表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/26

第十四話:黒紅色の鬱屈と、若竹色の絆

 部屋に帰ると、ひよりさんが俺たちの帰りを待っていてくれた。


 俺は今日のレンとのことを、すべて伝えた。

 そして、道中でどうしても疑問に思ったことも、包み隠さずに口にした。


「……あの、ひよりさん。レンって、今も生きてますよね?」


「ええ、そのはずだけど……。どうして?」


 不思議そうに小首を傾げるひよりさんに、俺は図書室での光景を思い出しながら答える。


「とある学校で、一人の少女の霊に出会ったんです。……その猫、その子にずっと寄り添っていたので」


「あら。レンって人見知りなのに、誰かに懐くなんて」


「いや……ひよりさん。そこじゃないんですけど」


 あまりの天然ぶりに、背後からミチルやえみの笑い声が漏れる。


「ひよりさん。ひよりさんがレン君を迎えたのは、何歳の時ですか?」


 レナの問いかけに、ひよりさんは指を顎に当てて、少しだけ考え込む仕草をした。


「ええと……確か十九歳の時に家に来たから。今年で、七歳になるのかしら?」


 それなら、猫の寿命としてはまだ全然生きている年齢だ。

 じゃあなぜ霊であるはずの彼女に寄り添っていたのか。


「そうだ、ひよりさん。実家に行くことって可能ですか?」


「ええ。今日は体調もいいから、じゃあ皆で行きましょうか」


 ひよりさんの了承を得て、俺たちは彼女の実家へと向かうことになった。

 場所は俺の家からも近く、歩いて三十分ほどの距離だった。


「お父さん、お母さん、元気かなぁ」


 ひよりさんが懐かしそうに生家の門をくぐり、中を覗き込む。


 するとちょうど、家の中から彼女の両親らしき男女が出てきた。


 ……ん? なんか、えらく年が離れてないか?


 俺の胸を、言いようのない違和感がかすめる。


「あの、ひよりさん。ご両親っておいくつなんですか?」


「確か、まだ五十歳くらいだと思うけれど……」


 五十歳? いや、どう見ても七十歳は超えているように見える。


「あ、これが私の部屋です。ふふ、そのままにしてくれているんだ」


 ひよりさんに案内された部屋。その机の上にある写真立てには、彼女の膝の上でくつろぐ三毛猫が写っていた。

 間違いない。あのふてぶてしい面構え。図書室で見た、あの猫だ。


「あの……ごめんなさい。私、ちょっと疲れちゃって……」


 不意に、ひよりさんが青白い顔で肩を落とした。


「大丈夫ですか!?」


「みなとさんのお部屋で休ませてもらってもいいかしら?」


 どうやら俺の部屋が落ち着けるらしい。

 まぁ霊のたまり場になってるくらいだからな……


「それは構いませんけど……」


「じゃあ、私が付き添います」


 ふらつくひよりさんを、レナが付き添って俺の家まで送ってくれるようだ。


 それからは俺とミチル、えみの三人で実家の周囲を探してみたものの、結局レンの姿は見当たらず、俺たちも引き上げることにした。


 その帰り道――。


 街灯の下を、宮坂先輩と烏丸先輩が仲睦まじげに並んで歩いているのが見えた。


「ちょ、男連れてんじゃん。マジあの女、最悪なんだけどー!」


 真っ先に毒を吐いたのはミチルだった。先輩たちを忌々しげに睨みつける。


「あ、もしかして、あれがミッチーの言うてた女?」


 えみもミチルの言葉に乗っかった。


「そーそー! ミナトのこと、心配してるフリしてさ――」


「もう……いいから……」


 遮る俺の声は、自分でも驚くほど低く沈んでいた。けれど、二人の勢いは止まらない。


「あんなん、ウチが行って奥歯ガタガタ言わしたるわ! あんなツラして――」


「もういいって!」


 思わず荒らげた俺の声に、二人はビクリと肩を揺らして驚いた様子を見せた。


 心の中にどろりと湧き出る、黒紅色くろべにいろをしたドス黒い感情。

 それを抑え込むだけで精一杯だった。


 それから数日して梅雨も明け、ひよりさんの体調が落ち着いた頃。俺たちはもう一度、彼女の実家を訪ねることにした。


 到着すると、またしても絶妙なタイミングで、家の中からひよりさんのご両親が出てきた。


「お父さん、そろそろお盆も近いですし……ひよりのお墓、掃除しに行きませんか」


 母親の震えるような声に、父親は黙って深く頷き、バケツやブラシを用意し始めた。

 実家からわずか数分。墓地の一角に、ひよりさんの眠る墓はあった。


「……私、ちょっとお墓って苦手だな」


 レナが、消え入りそうな声でポツリと呟く。


「あーしも。マジで怖い系無理だし……」


 ミチルも肩をすくめて同意した。そんな二人の様子を見て、ひよりさんは穏やかに問いかける。


「……怖いですか?」


「え、だって……幽霊とか、お化けとか、出そうじゃないですか」


 レナの言葉に、ひよりさんは穏やかに微笑んだ。


「お墓には、皆さんの大切なお父様やお母様、そのまた、お父様やお母様……ご兄弟やご親戚だった方々が、何年もこの土地を見守ってくれているんですよ。そんな人たちが、怖いことをすると思いますか?」


 ひよりさんの口から出る、その言葉には不思議な説得力があった。


「でも、たまにはウチらみたいに、恨みとか未練が残ってる人もおったり……」


 えみが少し言い淀むように口を挟むと、ひよりさんは優しく頷いた。


「そうですね。でも、元々はみんな同じ人間ですから。お話をすれば、きっと分かり合えます。学校だってそうでしょう? 全然知らない子だったのに、話してみたらとても楽しくて仲良くなれたり……それと同じですよ」


 ひよりさんのような人が一人いれば、きっとこの世界はもっと平和になるんだろうな。

 俺は彼女の背中を見つめながら、そんなことをぼんやりと考えていた。


「お父さん、お母さん。ちゃんと掃除してくれたかな」


 ひよりさんが微笑みながら見守る前で、ご両親はとても丁寧にお墓を磨き上げていく。

 墓石に清らかな水をかけ、最後に、一本のロウソクに火を灯した。


「ありがとう。お父さん、お母さん」


 ひよりさんが愛おしそうに呟き、ロウソクの炎にそっと息を吹きかける。

 ロウソクの炎が、意思を持っているかのように小さく揺らめいた。


「ほら、お父さん。ひよりが喜んでいますよ」


 母親の言葉に、父親も深く、大きく頷いた。

 死してなお続く親子の絆。その光景に、俺の胸は熱くなる。


 ふと、墓石の傍らに目を向けると、そこにはひよりさんの法名が刻まれていた。

 そこに記された没年月日は、今から約二十年も前のものだ。


「だからか……」


「……てことは、レン君も」


 レナが隣で息を呑む。


 そうだ。二十年前だから生きているはずがない。俺たちが見かけていたのは、生きている猫ではなく、レンの幽霊だったのだ。


 相手が幽霊ならば、この先もレンを探すのは苦労するかもしれない。


「お父さん、レンのお墓にも行って、掃除しちゃいましょうか」


 母親が、ふと思い出したようにそう言った。


「…………え?」


 ひよりさんの動きが、ピタリと止まる。

 彼女がレンの死に気づいたのはその時だったのだ。


 墓地からしばらく歩いた山の麓に、レンの墓はひっそりと佇んでいた。


「……ああ、懐かしい。ここはレン君とも、よく遊びに来た場所なの」


 ひよりさんは溢れそうになる涙を堪えながら、周囲を見渡す。

 ご両親が小さな墓の周りで草むしりをしている間、彼女はその場に静かに座り込んだ。


「うふふ。見て、これ。レン君、これが大好きだったの……」


 ひよりさんがそっと手に取ったのは、道端に生えていたエノコログサだった。

 見渡せば山の麓には、透き通るような若竹色をしたエノコログサが、辺り一面に群生している。


「レン君とここで、いっぱい……いっぱい遊んだなぁ……」


 ついに堪えきれなくなったのか、ひよりさんの目から大粒の涙が零れ落ちる。

 俺たちは、ただそれを見つめることしかできなかった。


「レン君、ごめんね。最後まで一緒にいられなくて……。レン君、ありがとうね。ウチに来てくれて。レン君……っ」


 その時、山から穏やかな風が吹き抜けた。

 ひよりさんの手の中にあったエノコログサが、まるで誰かに弄ばれているかのように、ひとりでに踊り出す。


「ねぇ、あれ……っ」


 レナが息を呑んで指を差した。


「ああ……間違いない」


 ひよりさんの膝の上。


 そこには、あの三毛猫がいた。

 レンが、楽しそうにエノコログサを追いかけ、じゃれついている。


「レン君……来てくれたのね。レン君……会いたかった……」


 失った二十年の時間を取り戻すように、ひよりさんはレンを愛おしく抱きしめた。


「ゴロゴロ……」


 レンが喉を鳴らす幸せそうな音が、静かな山に響き渡る。

 その光景に、レナもミチルも、そしてえみまでもが、声を上げて泣き出していた。


――


 翌日。


「パリンッ!」


 一階から、静寂を切り裂くような乾いた破砕音が響き渡った。

 慌てて駆けつけると、台所に置いてあったはずの皿が、床の上で無残に粉々に砕け散っている。


 そしてその傍らには、悪びれる様子など微塵も見せない三毛猫――レンの姿があった。


「今までの犯人は、お前だったのかー!」


 俺が指をさして叫ぶと、レンが俺の手を猫パンチで弾いた。

 いってぇ……この傷もお前の仕業かよ……。


「……シャーッ!」


「しゃーじゃねぇっつーの! あ、……ハ、ハクション!」


 大きなくしゃみが一つ、台所に虚しく響いた。

 しっぽをゆらゆらと揺らしながら、レンは悠然と壁を通り抜けて消えていく。

 やれやれ。どうやら、これから先の日々は、ますます賑やかなことになりそうだ。

第十四話までお読みいただき、ありがとうございます。

ひよりさんと三毛猫のレンを巡る物語、いかがでしたでしょうか。

今回の話、レンがひよりさんと再会し、猫じゃらしで遊ぶ姿は自分でもお気に入りの話でもあります。


少しずつですがいろいろな謎が解明していきました。


今回は黒紅色と若竹色が出ました。

次回はひよりさん番外編です。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ