出迎え 1
リーシア達が屋敷へ戻ると、リーシアの母・ルディアは玄関まで出迎えに出てきた。
「おかえりなさい、リィちゃん」
「お母様、ただいま戻りました」
二人が嬉しそうに微笑んで軽く抱擁しあうのを、お迎えに並んだ使用人達は微笑ましそうに見つめた。
「疲れていない?
休む?座ってお話をする?」
「お話をしても良いかしら。
聞いて欲しいお話がたくさんあるの」
「ふふ、楽しみね」
リーシアとルディアは体を離し、ルディアは後ろへ控える護衛達へ声をかけた。
「ありがとう、お疲れさま。
今日はもう仕事はないのよね?」
「勿体ないお言葉です。
我々は伯爵様への報告が終わりましたら書類をまとめてからの解散となります」
「私どもはこのまま下がらせて頂きます」
答えたのはまとめ役の男性と侍女だ。
言葉遣いは固いものの、表情や話し方には親しさがあふれていて、とても和やかだった。
ルディアは微笑んで小さく頷いた。
「ならその前に休憩ね」
ルディアは作業する部屋の確認を取ると控えている使用人に指示を出し、娘を送った護衛と侍女を労う指示をさくさくと出した。
それからジオとゼオへ視線を移し、少女のようにニッコリと笑った。
「最後になってごめんなさいね。
貴殿方は護衛体験と言えばよいのかしら、見習い……?
声をかけるとしても最後になるの。
それが終わればリィちゃんのお友達として扱わせて貰うわ。
書類が終わったらこちらへ来てね」
ルディアはそう言うと、控えて待つ別の使用人に、作業が終わり次第、二人を案内するよう指示を出した。
「リィちゃん、行きましょう」
「はい、お母様。
――また後で」
リーシアはジオとゼオに向けてふわりと笑んだ。
ルディアもリーシアも威張り散らした様子はないが、二人の目には貴族と雇用人の身分差がはっきりと見えた。
とっさに返す言葉が見つからない二人に、リーシアはおかしそうに笑った。
ジオは誘われるようにリーシアの呼び掛けを拾った。
(ジオ様、お友達に向けた言葉だから適当で大丈夫ですよ?
ゼオ様は視て予習なさらなかったのです?)
ジオに向けられた思考は責める感情ではなく、不思議そうに面白がるものだった。
「研修が終わりましたらお願いします、御嬢様」
ジオはかしこまって頭を下げ、ゼオは横目で見ながらそれに倣った。
リーシアは二人に笑みを向け、母ルディアと部屋へ向かった。
ο ο ο
人払いがされた部屋に居るのは、リーシアとルディア、ルディア付きの侍女サーヤだけだった。
サーヤは侍女であるものの、ルディアの親友とも言える存在で、リーシアの異能も知っている。
サーヤは扉の横に控え、話に参加するよりも、部屋に近付く者が居ないかに気を配っていた。
「元気そうで良かったわ。
無理はしていない?」
「はい、学園のお友達が助けてくれて、私自身の『憂い』が無くなりました。
それにお父様が会わせてくださったジオ様とゼオ様が励ましてくださるので」
「良い人達に巡り会えたのね。
卒業後も縁を繋げるようにしたいわね」
貴族の籍を抜けたいと、リーシアは両親にもう相談している。
抜けるなら卒業で友人らとお別れになるのだとも考えていた。
結婚もなくなり、権威ある仕事に就ける予定もないリーシアにとってそれは当然の事だった。
町で暮らす病弱な元貴族という身分になれば、貴族と繋がりを続けると互いに良からぬ憶測を産む。
――実際は人望ある伯爵の娘という価値が大きいので気にする必要がないのに、リーシア本人がそれを信じられず、『出来ない』と思い込んでいた。
ルディアの言葉はリーシアの願いを否定して貴族に縛り付けるものではない。
貴族籍を抜けるかどうかの決定を保留し、抜けるとしても友人らと縁を切らずに済むよう探そうという意味だ。
それは決して深い読解ではなく、本当に単純な、言葉通りの意味だ。
リーシアは娘として、両親の言葉が裏のない言葉通りのものだと知っている。
当然のように口にしたルディアに、リーシアは一瞬目を見開いて、すぐに目を潤ませて笑んだ。
「……はいっ!」
ルディアはリーシアを優しく抱き締めた。
「先の事はお父様がお仕事から帰って来てからにしましょう。
でももし殿方に内緒の話があれば今の内に相談しましょう?
リィちゃんのお話を聞かせて」
ルディアは幼子に向けるような甘くて優しい言葉をかけた。
リーシアは嬉しそうに笑い、学園での話を母へと話し始めた。
ο ο ο
ジオとゼオは書類起こしを見させて貰った。
見させて貰ったと言っても全てではなく雰囲気を掴むための障りがない辺りまでで、二人が部屋を出てからも続いていた。
伯爵への報告は隊長のみで向かったため、二人の知らない間に終わっていた。
呼びに来た使用人が案内する方向がリィ達が向かった先と違う気がして、ジオはさりげなく揺さぶろうとした。
「お嬢様と奥様に呼ばれるなんて何だろうな。
美人二人で俺で少しも緊張する」
「奥様方のお部屋へお通しする前に先にご案内する場所がありますので、まだ少し落ち着く時間はございます。
お優しい方々ですし、相席されるお客様はいらっしゃらないので、何も心配はございません。
ご友人として招待されている以上、言葉遣いも何も仰らないかと思います」
「じゃあ気を抜いて安心しておこうかな
そんなに丁寧に話されると落ち着かないんだけど」
「お二人はお客様ですので。
もし使用人になられるとすれば、丁寧ではない愛のあるしごきがありますけども」
「こわっ……」
ジオは笑って言葉を終えた。
言葉での説明はなかったが、仕事中の伯爵の元へ連れて行かれるのと、リーシアの知らされていない話なのが分かった。
そう言ってもリーシアは未来視がある。
ジオとゼオに止められて見ていないはずだが、不意に発動する分を含めて全く視ていないかまでは分からない。
それをリーシアの父母も知っているので、リーシアに秘密裏にと言えど、知られていても困らない内容のはずだとは推測出来た。
ジオがちらりとゼオへ視線をやると、ゼオは平然としたまま小さく頷いた。
使用人が小さく笑った。
「旦那様の仰る通り、面白い方ですね」
客人に対して使用人が掛ける言葉としては失礼だが、ジオは丁寧に話されると困ると言ったばかりである。
また二人はいかにも平民然としていて、かつジオは特に細かい事を気にしない人懐こい人物に見える――見せている。
気分を損ねないと理解しての言葉だった。
「ははっ、よく言われるけど何が面白いのか俺は分かんねぇな」
「違う所に連れて行かれるのに詳細も聞かず平然としているところですよ」
ジオは顔がひきつらないよう意識した。
普段なら気を付けて言葉と心の差異を埋めているのに、忘れてしまっていたのだ。
無論このくらいで読心がバレる事はないが、塵も積もれば不信感となる。
「伯爵様なら悪いようにはしないだろうし。
何かやらかしたかなぁとかは怖いけどな!」
「お二方が年齢よりも聡い方だと旦那様からは伺っております。
無理に鈍い振りをなさらなくとも大丈夫ですよ」
忍び笑いをする使用人に言葉以上に含む所はなく、ジオはそれを読み取れてしまう。
一気に力が抜けてジオは作り笑いを消してそっぽを向いた。
気分を害された訳ではなく、ジオは伯爵周辺の人々のこの距離感に居心地悪さを感じていた。
ジオが心を読んで計算して出している相手に合わせた距離感を、この人々は心を読まないままに弾き出している。
気を抜くとするっと中に入ってきてしまう。
ジオ相手だからこういった会話になったが、他の『客』相手にはまた別の会話の仕方や距離感を選ぶのだろうと、簡単に推測出来た。
後は取りとめのない話をしながら、扉の前で足が止まった。
二人が訪れた事のある部屋だったが、屋敷が広いため部屋の外から認識できるほど記憶には残っていなかった。
使用人は二人に待つよう伝え、扉をノックして案内してきたと伝えた。
部屋の中から扉をあけたのは二人にも見覚えのある執事だ。
ヴィジット領の異能者を探りに伯爵へ接触した際に、執事や補佐などと顔はあわせていた。
二人が通された部屋には、仕事中には見えないヴィジット伯爵アドニスがいた。
「久し振りだね。
娘の手伝いをしてくれてありがとう」
アドニスはいかにも人の良い笑顔で二人を迎えた。
見た目通りに二人を歓迎し、含むところはない。
一回り以上離れた身分の違う二人にも、アドニスはきさくに笑いかける。
部屋の中にはアドニス、執事、案内をした使用人だけだ。
部屋に入った時にはもう数人居たが、ジオとゼオが座る頃には退室していた。
ジオは先程からかわれたのが少し気になって、扉の前に控えた案内人に気を取られた。
ゼオはそんなジオをちらりと見て、アドニスに頭を下げた。
「お久し振りです。
良い仕事を頂いて助かっています」
「仕事で良いのかな?」
からかうように言うアドニスに、ゼオは案内をした使用人へ視線をやって見せた。
二人を案内した使用人は前回会っていない人物で、ゼオ達がどれだけの返答を許されているか分からなかった。
心を読めるジオに任せた方が会話しやすいが、ジオは裏が少ない相手にまっすぐ向き合って付き合うのは得意ではない。
リーシアがするように、未来視で予習してきたほうが良かったかと、ゼオはちらりと考えた。
「お金を貰ってますから。
可愛い友人が出来て、その案内をして、勉強までさせて貰ってお金を貰えるのだから良い仕事です」
「そんな風に言って貰えると嬉しいね。
リィは可愛いだろう」
ただの親バカな顔を見せたアドニスに、ゼオは返事に困ってジオを見た。
顔見知り程度の町の中年男性相手なら適当に話を合わせれば良いが、相手は好きな少女の父親で伯爵だ。
リーシアについて下手な事は言えない。
そんなジオは伯爵でなく執事を見ていた。
少しの沈黙の後、口を開いたのはゼオでもアドニスでもジオでもなく、執事だった。
「旦那様、用件へ移られた方がよろしいのではありませんか」
「これも用件の内だよ。
良い反応を返してくれてありがとう」
アドニスの言葉にゼオは警戒仕掛けたが、アドニスはただ嬉しそうに笑んでいた。
「リィも二人を頼りにしている。
手紙を読んで嫉妬してしまうくらいに。
これは男親だから仕方ないんだよ」
「旦那様」
執事の諌める呼びかけに、アドニスは笑顔で頷いて返した。




