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第十三話:藤色の横顔と、瑠璃色の自責の念

 翌日、俺たちは朝からレンという名の三毛猫を探していた。


 闇雲に探して見つかるのか不安だが、今は足で稼ぐしかない。

 足で稼ぐと言っても、浮いている連中ばかりなのだが。


「なーなー、こうやって腕組んでたら、ウチらカップルみたいに見えるんかなー?」


 えみは俺の腕に自分の腕を絡ませ、密着してくる。


「……カップルというより、親子じゃないんですか?」


 反対側の腕を確保しながら、レナが淡々と、それでいてトゲのある言葉を投げた。


「そんな年離れてへんわ!」


 えみとレナの攻防をよそに、俺は話題を振ってみる。


「……みんなは、何か飼ってたのか?」


「あーしは飼ってないけどー、犬とか超飼いたかったな。マジで可愛くない?」


 弾んだ声で答える。いかにもミチルらしい答えだ。


 一方のレナは、やはり何も思い出せないようで、少し寂しそうに首を振る。


「……ウチは実家で猫飼ってたで」


 沈黙を破るように、えみが誇らしげに言った。


「お、そりゃ頼もしいな。頼りにしてるよ」


「ウフフ、まかしときー!」


 ひよりさんのように、ペットと飼い主が生き別れになるなんてことは、よくある話なのかもしれない。


 そう考えると、いつも見かけているはずの野良犬や野良猫、はたまた空を飛んでいる鳥ですら、どうしようもなく儚いもののように感じられてくるのが不思議だ。


「あ、あの猫じゃない?」


 通りの反対側に、一匹の三毛猫を発見した。


「最近よく見る猫で間違いないけど、あれがレンかどうかだな」


「んー、でも、あの子がオスなんは間違いないと思うで?」


 えみが自信たっぷりに言った。


「え、こんな距離から分かるのか?」


「わかるよ。オスとメスならな、顔つきとか体格? でなんとなくわかんねん。ほら、人間の女の子も身体に丸みがあるやろ? それと一緒や」


「……なんか急にえみが頼もしく思えてきたな」


「ええんやで、もっとウチのこと頼ってくれて。お姉さんやろ?」


 そう言って胸を張るえみの横で、レナは少し嫉妬したのか、頬を膨らませていた。


「おい、レン」

「レン君!」


 俺たちは代わる代わる呼びかけてみるが、三毛猫は耳をピクピクと動かすだけで、こちらを向こうとはしない。


「やっぱり聞こえてないんじゃないのー?」


 ミチルが前髪を直しながら、気だるげに言った。


「あーしらの声が届くのかって問題もあるし。マジでシカトされてるっぽくない?」


 ミチルの言うことも一理ある。

 俺達の存在や声が、あの猫にどれだけ干渉できるのかも分からない。


「でも、よく動物には幽霊が見えるって言いませんか?」


 レナが少し身を乗り出して、三毛猫の様子をうかがう。


「急に何もない空間に向かって吠え出したり、威嚇したり……。あれって、見えざるモノが見えているからだって、よく言うし」


 レナの言うことも確かだ。


 もしその説が本当なら、この三毛猫が俺たちに気づかないのは、単に興味がないだけということになる。


「ここはやっぱり、作戦を練った方がいいな」


「あ、じゃあさ、あーしいいの思いついたから」


 ミチルが空中を泳ぐようにして、道端に捨てられていた平たい段ボールを指差した。


「ほら、猫って段ボール好きってよく言うじゃん?」


 なるほど、猫の習性を利用するってわけか。


 ミチルが指先を向けると、平らだった段ボールが、ガサガサと音を立ててひとりでに組み上がっていく。


「凄いな、そんなこと出来るのか」


「マジ疲れるから、あんま使いたくないんだけどねー」


 俺たちは組み上がった段ボールの近くに身を隠し、じっと息を潜めて待った。


「……あ、気づいた!」


 レナが声を潜めて指をさす。


 レンであろう三毛猫が段ボールに気づき、周囲を警戒しながらも、吸い寄せられるように寄ってきた。


「いいぞ……!」

「あ、入るかも……」


 全員が固唾を呑んで見守る中、三毛猫が前足を段ボールに掛けた、その時だった。


 どこからともなく現れた野良猫が、弾丸のような勢いで段ボールにダイブしたのだ。

 当然、レンは飛び上がらんばかりに驚き、そのままどこかへ走り去ってしまった。


「いやー、惜しかったなー……」


 俺が天を仰ぐと、レナが「もう一回やる?」とミチルに顔を向ける。


「もー、ムリ。あれ超疲れるし、マジ勘弁」


 気を取り直して、俺たちは次の作戦に移ることにした。


「……猫って、鈴の音が好きなイメージない?」


 今度はレナの提案だ。

 人差し指を顎に当てて一生懸命に考えているが……。


「確かに、ネズミのオモチャには鈴が付いてたりするよな。……で、肝心の鈴をどこから用意するかって話だけど」


「…………」


 俺の言葉に、レナがぴたりと動きを止めた。


「いや……その先なんも考えてねーのかよ」


 まさかノープランで提案するとは。レナ、さすがだな。


「しゃーないなぁ。ここはウチにまかしとき」


 今度は、えみが自信満々に一歩前に出た。


「オスってな、やっぱ可愛いメスには惹かれるもんなんよ」


「そりゃ確かにそうかもだけど……そのメスをどうやって連れてくるんだよ?」


「ふっふっふ、見てなって。ウチにまかしときって!」


 不敵に笑うと、えみはその場へしゃがみ込んだ。

 そして自分の腕をぺろぺろと舐めるような毛繕いの仕草をしながら、とびきり甘い猫撫で声を出す。


「にゃ~ん♡」


「…………あの」


 どこからともなく寒々しい木枯らしが吹き抜けた。


「……な、なんなんその目は! ウチ、実家で猫飼ってたから、これで何匹もオス猫おびき寄せたことあるんやからね! 間違いないから!」


 俺とレナの冷ややかな視線に耐えかねたのか、えみは少し早口で捲し立てた。

 めちゃくちゃ言いにくいが、もしこれが誰かに見られていたら、社会的に終わっていたかもしれないぞ。


 だが、その時だった。


 三毛猫が足を止め、こちらをじっと見つめているのが見えた。


「な? 言うたやろ? ウチにまかしときって」


 レンらしき三毛猫が、静かにこちらへ寄ってくる。

 マジか。あんなに怪しい鳴き真似で、今度こそ成功するのか?


「にゃ~ん♡」


 えみが勝ち誇った顔で、さらに追い打ちの鳴き声を響かせる。

 すると。


「ガサッ……ガサガサッ!」


 不意に、周囲の茂みから不穏な音が沸き起こった。


「なーお!」「にゃー!」「シャーーッ!」


 気がつけば、俺たちはどこから湧いて出たのかもわからない無数のオス猫たちに、ぐるりと包囲されていた。


「……あ、ウチの魅力、爆発してもうたみたいやわ」


 えみが頬をかきながら苦笑いする。


 その騒ぎに驚いたレンは、またしてもどこかへ走り去っていった。


「追うぞ!」


 俺の掛け声とともに、俺たちは三毛猫の後を追った。

 しばらく走り続け、辿り着いた先は創心環高校だった。


「うわー、マジ? ここに来ちゃうわけ? あーし、あの子苦手なんだよねぇ……」


 ミチルが身をすくめ、嫌そうに顔をしかめる。


 あの子というのは、以前ここで出会った、本を読んでいる女子生徒の霊だ。

 一見、普通の女の子に見える。

 あり得ない方向に首が曲がっているのを除けば。


「どうする? 俺一人で追うか?」


「……嫌。私も、みなとに着いていく」


 レナが珍しく、俺の腕にぴったりと寄り添ってきた。

 細い肩が微かに震えているのが伝わってくる。


「お、おう……」


 俺たちは意を決して、静まり返った図書室へと足を踏み入れた。


 そこには、お目当ての三毛猫と……例の少女がいた。


 レナとミチルは、重なり合うようにしてガタガタと震えだす。


「あら……またいらしたんですの?」


「邪魔をするつもりはないんだ。そこは勘違いしないでくれ」


 俺の言葉に、少女はそっと本を閉じて、かけていた眼鏡を置いた。


「邪魔するつもりはない……そうですか。そんな教養のなさそうな、お安い女性を侍らせておいて。滑稽ですこと」


 折れ曲がった首の先から放たれる、容赦のない毒。

 こいつ、なんでそんな言い方しかできないんだ。


「あのなぁ……」


「ちょっとアンタ、黙って聞いとったら、いけしゃあしゃあと! 誰が尻軽女やねん!」


 案の定、えみが食ってかかった。まずい、一気に一触即発の空気だ。


「そうよ。あーし、別にミナトのなんでもねーし!」


 ミチルも抗議するが、その姿を見ないように手で目を覆いながらなので、いまいち迫力に欠ける。


 一方でレナは、俺の背後で服の裾をぎゅっと掴んだまま、まだガタガタと震えていた。


「……いや。結果的に、邪魔をしたのは悪かった」


 俺が静かに頭を下げると、それまで隣で息を巻いていたえみが、言葉を飲み込んだ。


「ミナト……」


 俺は頭の中で言葉を慎重に選びながら続けた。


「俺たちが用があるのは、そこにいる三毛猫だ。確かに、騒がせて勉強の邪魔をしたのは申し訳ないと思ってる」


 深々と頭を下げた。


「なんでこんなんに謝らないかんの?」


 えみがまだ興奮気味に呟く。


「……ただ、少し賑やかにしただけで、人を教養がないだの、お安いだのと言うのは、それは人としてどうなんだ?」


 俺の言葉に、彼女は言葉を詰まらせた。

 一拍おいて、軽く頭を下げた。


「確かに……貴方のおっしゃる通りですわ。初対面の方もいらっしゃいますのに、大変失礼いたしました」


 消え入るような声で謝罪した彼女は、自らの首にそっと手を当てた。

 折れ曲がっていた首が本来あるべき位置へと戻る。


 凛とした鼻筋に、吸い込まれそうなほど整った顔立ち。

 さらりと揺れた藤色の長いツインテールが、月明かりを弾いて美しくなびいた。

 今まではその異様さに気づけなかったが、彼女は驚くほどの美少女だった。


「ですが……あの猫なら、もうどこかへ行きましてよ?」


 彼女が視線を向けた先には、もう三毛猫の姿はなかった。

 しまった。言い合いをしている間に、完全に見失ってしまったか。


「……あの猫、飼い猫じゃないって言ってたよな」


「ええ、そうですわ」


「じゃあ、なんでわざわざここに来るんだ?」


「さあ、分かりません。……ただ、わたくしと同じように、静かな場所がお好きだったのかもしれませんわね」


 少し寂しげに微笑む彼女の答えは、何の解決にもなっていなかった。


 結局、俺たちは手がかりを失ったまま、静まり返った図書室を後にした。


「なんなんアイツ、ほんまいけ好かんわ!」


「あーしも。あーいうタイプとは絶対仲良くなれない感じー」


 えみとミチルが不満を垂れ流しながら歩く中、俺の背後でレナが「すん……すん……」と小さく鼻を鳴らして泣き出した。


「ちょ、レナ? やっぱり怖かったか?」


 慌てて顔を覗き込むと、レナは静かに首を横に振った。


「違うの……。私、何にもできなくて。自分のことも、まだ思い出せないし……」


「そんなこと、気にしなくていいだろ」


「みなとの……足を引っ張ってばっかりで……」


 そう言って、レナの瞳から瑠璃色の大粒の涙が零れ落ちる。


「大丈夫だ。心配しなくていい」


 俺は震えるレナの頭を、優しく、なだめるように撫でた。


「絶対に俺がなんとかするから。絶対に」


 俺の言葉を噛みしめるように、レナは少しだけ頬を赤らめて小さく頷いた。


「うん……わかった……」


「わーお。ちょっとズルいっしょ今の。こりゃマジで胸キュンだわー」


 ミチルがニヤニヤしながら冷やかしてくる。


「ちょ、ミナトー! ずるいわ、ウチの頭もヨシヨシしてーやー!」


「あのな……」


 賑やかな彼女たちに苦笑いしながらも、心に決める。


 帰ったらひよりさんに伝えよう。いつも見かけるあの三毛猫がオスであること。そして、限りなくレンである可能性が高いことを。


 着実に、一歩ずつ進んでいるはずだ。

 昨日よりも少しだけ増した、心臓の痛みをそっと手で押さえながら、暗い夜道を歩き続けた。

第十三話までお読みいただき、ありがとうございます。

仲間になったえみも合わせて賑やかな回になったと思います。


そして図書室の少女との一触即発。

湊の心臓の痛み。


今回は藤色と瑠璃色が出ました。次回は黒紅色と若竹色が出ます。

次回をお楽しみに。

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