第十話:薄氷色の静寂と、向日葵色の悲鳴
俺たちがえみのイングラのアカウントのフォロワーを増やすという作戦を練っている間にも、えみのスマホに通知が入る。
『デブ、ブス、死ねよ』
「ほらな、絶対くんねん」
しかし、よく見るとすべて同じ内容だ。まるで定型文か何かを使い回しているかのように。
「……なぁ、これってさ――」
「あ、ちょっ待って! 四百四十四人目のフォロワー来たわ! サクッと挨拶かましてくる! また後でー!」
……フットワーク、軽すぎだろ。
だけど、多分今回も相手を驚かせるだけで終わるんだろうな。
呆気に取られながらも俺たちは、フォロワー数アップ作戦の続きを話しつつ帰路についた。
「あら、みなさん勢揃いで」
振り返るとそこには相変わらず、季節外れの象牙色のニットのセーターをまとったお姉さんが立っていた。
視界に飛び込んできたのは、控えめな挨拶とは裏腹に、大きな揺れで自己主張してくるその胸元だ。
「みなと……また鼻の下伸びてる……」
レナが冷ややかな眼差しをこちらに向け、鋭いツッコミを入れてくる。
「あら、新しい女の子連れて。君、モテるのね」
「なっ……!」
俺とレナ、それにミチルまでが同時に声を裏返した。
「ち、違いますよ! そういうんじゃないですから!」
「そーだよ! あーしにはカイトがいるっつーの!」
必死に弁明する俺たちを、お姉さんは楽しそうに眺めている。
「あらあら、みんなそんなに顔を真っ赤にしちゃって」
これ以上遊ばれてはかなわない。俺は強引に話題を切り替えることにした。
「……今日も探しものですか?」
「そうなの。どこにも見つからなくて、困っているの」
「落とし物ですか?」
「違うの。レン君を探してて」
レン君?
その響きに、嫌な予感が背筋を走った。
……まさか、子供か?
この人も幽霊だ。もしかして、亡くした子供を今も探し続けているとか?
「そんなに難しい顔をして、どうしたの? レン君。三毛猫の男の子よ?」
「……はぁ、よかった。三毛猫……猫ですか」
飼い猫との生き別れか。
完全なる思い過ごしに、心の底から安心した。
正直、これ以上厄介事が増えるのは、今は勘弁してほしかった。
「そうだレナ、最近よく見かけるよな」
「あの猫ちゃん!」
「そうそう、あの猫。絶対そうじゃないか?」
俺の問いかけに、珍しくミチルの鋭いツッコミが飛んできた。
「アンタ、そんな都合よくどこにでもいるわけないじゃん」
「そうだよ、みなと。三毛猫ってね、圧倒的にメスが多いんだから」
確かに、三毛のオスは希少だと聞いたことがある。
「猫ちゃんを捕まえて、ひっくり返してオスメスの確認をするわけにもいかないでしょ?」
「それなら、名前を呼んだら反応するんじゃ――」
「……レン君、とっても人見知りなのよ」
お姉さんが困ったように眉を下げた。
「じゃあ、好物のエサとかで釣るのはどうですか?」
「市販の、どこにでもある普通のエサをあげていたから……」
……おっと、これは思った以上に難題になりそうだぞ。
「じゃあ、よかったら一緒に探しに行きましょうか?」
思わず口をついて出た申し出に、お姉さんは少し困ったように俯いた。
「ありがとうね。でも、私……身体が弱くて、あんまり歩けないの」
……しまった。また相手の事情も知らずに、デリカシーのない物言いをしてしまった。
「俺は瀬戸湊です。で、この黒髪の女の子がレナ。こっちの金髪の子はミチルです」
「みんな、ありがとうね。私は市川ひより。……レン君のこと、よろしくね」
ひよりさんは穏やかに微笑むと、そっと右手を差し出してきた。俺はその手を取って握手を交わす。
……驚くほど柔らかくて、吸い付くような肌の感触。
「……みなと?」
横からレナの冷たい視線が突き刺さる。
「――ハックション!!」
そうか、鼻を突くこの刺激は、彼女のセーターに付着したレンの毛に反応していたんだ。
それほど、彼女はあの猫と密な時間を過ごしてきたんだろうな。
家族同然の絆を思うと、一刻も早く力になってあげたいという気持ちが強くなる。
「……っつ!」
不意に、右手の甲に鋭い痛みが走った。
見れば、そこにはまた身に覚えのない微かな引っ掻き傷が、赤く浮き上がっている。
「なんだ、これ……」
そういえば、前回ひよりさんと出会った後も、同じような傷がついていた気がする。
ただの偶然か?
「みなと、大丈夫? またあれこれ引き受けちゃってさ」
レナが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「……よく見たら、ひよりさんのセーターに猫が付けたようなほつれや、細かい毛がたくさん付いてたんだ。
きっとそれだけ、いつも一緒にいた存在なんだろうなって。……やっぱり、力になってあげたいよ」
「それはそうだけどさー。アンタ、生きた猫……それも三毛のオスなんて、探すの相当ムズくない?」
「……確かに」
ミチルの現実的なツッコミに、俺は言葉に詰まった。
あてもなく歩き出し、まずはミチルと出会ったあの路地裏へ向かってみる。
「そう言えば、カイトはどうなったんだ?」
「んー……。カイトも、あの店で強引な接客があったとかで事情を聴かれてるみたい。まだしばらくは出てこられないんじゃないかな」
「そうか……」
重苦しい沈黙が流れる。
路地裏に猫の姿はなかった。
次は学校の近くにも行ってみたが、そこにもレンの姿はなかった。
「……あ、しまった! 首輪の色とか、何か身に付けてるものがあるか聞くの忘れてた!」
「あ、マジじゃん」
「……あはは、そうだね」
レナとミチルも、呆れたような苦笑いを浮かべた。
毎度毎度、深く考えずに特攻する俺の悪い癖が出てしまった。
これは……速攻で頓挫しそうだな……。
「あ……」
そんな俺たちの困惑を嘲笑うかのように、路地から三毛猫がふらりと姿を現した。
「あれ、そうかな?」
「わかんないけど……おい、レン!」
「レン君?」
呼びかけると、猫はピクリと耳だけを動かしたが、興味なさそうにそっぽを向いた。
「違うのかな……レン君?」
レナが腰を落とし、刺激しないように少しずつ歩み寄る。
……ん。待てよ。あの猫、ちゃんと生きてるんだよな? 幽霊である俺たちの声が届くのか?
レナの気配を感じ取ったのか、三毛猫は静かに違う方へと歩き出した。
「……ゆっくり追うぞ」
俺たちは息を潜め、抜き足差し足でその後を追う。
「なぁ、あれ、オスかメスか分かるか?」
「……うーん、この距離じゃ分からないよぉ」
「ちょ……あーし、もう疲れたんですけどぉ……」
猫を追って辿り着いたのは、県内でも有数の進学実績を誇る、エリート輩出校として名高い女子校だった。
『私立 創心環高校』
三毛猫は液体のように校門をするりと抜け、校舎の僅かな隙間から中へと消えていく。
俺たちは吸い寄せられるように、猫の後を追って図書室へと足を踏み入れた。
冷たく青白い月光に照らされたその部屋で、三毛猫は一人の少女に身体を擦り寄せた。
その少女は小柄ながら、とても長いツインテールの髪を揺らしている。
「……あれ、あの子の飼い猫だったのかな?」
「ほら言ったじゃん。そう簡単には見つからないって」
ミチルの呆れたような囁きが響く。
少女は薄氷色の世界の中で教科書をめくっている。
一ページ、また一ページと。
俺たちに気付いたのか、彼女がゆっくりとこちらを振り返る。
「……っ!?」
息が止まった。
彼女の首の角度が、明らかにおかしい……。
まるで折れているかのように……不自然な方へ向いている……。
「「いやああああああッ!!」」
レナとミチルが悲鳴を上げて教室から逃げ出した。
その叫びに驚いたのか、三毛猫も闇の向こうへと姿を消してしまう。
「……邪魔……邪魔……邪魔……しないで……」
「……ごめん。邪魔をして、悪かった」
俺の謝罪に、少女は一瞬だけ眉を動かした。
「……また、来るから」
そう言うと、少女はぷいっとそっぽを向き、再び教科書に視線を落とした。
「みなと、大丈夫だった?」
「あぁ。邪魔だって言われたから出てきたよ」
「アンタ、次から次へと色々災難が降りかかる体質なんじゃない?」
まあ、放っておけない俺の性格が災いしている自覚はある。
「そう言えば、あの猫は?」
レナとミチルに尋ねたが、二人は見ていないと首を振った。
「……ん?」
俺はそこで一つの疑問を抱いた。
あの図書室の少女に身体を擦り寄せたということは、あの三毛猫はもしかして生きていないのか?
だとしたら、ひよりさんが探しているレンとは違うのかもしれない。
家路につきかけた頃、路地の向こうから人影が近づいてきた。苅谷えみだ。
遠目にも分かるほどしょんぼりしていたが、俺たちの姿を見るなり走り寄ってくる。
「なぁ、聞いて。やっぱり感謝伝えにいったら、みんなぎゃー! ってびっくりすんねん。なんでなん?」
まぁやっぱりそういうオチになるんだろうな。
「あのー、えみさん。突然、幽霊が家に来たら誰でも驚くと思うんですけど……」
「ハハハっ! アンタおもろいなぁ。そんなん当たり前やんか、幽霊やで? 出たら怖いやん!」
レナの言葉にえみはケラケラと笑う。……やっぱりか。彼女は全く気づいていないんだ。
「ねぇ、マジで言いづらいんだけど……えみちゃん、アンタ、ガチの幽霊じゃん?」
ミチルが、観念したように、けれど優しく告げた。俺もレナも、無言で深く頷く。
「え? ウチが……? 死んでるー……?」
えみの底抜けに明るい向日葵色の悲鳴が、深夜の路地裏に響き渡る。
第十話までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は象牙色のセーターを着たお姉さんの名前と探し物が三毛猫のレンであることが分かりました。
そして新たに出会った図書室に佇む女の子の幽霊も登場。
えみの最後の絶叫と、物語は同時に色んな謎が立ちはだかります。
今回は薄氷色と向日葵色でした。次回は桃花色と濃藍色が登場します。
次回もお楽しみに。




