第八話:擂鉢の猛牛、宇和島の死闘
「あんなもん、壁じゃねぇか……」
検車場に降り立った健吾は、目の前の光景に息を呑みました。
阿蘇の山で鍛えた彼ですら、宇和島のカントは異常に見えます。速度を緩めれば、重力に従って一気に内側へ滑落する死の角度。
デビュー戦、健吾(1番車)に立ちはだかるのは、地元の老練なレーサー、**「闘牛」の異名を持つ牛島**でした。
1. 宿敵:牛島と「重力」の罠
「新人、阿蘇から来たんだってな。山登りは得意だろうが、ここは擂鉢の底だ。マブイをケチる奴から順に、重力に押し潰されて死ぬぜ」
牛島のスーツは、他の選手よりも一回り大きく、全身が「超硬質クロム」で覆われています。
彼の戦法は、その圧倒的な自重をマブイで加速させ、カントの上から**「文字通り圧殺する」**宇和島特化型の先行でした。
2. 号砲:垂直のバトル
「構えろ!」
電子音とともに、健吾の背中で『炎(HOMURA)』が咆哮します。
「ギィィィィィンッ!」
源さんの調整した『阿蘇式クランク』が、健吾のコアマブイ2500をロスなく回転エネルギーへ変換する。
だが、牛島の立ち上がりはそれ以上に異常だった。
牛島は、一気にバンクの最上部、カントの頂点へと駆け上がりました。
「見ろ! 牛島の『重力加速』だ!」
実況の声が響く。牛島は自身の重いスーツを重力に従わせ、一気に位置エネルギーを速度へ変えて健吾の前に割り込みます。
3. 魂パワー(マブイ)の窒息
「クソッ、前が見えねぇ!」
牛島の巨大な背中が壁となり、健吾の視界を塞ぐ。
さらに宇和島特有の現象――擂鉢の底に溜まった「他車の排気マブイ」が、健吾の吸気口を塞ぎ始めた。
(熱い……空気が薄い……! ギアが重い!)
カントの遠心力に耐えるだけで、健吾の外付マブイはみるみる削られていきます。
残り一周。牛島は、さらにその重厚なスーツを横に振り、健吾の進路を物理的に塞ぐ「角」を繰り出してきた。
「どけ、新人! 宇和島の土になれ!」
4. 健吾の覚醒:『流体スタビライザー』の真価
(……いや、まだだ。兄貴なら、この『重さ』をどう受ける?)
健吾は、兄・誠から譲り受けた腰のパーツ――**『流体スタビライザー』**のスイッチを叩きました。
水の上でボートを安定させる技術が、今、垂直に近いアスファルトの上で発動します。
健吾はあえて、牛島の懐、最もカントがきつく、滑落の危険がある最短ルートへ車体を倒し込みました。
(重力に逆らうんじゃない。重力と『同調』するんだ!)
健吾は、スーツの冷却フィンを全閉。内部に溜まった熱マブイを、一気に左側の噴射口だけに集中させます。
「マブイ・非対称噴射!」
「なにッ!?」
牛島は驚愕しました。
健吾の自転車は、重力で内側に落ちようとする力を、横方向の噴射エネルギーで相殺。
まるで透明なレールの上を走るように、垂直に近い壁を「真横」に切り裂き、牛島の巨体の下を潜り抜けました。
5. 決着:噴火する紅
「おおおおおおっ!!」
最終コーナー。擂鉢の底から、紅い閃光が飛び出しました。
健吾の『炎(HOMURA)』が、牛島の重厚な装甲を切り裂くような速度で、ゴール板へ突き刺さります。
1着:速水健吾(阿蘇)
ゴール後、健吾は膝をつき、激しく咳き込みました。
スーツからは、焦げたマブイの匂いと蒸気が立ち昇っている。
「……ヘッ。兄貴、宇和島の壁は、阿蘇の峠より少しだけ急だったぜ」
そこへ、敗れた牛島がゆっくりと近づいてきます。
「……ったく。重力を無視しやがって。速水、その『水の技術』と『山の熱』……面白れぇじゃねぇか。早くS級に上がってこい。本当の地獄を見せてやる」
健吾は、痺れる手で牛島の差し出した「鋼鉄のグローブ」を握り返しました。
これがプロとしての、本当の第一歩。




