかったりしたのもそういうことだったのか。


 ミチルが俺の肩に手を置いて少しだけ真剣な顔している。


「つか、まだ死んでないと思うよ。まだ、ね」


「……まだ?」


「うん、まだ」


 ということは、俺は幽体離脱か、あるいは生霊ってことか?

 “本物”が言うんだから、間違いないんだろう。

 なるほど、だからレナやミチルたちの声が聞こえるようになったのか。


 しかし、これで問題が一つ増えた。自分の肉体が今どこでどうなっているかだ。

 だが同時に、奇妙なメリットも増えた。


「補導される心配もないし、寝る必要もないか、これで探索に集中できるな」


「どんだけ前向きなのよ、アンタ……」


 ミチルが呆れたように肩をすくめる。


 それからは、ミチル推しのカイトについての情報を徹底的に叩き込んだ。


「見てよこれ、ちょーイケメンっしょ?」


「……ちょっと待て。幽霊なのにスマホなんて使えんのか?」


「てゆーか、自分が大切にしてたモノなら使えんの。あーしの身体の一部みたいなもんだし」


 なるほど、確かにそのスマホは現物ではない。服を着ていられるのも、同じ理屈なんだろう。

 ということは、レナもスマホ持ってたり――


 俺の視線に気づいたレナは、悲しそうに首を横に振った。そんな美味い話はないか。


「しかし、確かにこれは……男でも見惚れるレベルだな」


「っしょ? 元アイドルだし」


 ミチルのスマホに映っているのは、カイトの写真だけだった。

 他の画像はモザイクがかかったようにボヤけて見ることができない。

 生前に執着があるもの以外は、彼女の世界から消える……そんなルールがあるのかもしれない。


 何枚か写真を見せてもらううちに、カイトの顔は完全に脳裏に焼き付いた。

 あのレベルの顔面なら、夜の街でも見つけやすいだろう。

 時間はたっぷりある。レナも「協力する」と同意してくれた。


――


 夜の街。そこはもう、完全に大人の世界だった。

 ネオンの光が、金と欲望、そして大人たちの思惑を照らしているようだ。


 普段俺が見る世界とは違う、異様な雰囲気に俺は息を吞んだ。

 ミチルの服装も派手だが、道端にはそれ以上の露出の高い服を着た女性や、品定めをするようにあたりを見回しているだけの男の人。

 酒の匂いとタバコの匂いで頭がおかしくなりそうだった。


「……ねぇもしかしてあれ……」


 レナの指さす先、一際整った輪郭の持ち主。

 その喧騒のど真ん中に、カイトはいた。

 路地裏からは割と近い距離。

 派手な格好をした若い女の子を連れ、楽しそうに笑い声を上げている。


「ミチルが動けなくてよかったな。あんなの見たら、あいつ本気で呪い殺し……って、あれ? レナ?」


 そこにいたはずのレナが暗闇へと姿を隠した。


「う、ら、め、し、やぁ~~……っ!」


 おい、レナさん?

 さすがにそんな脅かしじゃ、誰も驚か――。


「キャアアアアアッ!」


「わ、出たぁっ!」


 女の子は悲鳴を上げて逃げ出し、カイトは無様に尻餅をついて頭を抱えて震えていた。


「2ポイント、ゲット」


「ポイント制だったのかよ」


 呆れる俺を余所に、レナは満足げに鼻を鳴らした。


 一方で、カイトは情けない悲鳴を上げながら、もつれる足を必死に動かしてその場を後にした。逃げ込んだ先には、夜の闇を鮮やかに照らし出すようなネオンの光。


『クラブ・マリオネット』


 カイトの勤める店まで見つけれたのはかなりデカイ。

 さぁ、ここからどう打って出るか。


 だが、カイトが逃げ惑った際、俺の目にはどうしても気になるものが焼き付いていた。

 それはレナに驚かされ、両手を上げた時に見えた袖の中。

 刺青でもタトゥーでもない、不気味に滲んだ滅紫色けしむらさきいろの痣。


 カイトの白い肌に浮き上がる、不気味なコントラストが俺の頭から離れなかった。

第五話まで読んでいただきありがとうございます。


主人公・湊の現在の状況が今回で判明しました。

鼠色の壁で、まるで世界から疎外されたような絶望と、ミチルのまだ死んでないという言葉。


そしてミチルの推しホスト・カイトの情報も判明。

その腕に残る不気味な痣の秘密とは。


今回は鼠色と滅紫色が登場しました。次回は黄金色と薄墨色が登場します。


次回も楽しみにしてください。


【追記】

R08/04/24

ヒューマンドラマ連載中ランキングで29位に入りました。

読んでいただいて本当にありがとうございます。

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