第三話:桃色の片思いと、群青色の空
「これで驚かないなんて、ありえないんだけどー?」
冷静な俺の隣でレナは震え上がり、やがて俺の背中に隠れた。
「驚く驚かないは置いといて、君は一体誰なんだ?」
「普通に返されると、なんか調子狂うんですけどー?」
凄惨な姿を晒している金髪の幽霊は、不機嫌そうに前髪を指で整えながら教えてくれた。
「あーし、円ミチルって名前……」
「まどかにみちるってどっちも名前みたいだな」
「それ言う? マジサイテー。そんなの言われたの小学生以来なんですけど」
「ごめんごめん。で……えっと……その」
俺がミチルの腹部に視線を落とすと、彼女は無残に裂かれたお腹をそっと押さえた。
「……殺されたの」
俺とレナは、ハッと顔を見合わせた。
俺はもともと視える体質だ。視えることに慣れすぎたせいで、どこか感覚がマヒしていたのかもしれない。
レナのように自ら飛び降りたものもいれば、ミチルのように誰かに命を絶たれるものもいる。
「そんなことを聞いて、見過ごすわけにもいかないし……もしよかったら……」
レナの時と同じように、俺は言葉を選んで切り出した。ミチルのケースは一筋縄ではいかない予感がしたが、放っておく選択肢はなかった。
「何があったか、教えてくれないか? 誰かに話すことで、少しは……その、未練が晴れるかもしれないし」
俺はミチルに、レナとの出会いと、彼女の過去を探すために一緒に動いていることを手短に話した。
「晴れる……?」
鼻で笑った後、ミチルの表情が変わる。
「気分を晴らすとかヌルすぎ! マジで呪い殺さないと気が済まないんだけどッ!」
そうか、さっきの空気の重さはこれだったのか。
ミチルは純粋な幽霊を通り越して、憎悪に身を包む悪霊へと変質しているようだ。
レナは恐怖でミチルの方を見ることすらできず、俺の服を掴んだまま両手で顔を覆っていた。
「あのさ、悪いんだけど怖がってるし、俺らと話してる時はその感じどうにかならないかな?」
レナの震えが背中越しに伝わってくる。俺は見慣れているとはいえ、確かに今のミチルのビジュはインパクト大だ。
「何それ。ウケるんだけどー。あーしと同じようなもんなのに。……まぁいっか」
そう言って、ミチルは面倒そうにお腹へ手を当てた。
次に手を離した時には、凄惨な傷跡も溢れ出ていた中身も嘘のように消え、そこには派手なへそ出しの服を着こなす、今どきのギャルの姿があった。
「おーい、もう大丈夫だぞ?」
俺が声をかけると、レナは指の隙間から恐る恐るミチルを覗き見た。
「で……でも、悪霊さんは……怖いなって……」
幽霊をも脅かす悪霊の怨念、まぁミチルの負のオーラは確かにやばい。
凄惨な姿の幽霊はこれまで何度も見たことはある。だが、これほどまでの怨念を感じたことは今まであまりなかった。
ミチルの場合は怨念だけでなく、複雑な感情が絡み合っているような、そんな底知れない負のオーラに感じた。
「ね、フツーはこれくらいビビるもんなわけ。なのにアンタは――」
ミチルが俺の身体を、頭のてっぺんから爪先までジロジロと見渡した。
「あー……なるほどね。アンタも、あーしと同じようなもんなんだ」
その言葉の意味を、俺はまだ、理解することができなかった。
ミチルは少しずつ、自分の過去を語ってくれた。
一人のホストに出会い、推したこと。
推しのホストが人生を変えてくれたこと。
そのホストと結婚する約束までしていたこと。
そして急にお金をねだられ出したこと。
――そして、夜の街に堕とされたこと。
幸せから地獄の底へと突き落とされたんだ。さぞかし俺が想像する以上の苦しみを背負ってきたんだろう。……俺に出来ることはあるのだろうか……。
「でも、それってよく聞くホストの常套手段じゃないですか?」
レナの一言が空気を切り裂く。
「結婚チラつかせてお金せびってくるなんて……くすっ」
「アンタ、マジで今すぐ殺すわよ」
「ひゃーーーっ」
慌てて俺の背中に隠れるレナ。
たしかにレナの言うことは一理あるし、客観的に見れば「よくある悲劇」なのかもしれない。
だけど、ミチルの表情を見ていると……本気で信じていたんだと思わせる。
「そのホストの名前は?」
「……カイト」
「どこのホストクラブにいるんだ?」
「それが……それ以上がマジで思い出せなくて……」
ミチルはもどかしそうに前髪を整え直した。
まぁ、この街の出来事ならホストクラブの数も知れてるんじゃないか?
見つかるのも時間の問題だろう。
「そのホスト、カイトの特徴は?」
俺の問いにミチルの顔が急に緩む。頬を桃色に染めて、恋する乙女そのものの顔で語りだす。
「それがぁ。マジでイケメンなわけ。見つめられたら胸がキュン死するレベルだからッ!」
……許せない。
死んでなお、殺された原因である男を「イケメン」だと笑って話す彼女。そんな無垢で歪んだ愛情を踏みにじり、地獄へ突き落とした奴がいる。
そいつが今ものうのうと過ごして、また誰かを騙しているのかと思うと、心の奥から怒りが込み上げてくる。
とはいえ、俺もそろそろ帰らないといけない時間だ。
「悪いけど今日はもう帰らないといけないんだ。ミチルは、行くとこあるのか?」
「あーしは大丈夫。……まだ探すから」
「わかった。……じゃあ、明日またここで会おう」
ミチルは力強く一度だけ頷くと、路地奥に溶けるように消えていった。
「レナは帰る所ないよな……うち来るか?」
「同い年の男女が……同じ屋根の下に?」
レナはわざとらしく自分の身体を抱え込み、上目遣いで俺をからかって見せた。
「あのなぁ……」
「私のこと可愛いって言ったもんねー?」
また俺の周りをぐるぐると浮遊する。
「言っとくけど最初に、俺の布団に潜り込んできたのはレナの方だからな?」
「う……。だって、だってぇ……」
顔を真っ赤にして恥ずかしがるレナと、そんな他愛もない言葉を交わしながら家に着いた頃、空はもう深い群青色に沈んでいた。
家の中に入ると、まるで空気が凍っているかのように静まり返っていた。
電気もついてない薄暗い部屋の中で、母さんは机に突っ伏して泣いていた。
「母さん、ただいま。遅くなってごめん。……母さん?」
呼びかけても返事もせずに、母さんは肩を震わせ咽び泣いている。
なんか様子がおかしい……。その違和感に肌が粟立った。
俺の帰りが遅かったから? 学校休んだのがまずかったか。
そんな理由だけで、俺の声が届かないほど泣くのだろうか?
いや、最近レナといいミチルといい、珍しい出会いがあったからそう感じるのかも。
……今は、これ以上何も考えたくない。
そう自分に無理やり言い聞かせて、逃げるように部屋に入る。
布団にレナを寝かせて、俺も床に身体を横たえた。
俺に何が出来るのかは分からない。でも、やれることはあるはず……。
目を閉じて頭の中で出来事を整理しようとしても、暗闇の中に震える母さんの背中がこびりついて離れない。
結局、外がぼんやりと白み始めるまで眠ることは出来なかった。
ホストに人生を狂わされたミチルと、家での不穏な空気。
物語に次から次へと謎が登場します。
今回は桃色と群青色が登場しました。次回は白銀色と象牙色が登場します。
次話もぜひ楽しみにしてください。よろしくお願いします。




