第6話 暗黒の渦の中へ
「どうしろっていうの! 計器もレーダーもすべてブラックホールのエネルギー波に狂わされてる!」
凄まじい重力がのしかかるsemi−intershipの中で、ジル・ナイトシェイドはなす術のないもどかしさに声を荒げた。
星間航行システムに不具合が起きたっていうの? にしても、ワープ地点を射手座A*に設定してしまうなんて、有り得ない!
暗黒の星雲が迫ってくる。インターシップの窓とフロントガラスには、ジルたちと同じように宇宙の塵や小さな星がきりきりと舞いながら、ブラックホールの重力に引きずられてゆく。
「ジル、インターシップを捨てて、個人用の高速ロケットで脱出しよう! まだ、今なら間に合うかもしれない!」
訓練生の一人が言った。semi−intershipには一人に一機の小型ロケットが搭載されている。それを使って超高速でブラックホールの重力圏を脱出する。もう、それしか手立てはなかった。
「みんなも急いで、事態は一刻を争う!」
ジルは、即座に立ち上がり脱出ハッチの方向へ走り出した。
「みんな、どうか無事で! きっと、また会える」
短い言葉を交わすと、訓練生たちはそれぞれのロケットに乗り込み、semi−intershipから飛び去っていった。
だが、すでに船外は、ブラックホールの負のエネルギーで覆い尽くされてしまっている。
“操縦不能”のサインを目にして、ジル・ナイトシェイドは、悔しげに、乗り込んだ脱出用ロケットの計器に拳をたたきつけた。
「こんな宇宙の果てで消えてしまうの? 嫌よ、それだけは絶対に嫌!」
ジルを乗せたロケット横を力尽きた幾つもの星々が、悲鳴をあげながらブラックホールに落ち込んでゆく。
星たちの叫びが聞こえる……。そんなわけないのに。
そういえば、彗星の尾にメッセージをこめれるんだと、彗星オタクの彼は言ってた。
どうしようもない絶望の中で、ふと、そんなことを思った時、ジルははっと遠くから響いてくる声に耳をすませた。
“ジル? ジル……どこにいる?”
聞き慣れた双子の弟、あれは、彼女の半身の声。
「アウル、アウルなの? 助けて! 私はここよ、ここにいる!」
そう叫んだ直後、ジルを乗せた脱出用ロケットは、木の葉のように舞いながら、宇宙に巻き起こる暗黒物質の渦の中へ吸いこまれていった。
* *
コスモベースの誰もかもが、金縛りにあったように身動きができなくなってさまっていた。
アウル・ナイトシェイドの奏でる歌が、ゆらゆらと頭の中に流れ込んでくる。乗組員たちは魅せられたように、その音色に心を奪われ、semi−intershipの救助などすっかり忘れて、夢うつつに立ち尽くしている。
かろうじて意識を持ちこたえていた女教師のミムラは、コスモベースの大スクリーンを背にしたアウルの姿を見つめて、大きく目を見開いた。
消えてゆく……?
アウルの姿がゆっくりと薄れてゆく。彼はミムラの戸惑った視線を感じてか、薄い笑みを浮かべて言った。
「ローレライ……僕は思うよ。金の瞳と緑の髪を持つ僕たちだって、この歌が伝えた伝説の場所に、いつかは降り立つことができる。たとえ、何かが変わって……いつかそれが壊れてしまうのだとしても」
そして、アウルの姿が完全に消えてしまった時、
けたたましい警報音とともに、コスモベースが激しく揺れた。
地震のような激震の中で、
“第1級危険信号! コスモベース前方に超重力空間が出現。緊急避難体制をとれ”
金属めいた声音の警報のアナウンスが、ぼんやりと薄れていたコスモベースの乗組員たちの意識を、一挙に目覚めさせた。
その時、彼らは、ぎょっと操縦室の大スクリーンに目を向けた。
強力なエネルギーとX線に囲まれた黒い空間が、目の前に立ちはだかっている。
「ブラックホール! どうして、こんな場所に現れたの!」
あせった様子で、そばにいた管制官がミムラに言った。
「い、位置が、コスモベースの位置が移動しています! ここは射手座のA*、大質量ブラックホールの真正面です!」
まさか、ラウルが? ……あの子の力が、コスモベースを射手座のA*に移動させたっていうの! わからない。それでも、
「吸い込まれる! semi−intershipと同じように、私たちのコスモベースもあの重力の渦の中へ!」
ミムラの絶叫とともに、コスモベース全体が、ブラックホールの重力の中へ落ち込んでいった。




