第十話:単騎、暴風に抗う
「おいおい、本当にたった一人で並んでやがる……」
観客席からどよめきが上がる。
発走機に並ぶ六車。通常の競輪なら「2車-2車-2車」や「3車-2車-1車」といったライン(チーム)を組みますが、健吾の横には誰もいないからだ。
1. 「単騎・先行・逃げ」という絶望的な選択
ここで、からくり競輪における「単騎の逃げ」がいかに無謀かを説明しよう。
風圧の壁(物理的ハンデ):
時速70kmを超える世界では、先頭を走る選手が受ける空気抵抗は後方の選手の数倍。ラインを組めば「番手(二番手)」の選手はマブイを温存できるが、単騎の健吾は最初から最後まで自分のマブイだけで「風の壁」を破壊し続けなければならない。
「ハコ」の不在(戦術的ハンデ):
通常、先行選手の後ろには仲間(番手)がいて、後方からの捲りをブロックしてくれる。しかし単騎の場合、健吾の背中は完全に無防備。他選手からすれば、健吾を「風除け」として利用し、体力が尽きた瞬間においしく飲み込むだけの**「走る風除け」**に過ぎない。
包囲網:
5対1。他の2ラインが結託すれば、健吾を内に閉じ込めたり(イン粘り)、代わる代わる攻撃を仕掛けて健吾のマブイを枯渇させることが容易にできてしまう。
「……計算上、速水健吾が勝つ確率は0.01%以下だ」
観客席のモニターには、データ予想で「消し(勝負権なし)」の印が並んだ。
2. 高松の刺客:羽柴翼の「風の結界」
「健吾、お前……本当にバカだな」
地元・高松支部の羽柴翼が、薄いウィングを展開しながら隣で笑う。
「ここは『瀬戸の凪』。でもな、俺のライン(高松・徳島連合)は、その凪の中に『真空の道』を作る。お前一人が風と戦っている間、俺たちはその道を通って、ゴール前で鼻歌まじりに差し切ってやるよ」
3. レース開始:一車先行の咆哮
「構えろ!」
号砲一発。健吾は迷わず、全マブイを駆動系に叩き込んだ。
「ギガガガガッ!!」
外付タンクのない『炎』は、驚異的な軽さで飛び出す。
「行った! 速水健吾、暴走気味の単騎カマシだ!」
健吾は一人で先頭に立った。
目の前には、誰もいないバンク。そして、見えない巨大な壁のような風。
後方の5人は、健吾が作る「風の避難所」に一列に並び、マブイを温存しながら彼が自滅するのを待っている。
(……重い。やっぱり、一人で切る風は、学園の訓練とは比べものにならない……!)
4. 健吾の思考:『一車先行』の真意
(でもな……兄貴は言ってた。誰かの後ろを走るマブイじゃ、本当の景色は見えないって!)
健吾はあえて、羽柴たちが狙っている「真空の道」を外れ、最も風の強いバンクの外側へと進路を向けました。
(風と戦うんじゃない……。俺のマブイで、この高松の風を『燃料』にしてやる!)
健吾は、スーツの冷却フィンを「逆位相」で振動させていた。
それは、正面から来る突風を細かく砕き、背後の排気熱とぶつけて**「乱気流」**を生み出す、単騎ならではの攪乱戦法。
「なっ……なんだ、あの走り!? 後ろが……後ろが全然進まない!」
健吾を風除けにしていた羽柴たちが、健吾の背後で発生した「マブイの渦」に足を取られ、車体がガタガタと震え始めた。
「お前らのための風除けになるつもりはねぇ! 俺と一緒に、地獄を漕げッ!!」
残り半周。
健吾のコアマブイ2500が、高松の海風を巻き込んで真っ赤な炎へと変わっていくのであった。




